真空管回路による太く温かいサウンドを獲得したダンス・ミュージック・ギア

KORGElectribe・MX

今年の夏は本当に異常気象だった。フランスの熱波でアルプスの雪は溶け、日本は冷夏。汗をかくつもりでいたのに調子が崩れて"どうなってんのよ!!"と心で叫び、何とか夏の楽しみを取り戻そうとしていた矢先、Electribe・MXが発表された。思わぬところで夏の楽しみが現われたわけだ。もともとリーズナブルな価格で、なおかつそれ以上のパフォーマンスで好評のElectribeシリーズだが、今回のElectribe・MXはこれまでのシリーズ製品の持つポテンシャルをよりグレードアップ。クラブ・ミュージック系の音楽制作を一手に引き受ける仕上がりとなっている。

2本の真空管を採用した
"VALVE FORCE"回路を搭載


本機は、豊富な音色を内蔵した音源部とステップ・シーケンサー、エフェクト、アルペジエイターなどを搭載した製品。従来のシリーズ製品よりも機能がさらに充実しているためか、ボディも一回り大きく仕上げられているが、意外に軽くて持ち運びも容易だ。外観的に特に目を引くのは、2本の真空管が本体内に搭載されている点だろう。これはKORGが独自に開発した"VALVE FORCE"という回路に組み込まれており、最終的な出音の音圧を稼ぐ効果を発揮してくれる。実際にサウンドを聴いてみると、太く温かく、かつ輪郭のはっきりした音像を得ることができた。この真空管回路はトラック・メイクにおいて音圧感が欲しいと思っている人はもちろん、ライブ会場などでシンセサイザーを鳴らした際に"ラインくささが消えない"と感じていた人にも有効だ。例えば、サウンド・チェックの段階で会場の鳴りに合わせて音圧を調整し、その響き具合をチューニングすることができる。これはとても便利。真空管に通す信号のレベルはTUBE GAINツマミで調整する。マスター・ボリュームも併用した音量調整が必要になるが、真空管による歪み加減も好印象で、ユーザーのオーダーにフレキシブルに即応できると思う。個人的には照明の暗い場所で真空管に火が灯されているビジュアル的な点にも軽い快感を覚えた。さて、サウンドに関してはまた触れるとして、パネルの解説に戻ろう。本機はパネル上のパラメーター配置も非常に分かりやすい。コモン・セクション(シーケンサーのトランスポートやパラメーター・エディット、モード切り替えなどを行う)、エディット・セクション(シンセの音色やエフェクトなどをエディットするところ)、ステップ・キー・セクション、パート・セレクション・セクション、アルペジエイター・セクションといった具合に分かれていて、パネルとディスプレイを見ただけで現状を把握しながら作業を進めることができる。初見ですぐにプレイできたのには、ちょっとビックリしたほど。デザインと操作性のバランスが非常に良いと言えるだろう。それでは、本機のスペックを簡単に紹介しておこう。ソングは64曲まで本体内に保存可能で、1つのソングにつき最大256個のパターンを並べることができる。また、パターン自体も最大256個まで作成/保存可能だ。このパターンでは16個のパートを鳴らすことができ、ドラム・パートとシンセ・パートを使ってさまざまなフレーズを作り出せる。パターンのプリセットには、エレクトロニカ、ハウス、テクノ、トランス、R&B、ヒップホップ、フューチャー・ジャズ、2ステップ、ドラムンベースなど、あらゆるクラブ・ミュージックのスタイルが網羅され、しかも、各ジャンルごとにさまざまなバリエーションが用意されている。これらのプリセットの中では、神秘的な香りがする"B-16 Trance4"が印象的だった。左右の広がりが美しく、オーソドックスなフレーズでありつつも、その空気感をほかの機材で再現するには複数台が必要になると感じた。また"B-10 DnB21"はティンバランドなどがバック・トラックに好む感じで、さらに1990年代の古き良きハウスのような"B-49 GarageH5"も聴いていて心地良かった。そのほか、フューチャー・ジャズ系など、これまでの製品では聴かれなかったようなパターンがあったりするので、かなり重宝しそうだ。

