豊富なプリセットを装備したデジタル入出力搭載2ch真空管マイクプリ

ARTDPS II

個人的に近ごろ、デジタル・サウンドの音色に味が無いと感じます。それはアナログ的にサチュレート(飽和)されていないとか、シンセやエフェクターもプラグイン化でデジタルくさい同じような音色になってしまっているとか、また、シンセサイザーのDAコンバーターが価格を抑えるために簡素化され、デジタルっぽいうすっぺらな音になっているとか......理由はいろいろ考えられます。今回紹介する真空管プリアンプART DPS IIは、そんな悩みを持つ読者に朗報かもしれません。本機は"デジタルな音"を味のある真空管サウンドに変えることができる製品なのです。

DPSの基本仕様を受け継ぎ
新たにインピーダンス調整なども搭載


このDPS IIを簡単に説明しますと、ADコンバーターを搭載した真空管プリアンプです。基本的には、同社の卓上型プリアンプTube MP Studio V3を2台分搭載したもので、おなじみのV3回路(真空管12AX7を搭載し"NORMAL""WARM""OPLリミッター"というプリセットを持つARTの独自技術)を継承。入力はマイクからラインまでに対応し、さらにデジタル入出力を装備し、ラック化するなどプロ仕様に仕上げられた製品です。既に発売されている真空管プリアンプDPSと基本仕様は同じものですが、新たに入力インピーダンスを調整できる機能、オート・スイッチング・インプット機能などが付加されています。入力端子は、アナログがXLR×2、フォーン×2(共にリア)、XLR/フォーンのコンボ端子×2(フロント)、デジタルがオプティカル(S/P DIFとADATの切り替え式)。一方、出力端子はアナログがXLR×2、フォーン×2(共にリア)、デジタルがコアキシャル(S/P DIF)とオプティカル(S/P DIFとADATの切り替え式)の2系統を装備。フロント・パネルに搭載されたコンボ端子への入力は、リアのマイク/ライン入力に対し優先される仕様です。これはラック・マウント時にも楽器の接続が手軽なため優しい設計と言えるでしょう。なお、デジタル入出力は44.1/48/88.2/96kHzをカバーし、ADATは1/2、3/4、5/6、7/8、または全チャンネルに出力することが可能です。ワード・クロック入力も搭載しています。

プリアンプ部の味付けにより
エフェクティブな使い方も可能


まず、マイクプリ部を試してみましょう。ちなみに、本機ではXLR入力についてインピーダンス値を変更可能になっています。ですので、まずマイクを接続し、インピーダンス・マッチングを調整。これを怠ると低域が無い音になったりするので気を付けましょう。チェックでは、ベースをライン入力して、主にプリセットをいろいろと試してみました。汎用性のある"MULTI"を基本の質感として比較したところ、"BASS"は低域がしまった感じ。"VOCAL"は中高域が伸びた感じで派手になり、"A-GTR"はリリースがぐっと伸びた感じ、"PIANO"は低域が締まり明るくなりました。ここでOPLをオンにしてさらに突っ込んでみたのですが、リミッティング効果とEQの歪みにより、かなり過激なサウンドになります。トータルしてマイクプリの音はなかなかのもの。歪みに強い設計になっているようで、ダイナミック・レンジは120dB、周波数特性は5Hz〜50kHzと幅広くて良いです。ちなみに、本機を録音用プリアンプとして使うだけでなく、インサート機能を利用し、ラインなどで一度録音したソースを通しリエフェクト用に使うことも考えられます。つまりV3回路で処理してサウンドをオケなどにマッチングさせたりできるのです。例えば、ライン録音したべースを通すことで、サウンドに味付けすることができ、さらにグルーブ感まで違ってきます。また、ドラムのキックなどにも使用すれば、パワー感が出て、存在感をアップすることも可能です。実際に試してみて、単なるマイクプリだけでなく、エフェクター的にも利用したいと感じました。チェックでは積極的な音作りも試してみました。アウトプット・ゲインを絞り、インプット・ゲインをかなり上げ、V3回路をMULTIにセット、真空管のサチュレーションによる歪みを作ってみましょう。これでボーカルを通すとブレスなどが大きくなり、言うなればUREI 1176のレシオ全押しのようなハード・コンプ効果を演出できます。ここでいうサチュレーションというのは、ギターでいうディストーションのような過激な歪みではなくオーバードライブのような歪みです。そのためマイクなどで試してみても、音色自体を否定するようなサウンドにはなりません。原音には忠実なままニュアンスを付けるということなのです。"ボーカルなどに若干のサチュレーションを加えないと歌にパワーが入った感じがしない"と感じているエンジニアなどには持ってこいでしょう。この辺りは楽器屋さんで実際に試してみてください。そのほか気に入ったポイントを挙げますと、VUメーターが、ピークを超えてカチカチと鳴らない本当に静かなところを高く評価したいです。歌い手さんやプレイヤーのそばに本機を置いても余計なノイズが無くて安心できます。その上、LEDのCLIP表示が搭載されているのですから至れり尽くせりといったところ。また、インサート回路も装備されており、OPLリミッターのみを利用することができます。さらにフェイズ・スイッチもあるので、思いがけない逆相を回避することも可能です。本機のお勧めユーザーとしては、DAWソフト+オーディオ・インターフェースのシステムを使っていて(筆者もそうです)、外部プリアンプが何か欲しいという人でしょう。プリアンプとしてはもちろん、V3回路を活用できるのはうれしい限りです。音質も優れ、ダイナミック・レンジも幅広く、デジタル・アウト、VUメーター、インサート回路、フェイズ・スイッチまで装備しているのに値段はかなり安い。ちなみに重さも2.5kgで、これなら電車通勤の筆者でも楽に持ち運びできます。何よりスペック的にはプロ仕様でありますが、価格が"アマチュア"なのは心強いものです。

▲リア・パネルの接続端子類。左からS/P DIFアウト、オプティカル・イン(S/P DIF/ADAT切り替え)、オプティカル・アウト(S/P DIF/ADAT切り替え)、ワード・クロック・イン、CHANNEL1インサート(TRSフォーン)、CHANNEL2インサート(TRSフォーン)、CHANNEL2マイク/ライン・イン(フォーン、XLR)&マイク/ライン・アウト(XLR、フォーン)、CHANNEL1マイク/ライン・イン(フォーン、XLR)&マイク/ライン・アウト(XLR、フォーン)

ART
DPS II
14,800円

SPECIFICATIONS

■周波数特性/5Hz〜50kHz(±1dB)
■最大入力レベル/+19dBu
■最大出力レベル/+28dB(XLR)、+22dB(フォーン)
■入力インピース(アナログ)/150〜3,000Ω
■ デジタル・レベル/−∞〜+10dB
■全高調波歪率/<0.01%(clean)、<0.1%(warm)
■外形寸法/483(W)×44(H)×165(D)mm
■重量/2.5kg