トライデント・スタジオの名匠が手掛けた2chマイクプリ/コンプ/EQ

TOFT AUDIO DESIGNSATC-2

今回はTRIDENT MTAコンソールの設計やビートルズ「ヘイ・ジュード」の録音を手掛けるなど、トライデント・スタジオで数々の活躍をしてきたマルコム・トフト氏の手による、マイク/ライン・プリアンプ/コンプレッサー/EQの複合機を紹介する。2ch仕様かつこれだけの装備で20万円を切る価格に、ただただ驚くばかりだ。

滑らかでつやのある音質と
複合機ならではの用途の広さ


今回は、個人的ではあるが大変良い試聴結果に好印象を持ったので、冒頭からその感想を述べてみたい。生ソース(マイク/楽器とも)に本機を使用することで、大変まとまりの良い音が出力された。また、2ミックス音源に対しても、癖が無く、元音の印象を損なわず滑らかでつやのある音で出てきたので、ライン・アンプとしても重宝する機材だと感じた。コンプ部はかなり奧が深く、上品な使用法からエフェクティブにかけることもできるし、2ミックス音源に対してのリミッターとしても大変重宝するだろう。EQも使いやすく良質な音だった。総合的にはこれ1台で音作りに困ることはなく、ディスクリートにも真空管にも無い素直な質感がとても気持ち良く思えた。正直に言ってFETアンプでこれだけ魅力ある音質にめぐり会ったことは初めてだ。感心するのは2Uラック・マウント・サイズにこれだけのプロセッサーを組み込めたことだ。VUメーターまでも搭載し、一昔前だったらこれだけの2ch分のプロセッサーをそろえれば8Uくらいになるだろう。内部部品には小型で高性能なものが使用されており、特に電源トランスにはトロイダル型を採用し省スペース。固体振動が少なく高性能の物だ。設計者にとっては高価で生産性の悪いトランスは嫌がられるものだが、あえて使用しているところにトフト氏の電源へのこだわりが分かる。だから電源はメーカー推奨の115〜120Vで使用したい。117Vでベスト・コンディションになるように設計してあるので、あえて日本向けに100V仕様にせず、そのまま出荷しているとのことだ。

エッジのレスポンスが良好な
音に伸びがあるプリアンプ部


それでは各部を見ていこう。前述の通り、2chが独立しており、それぞれマイク/ライン・プリアンプ、コンプレッサー、EQという構成。入力端子はマイクがXLR、ラインはXLRとアンバランス・フォーンの両方を備えており、マイク/ライン選択はスイッチで行う。位相反転機能は付いていないが、別途自前のリバース・ケーブルで対応ができるから特に不便はないだろう。楽器用にはフロント・パネルに専用の入力端子(フォーン)があり、DIとしても使用可能。ライン出力端子もXLRとアンバランス・フォーンを備えている。マイク・プリアンプにはファンタム電源も付いており、ヘッドルームは60dBと十分なゲインを持っている。このプリアンプはエッジのレスポンスがとても良く、音に伸びがあるように聴こえる。恐らく低インピーダンス入力専用の優れたICを組み込んでいるものと思われる。マイク本来のキャラクターを十分に引き出してくれる、良質なプリアンプだ。ただし、マイク/ラインともに入力レベルを決める際には、次段のコンプレッサー・セクションとの関係を十分に把握しておく必要がある。なぜならばスレッショルド値が固定されているので、ここでの入力レベルでコンプのかかり具合が決まってしまうからだ。普段と同じような感覚でヘッド・ゲインを持たせるとコンプが強くかかり過ぎて(突っ込み過ぎて)しまった。対処策としては入力は抑え気味にし、適度なコンプを設定したら、このブロック最終のメイクアップ・ゲインというツマミで出力音量を調節する。しかしこのゲインはコンプのオン/オフスイッチと連動しているので、切り替えながら試聴するにはレベル差があり過ぎる(コンプ・スルーの場合は入力ゲイン=出力ゲインとなる)。なので、コンプを使用するか否かはソースによって事前に決定しておいた方が良いだろう。もしくは常にオンにしておき、メイクアップ・ゲインを最終的な出力ゲインとして考えるほうが使いやすいと言える。VUメーターにはコンプのゲイン・リダクション表示もでき、UREIなどのものに比べてレスポンスが速く、とても分かりやすい。なお、ステレオ・リンク・スイッチも付いていて、これはステレオ・イメージを壊さずにコンプレッサーをかけるためのものだが、パラメーターは連動しないので、各チャンネルごとに設定する必要がある。EQセクションは4バンド仕様。ロー/ハイはシェルビング・タイプで、それぞれ2種類の周波数ポイントを選べるようになっている。ミッドローは100Hz〜1.5kHz、ミッドハイは1kHz〜15kHzを受け持ち、スイープ式になっているのできめ細かくEQポイントを探り出すことができる。各バンドのゲイン可変幅は±15dBで、かなり深い音作りも可能だった。一体型とあって、信号入力時に全体のレベルが決まってしまうという弱点もあるが、歪みが無く純粋な音がする。プリアンプの音質や内部部品構成も素晴らしく、ブリティッシュ型EQの良さも十分味わえ、トフト氏の考えに共感できる製品だ。ちなみに僕も1台購入することを決めた。
TOFT AUDIO DESIGNS
ATC-2
188,000円

SPECIFICATIONS

■入力インピーダンス/1.2kΩ(マイク)、15kΩ(ライン)、100kΩ(インストゥルメント)
■出力インピーダンス/100Ω
■ゲイン/60dB(マイク)、−16dB〜+10dB(ライン)、36dB(インストゥルメント)
■最大レベル/+24dBu(コンプレッサー・オフ時)、+15dBu(同オン時)
■全高調波歪率/0.05%以下(マイク)、0.05%以下(ライン、インストゥルメント)、0.5%以下(コンプレッサー最大圧縮時)
■周波数特性/20Hz〜20kHz(±1dB)
■外形寸法/482(W)×88(H)×157(D)mm
■重量/約3.2㎏