
多機能、高性能さを備えながらコスト・パフォーマンスに優れたマシンを、次々と世に送り出しているZOOMから、最新型のハード・ディスク・レコーダー(以下HDR)、MRS-1608/1608CDが登場した。近年は、DAWソフトを用いた、コンピューター・ベースによるホーム・レコーディング環境が注目を集めてはいるが、安定度の高さ、一体型による可搬性の優位さなどといった使い勝手の良さから、HDRはいまだ根強く高い人気を誇っている。筆者の周りでも、DAW環境を構築していながらもHDRは手放せない、という人も少なくない。そのような中で登場したMRS-1608/1608CD。オリジナリティという点で特に定評のあるZOOM製品の、HDRでは最新かつ最上位の機種となるだけに、そのポテンシャルは大いに気になるところだ。
トータル160トラックからなる
充実のレコーダー・セクション
今回チェックしたのはCD-R/RWドライブ内蔵型のMRS-1608CD。まずは、HDRとしての基本スペックから見ていこう。ハード・ディスクは40GBのものを標準搭載。非圧縮16ビット/44.1kHzで120時間(1トラック換算)の録音ができる大容量なものだ。16本のオーディオ・トラックは各トラックが10本の仮想トラックで構成されていて、合計160トラック相当の録音が可能となる(加えてミックス・ダウン用ステレオ・マスター・トラックも装備されている)。同時録音が可能なトラック数は8。これだけあれば、ドラムのマルチマイク録音にも十分対応できる。インプット端子は、XLRでもフォーンでも接続できるコンボ・ジャックを8個装備。そのうちの4チャンネル(2入力×2系統)がファンタム電源を供給可能なので、ダイナミック・マイクとコンデンサー・マイクを同時に使用することができる。またそれら8インプットとは別に、ステレオ1系統のRCAピン入力、ギター/ベース接続用Hi-Z端子も備えているので、制約を感じることなくあらゆるソースをダイレクトに接続できるだろう。Hi-Z端子は2つあるので、ギターのステレオでの入力に対応できたり、(モノラルの)ギターとベースを同時に録音するといったことも行える。アウトプットでは、マスター・アウト、デジタル・アウトのほかにステレオ1系統のサブアウト端子が装備されている点が特筆モノ。サブアウト・パラメーターでは、マスターとは異なるミックスを出力できるので、例えば、ライブでの同期生演奏時にステージ外に出ている音とは別に、ドラマーにのみクリック音を中心としたモニター音を送ったり、また任意のトラック/インプットの信号のみを外部エフェクターに送るなどといったワザも行えることになる。地味ながら非常に便利で、使いこなしのアイディアが広がる機能だ。
録りの段階から最終仕上げまでに
必要なエフェクトを標準装備
エフェクトは、アルゴリズムを選択するインサート・エフェクトと、2系統のセンド/リターン・エフェクトを同時に使用することが可能な2種類が標準装備されているので、オプションでアウトボードを入れるといった追加投資をする必要はない。この辺りの標準装備の充実度は、さすがZOOM!といったところだろう。インサート・エフェクトは、インサート位置を調節することで、エフェクトの“かけ録り”にも“後がけ”にも対応できる。8つのインプット・チャンネルすべてにコンプレッサーとEQをインサートできる“8ch COMP EQ”アルゴリズムを用いたマルチマイク録音に対応するパッチをはじめとして、206種類ものプリセット・パッチには、そのままで使うことができる“即戦力”たる設定が多数内蔵されていた。最終調整となるマスタリング用にも、帯域ごとにかかり具合を調節できるマルチバンド・コンプレッサーやイコライザーといった、ハイクオリティなエフェクトからなる21種類のプリセットが用意されているので、簡単な微調整を施すだけで質の高いマスタリングが行える。内蔵マルチエフェクトに関してもう1つ記しておきたいものに、“BPM同期エフェクト”という機能がある。ディレイ、フランジャー、フェイザー、トレモロ、レゾナンスといったエフェクターを使う際、ディレイ・タイムやモジュレーションの周期といったパラメーターを内蔵リズムのテンポに同期させることができ、リズミックなエフェクトが得られるという機能だ。テンポに合わせることで、ナチュラルな効果から、トリッキーなアプローチまで、さまざまな効果をシンプルな操作で得ることができるだろう。ワウやピッチのペダル操作を自動でコントロールしているようなサウンドを生み出すARRM(Auto Repeat Real-time Modulation)エフェクトも面白い。トラック・エディット機能は計10種類。オーディオ・データの切り張りなどのHDRとしてスタンダードな編集機能は、当然しっかりと押さえられている。それ以外の特徴的な機能では、ピッチのズレを補正する“ピッチ・フィックス”、3声のハーモニーを加える“ハーモニー・ジェネレート”といった、ボーカル・トラックで特に威力を発揮するエディットがある。また、3種の音量カーブが選べ、時間も指定できる“フェード・イン/アウト”編集など、アイディアあふれるエディット機能があり、いずれも簡単な操作で行えるようになっている。サウンドの質が気になるタイム・ストレッチについても、最長の150%への伸長を試してみたが(元のBPMが120なら80に)、十分に使える高いクオリティのサウンドだった。
リズム・マシン&サンプラーで
インタラクティブな制作環境
外見面でMRS-1608を特徴付けているのは、まるで単体のリズム・マシン、またはパッド付サンプラーをそのまま埋め込んだように自照式のパッドが並ぶ、左下側部分だろう(写真①)。単に、リズム・マシン機能を内蔵しました的なものではなく、整然と並んだパッドおよびキー類は、実際にパッドをたたいてプレイすることを念頭に置かれた実戦的な仕様となっているので(パッドはベロシティ付き)、専用機並みの操作感で扱える。加えて、ドラムとベースのフェーダーが、その右側にあるほかのトラック・フェーダーと同じ形で、同列に並んでいる点も、ちょっとしたことのようだがポイントが高い。これによって、16のオーディオ・トラックにステレオ出力のドラムとベースを加えての、実質19トラックの同時再生によるミックス作業がシームレスな感覚で行える。

