デジタル入力も可能な5.1chサラウンド・モニター・コントローラー

GRACE DESIGNM906

日本の狭い部屋にこそ、空間が大きく感じるサラウンドの音楽が似合うと思っている。しかし、サラウンドの場合はスピーカーのセッティングも重要な要素で、この点について課題を抱えている人やスタジオも多いだろう。今回レビューする5.1chサラウンド対応のモニター・コントローラーM906は、DIGIDESIGN Pro Tools|HD3 Accelなど充実の一途をたどる制作用機器と共に、サラウンドの音楽制作環境に改革を起こす予感がある。

サラウンド・モニタリングの
課題を解決するための道具


僕が2000年以降に手掛けた録音はすべて、ハイレゾリューションでサラウンドが可能なフォーマットの1つ、Super Audio CD(SACD)のマルチチャンネルで行っている。サラウンドは素晴らしく、読者の皆さんにも強力に推し薦めたいのだが、幾つかサラウンドの普及を難しくさせていることがある。まずは、スピーカーを複数(5.1chの場合は5本+サブウーファー)配置しないといけない。仮にスピーカーをそろえたとしても、次に課題となるのはケーブル。ステレオでは2本のケーブルで済むところを、5.1chサラウンドでは6本必要になる。DVDの普及やホーム・シアターの人気もあって、AVアンプでも入出力のプラグの数は半端ではない。AVアンプの裏が、まるでからまったスパゲッティのようになっている光景をよく見かける。これまで、こうしたサラウンド用のモニター・セットアップを、音質も含めて美しくまとめてくれる機材は無かった。ミキサーを使うという選択肢もあるが、どんなミキサーも"サラウンドでのモニター・コントロール"というデザインがされてはいないので、十分ではない。まず、音質が最も優先すべき項目であることは言うまでもないが、さらにそのクオリティを保ったまま、キャリブレーションやコントロールができるものが求められているのである。

アナログ/デジタルともに
豊富な入出力端子群を装備


M906は、こうしたサラウンド・モニター・コントロールに関する課題を解決してくれるモニター・コントローラー/セレクターである。5.1chまでのサラウンド用としてはもちろん、ステレオでの使用も可能だ。性能が良いプロ用オーディオ機器の場合、アメリカではそのままハイエンド・オーディオの世界でも評価が高い。本機もハイエンド・オーディオの世界に受け入れられそうだと思ったが、プロ用機器としてデザインされたものである。リア・パネルを見ればそれは明らかだ。アナログ入力端子はD-Sub25ピン(バランス/TASCAM配列)とRCAピン(アンバランス)での5.1ch入力が1系統ずつ、XLRでの2ch入力が2系統、2chキュー入力が1系統並んでいる。出力は、5.1ch(D-Sub25ピン)と2ch(XLR)が2系統ずつ。キュー出力(XLR)も2chで1系統搭載されており、これもスピーカー接続用として使用できる。デジタル入力も可能で、AES/EBU(5.1ch+2ch用のD-Sub25ピンと2ch用のXLR)、S/P DIFコアキシャル/オプティカル、ADAT(48kHzまで対応)の各端子が用意されており、ワード・クロック・イン/スルーもある(256倍SuperClockにも対応)。ここに用意されたDAコンバーターは24ビット/192kHz対応のもので、ここからの入力信号をモニター・コントロールの影響を受けずに出力するレコーダー接続用のアナログ・ダイレクト出力(D-Sub25ピン)も備えられている。そのほか、トーク・バック用にマイクとフット・スイッチの入力端子まで用意されており、プロのスタジオで考えられる必要な機能をすべて備えている。ブロック・ダイアグラムからもスマートな設計思想が見える。磁化されないステンレスを筐体に使っているのも、きっとサウンドを総合的に判断しての選択だろう。増幅回路にも、オペアンプを使用せず、トランス・インピーダンス・アンプが使われている。最近は入出力端子にD-Sub25ピンを使っている機材も多く、本機もその1つ。僕もかなり手間とお金をかけてD-Sub25ピンの音質やケーブルについて実験と比較をしたが、いろいろテストしてみるとXLRよりもいい部分が多い。本機の場合、接点はゴールド・プレート処理されていて、ノイズもXLRより少なく聴こえる。また、TASCAM配列はアメリカでは標準となっているので、ほかの対応機器との接続も非常に簡単。この点も、クオリティと利便性を両立させるアメリカのプロ機器らしい部分だ。