リアルタイム・プレイに適した
独創的なアルペジエイター


本機はリアルタイム・プレイに適した機能が数多く用意されている点も見逃せない。例えば、あるパターンを再生しながら、次々にほかのパターンへ切り替えていくことができる(再生中にパターンを切り替えると、現在のパターンが最後のステップまで再生してから次に移る)。その際、テンポはパターンごとに設定できるが、TEMPO LOCKキーを点灯させておくと、現在のテンポを維持したまま次のパターンに移ることができる。また、簡単にパターンの頭出しが行えるRESET/ERASEキーもリアルタイム・プレイになくてはならない機能だ。さらに各パートをミュートしたり、ソロで再生したりといったことも可能だ。AUDIO IN THRUキーもかなり便利。これはボタン1つで、AUDIO IN端子から入力した外部音源を本機の音に混ぜることができるというもの。しかも、ループなどを入力してAUTO BPM SCANキーを押すとそのテンポを自動的に検出、もう一度押すとそのテンポをパターンに設定できる。すごく面倒くさがり屋な僕でも、簡単にできたのでぜひ試していただきたい!さらに、アルペジエイターもリアルタイムに鳴らし方を変えることができる(写真①)。本体左下に配置されたリボン・コントローラーを触るとアルペジエイターが再生され、リボン・コントローラー上の指の動かし方でさまざまなプレイが可能となっているのだ。ドラム・パート、シンセ・パートのどちらでも使用でき、例えばドラム・パートではリボン・コントローラー上で、指を下から上に向けて滑らすことでリズム・バリエーションが細かくなっていく。最も上まで指を持っていくと連打の状態になるのだ。シンセ・パートでは下から上に動かすにつれてゲート・タイムが長くなる。またリボン・コントローラーの右にあるスライダーを併用すると、ARPEGGIO SCALEで設定した音階に沿って音程が変化していく。このスケールは31種類用意されているので、さまざまな楽曲に対応できるだろう。▲写真① アルペジエイター・セクション。左のリボン・コントローラーを触るとアルペジオが鳴り出し、指を置く位置によって鳴り方が変化する。また、右のスライダーで音程をコントロール可能

幅広い音色をカバーする
最新音源MMTの威力


ここからは、本機のサウンドを支える音源部について、より詳しく見ていこう。音源部には、KORGの最新DSP音源技術を注ぎ込んだというMMT(Multiple Modeling Technology)が採用されている。シンセ・オシレーター部では16種類のさまざまなタイプを選択可能(写真②)。▲写真② シンセ・オシレーターの選択ツマミ。個性的な16種類のオシレーター・タイプを用意 例えば、アナログ系サウンド作りに欠かせないWAVEFORM(サイン波、三角波、ノコギリ波、パルス波を設定可能)やOSC SYNC(オシレーター・シンク)、CROSS MOD(クロス・モジュレーション)、RING MOD(リング・モジュレーション)などを用意。また、76種類のPCM波形も使用できるので、ファンクやフューチャー・ジャズといったオーガニックなダンス・ミュージックの制作にも十分対応できる。さらに、ピッチを変更することで1音だけでコードの響きを展開させられるCHORD OSCや最大6基分のオシレーターのピッチをずらし、厚みのあるサウンドを作るUNISON、2基のオシレーターをミックスした後で変調し、複雑な波形を生み出すWS(ウェーブ・シェイプ)なども個性的な音作りに役立つだろう。AUDIO IN+COMBを選ぶと、外部入力信号そのものをオシレーターとして扱うことができ、これにコム・フィルターをかけることができたりするのも面白い。音色エディットの際はパターンを鳴らすほかに、パネルの一番下にあるステップ・キーをキーボード代わりに使うこともできるのでストレス無く操作できる。フィルターはLPF、HPF、BPF、BPF+の4種類が用意されているが、どれも素晴らしい効きで、劇的に変化するカーブ感が気持ち良い。フィルター・セクションにあるDRIVEツマミもアナログっぽい歪みを生み出し、音色をさらに個性づけることができる。ドラム・パートのPCM波形もかなりの充実ぶり。キックやスネアなど即戦力となる207種類が用意されていて、これらにコンプやディストーションといったエフェクトを少しかけるだけで、高価な音源にも負けないサウンドを楽しめる。そのエフェクトだが、本機には16種類用意されていて、3系統を同時に使用することができる(写真③)。BPM SYNC DELAYはテンポに同期したディレイで使い勝手が良く、TALKING MOD(トーキング・モジュレーター)も非常に効果的だ(MU-TRON Bi-Phaseを使ったときのような雰囲気になる)。さらに、ある周期でごく短い時間だけサンプリングして、それを連続再生するというGRAIN SHIFTERも魅力的。サンプリング周波数やビット数を落としてチープなザラザラした音を作ることができるDECIMATORもトラックのクッション作りに使えてとても面白い。▲写真③ エフェクト選択ツマミ。16種類の中から3つのエフェクトを同時に使用できる。1つのパートに複数のエフェクトをかけることも可能