驚異的と言えるほどシンプルで
イージーなオペレーション
ここまでMRS-1608CDの機能、性能を紹介してきたが、いろいろな操作をしてきた中で一番感じたことが、何よりも“驚異的なほどシンプルなオペレーション!”である点(写真②)。これまでのMRSシリーズでも感じられた、ZOOM HDRのスタイルの1つとも言えるものなのだが、他メーカーのHDRと比較して、ほとんどの操作においてキー・ボタン類を押す回数が少ない。つまり確実に、一手間、二手間分少なく済むのだ。例えば、一般的には面倒な手順が必要となりがちな、複数のトラックをまとめるバウンス作業へのセッティングも、パネル上の“BOUNCE”キーを押すだけでスタンバイ完了!となる。そこで行われたことを詳しく述べると、録音ソースがマスター・フェーダー通過後の最終出力に切り替わり、センド/リターン・エフェクトをかけた任意の複数のトラックの再生信号を選んだトラックに録音できる状態に、簡単なキー操作で切り替わったというワケだ。


▲フロント・パネルにある入出力端子。端子類左から、Hi-Zインプット(フォーン)×2、フット・スイッチ・イン、エクスプレッション・ペダル・イン、ヘッドフォン・アウト(ステレオ・フォーン)、ステレオ・サブアウト(ステレオ・フォーン)

▲リア・パネル。上段は、マイク/ライン・イン×8(XLR&TRSフォーン)。下段右から、ライン・インL/R(RCAピン)、マスター・アウト(RCAピン)、デジタル・アウト(S/P DIFオプティカル)、MIDI IN/OUT
SPECIFICATIONS
■トラック数/16+2マスター・トラック
■Vテイク(仮想トラック)数/160
■サンプリング周波数/44.1kHz
■量子化ビット数/16ビット
■周波数特性/20Hz〜20kHz±1dB(10kΩ負荷時)
■同時再生トラック数/19トラック
■同時録音トラック数/8トラック
■外形寸法/490(W)×450(D)×125(H)mm
■重量/7.8kg
■オプション/CD-02(CD-R/RWドライブ、MRS-1608対応)、UIB-02(USBインターフェース・ボード)、FS-01(フット・スイッチ)、FS-02(エクスプレッション・ペダル)