リモコンによる快適な操作性
ヘッドフォン・アンプも2基実装


M906のすべての操作は、付属のワイアード・リモコンで行う(本体フロント・パネルには電源のランプと、後述のヘッドフォン出力1系統しかない)。このリモコンでは、入力ソースの切り替えや各チャンネルのミュート/ソロ、2組のスピーカーの切り替えが可能。全体、あるいは各スピーカーごとのレベル・コントロールが0.5dBステップで行え、ダイアルを触ってみてもこれがデジタル・コントロール・ボリュームであることを感じさせない(内部はアナログ処理)。トークバックやDIM(−20dB)、ステレオ・ソースをサミングするモノ、トータルでのミュート(ヘッドフォンは影響を受けない)などのスイッチもあり、現場での素早い操作に何が必要とされるかを想定した、よくできたデザインだ。サラウンド(と2chステレオ)の仕事をする現場では、これでモニター・コントロールとして必要なことはすべて完璧にできる。世の中には、大型で高価なあこがれのコンソールは幾つかあるが、モニター・セクションだけを取ればM906に勝るものは無い。とりわけサラウンド・モニタリング用でこれほど完璧にデザインされたものは無い。そしてM906には、ヘッドフォン・アンプも2基搭載されている。1基は本体、もう1基はリモコン側。分解能などは格段で、今までのプロ機でこんなに繊細な部分まで聴き取れるものは少なかった。強いて挙げればDB TECHNOLOGIES DB924やDCS DCS900といったDAコンバーターに、直接STAXのコンデンサー・ヘッドフォンを組み合わせれば、それなりにキャラクターは付くが細かい部分では並ぶと思う。本機はそのレベルを1台で実現している。リモコン側にもあるのは、プロの現場での利便性をよく吟味した結果だろう。リモート・ケーブルを通ってくる分だけ本体側の音質には至らないが、これも申し分無い。2人が同時に聴けるメリットは大きいし、スタジオの現場で便利なことこの上ない。

真にトランスペアレントな音質で
チャンネルごとのモニターも可能


さて、実際に本機を使ってみて感じた、決定的長所を3つ挙げてみよう。①真にトランスペアレンツであり、リファレンスとして信頼できる音質であること、②繊細な再現をする理想的なDAコンバーターを搭載していること、③サラウンドのモニター・コントローラー/セレクターとしての完璧なデザイン。ついでに外観のデザインも好みである。①トランスペアレンツな音質モニター・コントローラーで色付けがあっては困る。音を扱う場所で絶対に必要な機能、回路でありながら、何も加わらない、失わない、完璧にトランスペアレンツであり、それを通過してもバイパス時と変化が無いことだ。ケーブルやほかの機器でも色付けが無い透明なものがもっとも製品化が難しいが、M906ではそれを実現している。音に色付けをするのは、それ以外......ミュージシャン、エンジニアのコラボレーションによる楽器の鳴らし方とマイクの選択である。音を意図的に加工する道具も、プラグインやエフェクターなど、幾らでもある。②DAコンバーターDAコンバーターでジッターの影響を回避したり、製品としてチューニングを行うことは簡単ではない。またそれが各社の音の特徴ともなっており、リファレンスのPCMのDAコンバーターを決めるのは容易ではない。モデルごとに、回路のデザインの違いによりキャラクターが異なるし、各社の腕の見せどころで、チューニングや色付けができる部分である。サイデラ・マスタリングではDB924をステレオのリファレンスDAコンバーターとして使用し、すべてのPCM素材をそこで変換してモニターしているが、さすがにこれを3台並べるのは難しい(放送局などでは可能かもしれない)。今後はクオリティを落とさずサラウンドで使えるDAコンバーターとして、このM906がサラウンド・モニタリングのリファレンスとなるだろう。いい値段で、しかもこのタイミングでM906が登場したことは、サラウンドの普及に一役買ってくれると思う。デジタル入力は192kHzまで対応しているので、DVD-Audioがきちんと聴ける環境もできる。デジタル系のモニターでは複数のフォーマットの分析も簡単にできる。解像度がすごい。ジッターはどうやって回避しているのであろう?③サラウンドのモニター・コントロール実際にボタンやノブの操作で楽しくなってくるのは、見やすいディスプレイでしかも簡単に機能(入出力とソロ/ミュート、もちろんボリューム)が切り替えられること。これがM906の最大の特徴であり、今後サラウンドで音楽制作していく際の要となる。とりわけソロ/ミュート切り替えは、SACDやDVD-Audioを聴く行為が、楽しみから勉強に変わっていく。本来は作品としてすべてのチャンネルで聴くべきであるが、どうしてもハード・センターかファンタム・センターか、サラウンド・チャンネルだけだとどうなっているかなど、作品がどうなっているかをチャンネル別に聴くことが、一番の勉強であったことを思い出させてくれる。サラウンドでの音楽制作についてはまだ歴史も浅いので、ルールは無い。これからは若い人たちの間からも、ベテランも同じスタート・ラインに立ち、びっくりするような感動を与えてくれる作品が登場してくることであろう。そのほかにも、プロ機器として重要な各チャンネルごとの厳密なキャリブレーション、DAコンバーターのダイレクト出力、2系統のスピーカー・セレクターと、至れり尽くせりでありながらクオリティに全く妥協が無い点に強く好感を持った。