トラックをより表情豊かにする
イベント・レコーディング


最後にシーケンサー・セクションを見ていこう。入力はリアルタイムまたはステップに対応しており、パネル下部のステップ・キーが光るため視覚的に確認しながら作業を行える。簡単にパターンを作成/編集できるところがステップ・シーケンサーのだいご味だが、本機は演奏しながらでも簡単に編集できるように作られている。例えば、ボタン1つで簡単にキックの位置を変えたりできるのはもちろん、再生中にSHIFTキーを押しながらERASEキーを押すと、そのとき選択していたパートの音を削除できたりするのも便利だ。さらに、変拍子も打ち込めるし、スイングやロール、トランスポーズなども可能。そのほか、打ち込んだデータの移動やコピーといったシーケンサーに必要とされる機能はほぼそろっている。Electribeシリーズのシーケンサーで特筆すべき点は、ツマミやキーによる音色変化を記録し再現する"モーション・シーケンス"機能だろう。もちろん、本機にもエフェクト用と各パート用の2種類が用意されていて、1パターンにつき24系統のパラメーターの動きを記録できる。操作に関しても、各セクションに付いているMOTION SEQキーとRECキーを押して再生すれば、すぐに記録できる簡単さには感心させられた。もちろん、修正や削除も容易だ。こうして作ったパターンを並べてソングを作っていくわけだが、単にパターンを組み合わせるだけでなく、リアルタイムにイベント・レコーディングを行う機能も用意されている。録音可能なイベント・データはドラム・パート・キー、キーボード機能やアルペジエイターを使った演奏、ツマミの動き、パートのソロやミュート、テンポなどで、オケ全体を聴きながら演奏できる点が便利だ。この機能を使えば、パターンを組み合わせただけではいまひとつ流れが悪いなと思った部分などを補正できる。非常に音楽的で親切な機能といえるだろう。ちなみに、このイベント・レコーディングでは、同じイベントだけを上書きして更新するため、同じ区間で別のイベントを重ねて録音していくことが可能だ。Electribe・MXは、作曲ツールとしても効果絶大でワークステーション・タイプのシンセサイザーと比べても、そのポテンシャルは引けを取らない。豊富に用意されたプリセット・パターンを活用して曲作りを行うのもいいだろうし、イチから自分でパターンを作成するのも手軽に行える。ユーザーの発想にフレキシブルに対応してくれる本機は、間違いなくユーザーが期待する以上の効果や威力を与えてくれると思う。

▲リア・パネル。左からAC/ACパワー・サプライ接続端子、MIDI THRU/OUT/IN、マイク/ライン・ゲイン切り替えスイッチ、AUDIO IN、INDIVIDUAL4/3、OUTPUT(R、L/MONO)、ヘッドフォン

KORG
Electribe・MX
87,000円

SPECIFICATIONS

■システム/MMT(Multiple Modeling Technology)
■オシレーター・タイプ/16種類(シンセ・パート)
■フィルター・タイプ/4種類(シンセ・パート)
■真空管/12AX7×2
■内蔵波形数/ドラムPCM波形(16ビット/44.1kHz)=207種類、シンセPCM波形(16ビット/44.1kHz)=76種類
■パート数/16(シンセ・パート×5、ドラム・パート×9、シンセ・アクセント・パート×1、ドラム・アクセント・パート×1)
■メモリー容量/256パターン、64ソング
■エフェクト/16種類×3系統(チェイン可能)
■シーケンサー部/パターン:パートごとに最大128ステップ、1パターンにつき最大24系統のモーション・シーケンス、ソング:1ソング最大256パターン、イベント・レコーディング最大20,000イベント
■アルペジエイター部/リボン・コントローラー+スライダー(スケール選択可能)
■アウトプット/L/MONO、R(フォーン)、INDIVIDUAL3、4(フォーン)、ヘッドフォン(TRSフォーン)
■インプット/AUDIO IN(標準フォーン・ジャック:モノ)
■MIDI端子/IN/OUT/THRU
■外部記憶装置/スマートメディア・スロット(3V仕様の4〜128MB)
■外形寸法/358(W)×256(D)×62(H)mm
■重量/3.1㎏