マイクプリModel 801から
一貫した製品哲学を継承


僕のGRACE DESIGNとの出会いは2000年で、自分のSACDアルバム『Maria and Maria』以降、僕のほぼすべての録音でマイクプリのModel 801を使用している。最新作『Forest and Beach』では屋外での録音にまで持ち出して使用したほどだ。Model 801を導入したのも本当にトランスペアレンツな音質であることが決定的であった。Model 801のユーザーとして、GRACE DESIGN社長マイケル・グレース氏とE-Mailでやりとりしていたが、その中で彼は、製作中のM906について"モニター・コントロールは完璧にインビシブルであるべき。録音されたそのままの音で、色付けや歪みが付加されてはいけない。精密でどんなに繊細な部分も聴き取れ、長時間聴いても耳が疲れないこと"を目指してると書いていた。今回は実際にそのM906をテストしてみたわけだが、まさに彼の言葉通りの製品に仕上がっているという印象を受けた。全く色付けが無い音色。また、毎日の作業中、フル・タイムで使用する機材に求められる、使うたびに愛着がわくフレンドリーなコントロール。そしてプロ用機器として音質以外にもう1つ重要なのは、壊れないことである。信号処理、構成、配置、筐体、これらすべてが互いに影響しあうデザイン。しかも最高のパフォーマンスと価値を提供するために、価格設定も戦いであったと思う。クオリティからきっと130万円くらいかと予想していたので、価格にも正直言って驚かされた。スピーカーが無い時代から音はサラウンドであった。M906のモニター・コントロール機能で、今までより簡単にサラウンド制作の道が開ける。楽器や歌の発音をよく聴いて、そこからトランスペアレンツなクオリティを届ける。またプラグインで自由自在に変化させた音を、自分が意図した通りにディテールまでストレスなく仕上げる。M906は、こういうことを可能にしてくれる道具である。

▲ワイアード・リモコン部。左上の5つのボタンがアナログ入力、その下6つがデジタル入力に対応したソースの選択スイッチ。その下が各チャンネルのミュート/ソロ。右上のディスプレイ下のスイッチは、左からデジタル入力/クロック・ソースの選択、キュー出力への信号出力、キャリブレーション・モード、左下はモノ・モニター、DIM、ミュート。右下はスピーカー切り替えとトークバック。ダイアルとLCD表示は、左側がヘッドフォン、右側がマスター



▲本体リア・パネル。左上から下へ、DAコンバーターからの5.1chダイレクト出力(D-Sub25ピン)、5.1chアナログ出力×2(同)、リモコンの入力端子(D-Sub15ピン)とトークバック用フット・スイッチ入力(フォーン)。5.1chアナログ出力の右は、電源ユニットからの入力、ワード・クロック・スルー/イン(上のスイッチはターミネーション用)、ADAT、AES/EBU(ステレオ用)、S/P DIFコアキシャル、同オプティカル、AES/EBU4系統分をまかなうD-Sub25ピン端子(5.1ch+ステレオ)といったデジタル入力端子が並ぶ。その右はトークバック用マイク入力(XLR)、5.1chアナログ入力(RCAピン×6/アンバランス)。下段のXLR端子は左からアナログ出力(L/R)×2、キュー出力L/R、キュー入力L/R、アナログ入力(L/R)×2で、下段右端が5.1chアナログ入力(D-Sub25ピン)

GRACE DESIGN
M906
オープン・プライス(市場予想価格756,000円前後)

SPECIFICATIONS

■周波数特性/3Hz〜250kHz(±3dB)
■入力インピーダンス/バランス:30kΩ、アンバランス:50kΩ
■出力インピーダンス/300Ω
■全高調波歪率/0.001%、0.00075% typical(ゲイン0dB、1kHz、出力+20dBu)
■ゲイン・レンジ/−105.5〜+20dB(Low)、−90.5〜+30dB(Hi)
■最大出力レベル/15dBu(Low)、+27dBu(Hi)
■ダイナミックレンジ/112dB(20Hz〜22kHz)115dB(20Hz〜22kHz、A-Weighted)
■対応サンプリング・レート/44.1/48/88.2/96/176.4/192kHz
■外形寸法/本体:432(W)×88(H)×267(D)mm、リモコン:203(W)×133(H)×41(D)mm、電源ユニット:216(W)×43(H)×216(D)mm
■重量/本体:6.4kg、リモコン:1.0kg、電源ユニット:2.9kg