風格を感じさせるサウンドが魅力なDAW時代のアナログ・ミキサー

TRIDENT AUDIOS100

TRIDENT AUDIOの歴史は1970年代から始まり、歴代の高級コンソールはいかにも英国らしいアンティーク家具を思わせる美しい姿が特徴だが、今回紹介する同社のミキサーはジョン・オーラム氏の設計により近代的デザインで良質かつ低価格を実現している。

多種の入力端子を装備し
さまざまな録音状況に対応


基本仕様は8chインプット/6バス(=ステレオ3系統)のマイク/ライン・ミキサー。バスのステレオ1系統をマスター・アウトとする最も一般的な使用法の場合は、1ステレオ・マスター・アウト/4バスということになる。本体はラック・マウント可能な8Uシャーシだが入出力ジャック類がすべて本体上部に設置されているため、実際は10Uぐらいのスペースが必要。または縦置きで卓上使用する。フェーダーは縦置きで操作しやすいように大型のロータリー・タイプを採用している。入力はマイク/ラインともに対応したXLRバランス端子を備え、加えてフォーン端子とRCAピン端子も装備されているので、どんなソース機器に対しても変換プラグを使用する必要が無い。AUX、バス、モニターなどはA、B、Cというグループ分けでD-Sub端子入出力となっているので付属の専用ケーブルを使用する。先端がフォーン・プラグになっているので、宅録システムでは一般的なフォーン端子のパッチ・ベイに立ち上げておくとシステムが整理されてとても便利になるという利点がある。それでは操作性をチェックしていこう。まずは一番手っ取り早いCD音源をチャンネルに入れて聴いてみようとしたら、音が出ない!と思ったら問題はケーブルのパッチ結線にあった。BというグループD-Sub端子の1と2がマスター・アウトのインサートになっていたのだ。マスターにEQやコンプといった機材をインサートできるようになっているためTRSフォーン・プラグでイン/アウトを形成している。ここを常にショート(ほかの機材をインサートするか、パッチ・ベイの場合はパッチ・ケーブルでつなぐ)させないと音が出なくなる。工場出荷時はケーブルの先端にショート・プラグが装着されていたのをこのときに理解した。恐らく同じ場面に出くわす人が多く居ることが予想されるので、そのときは慌てずこの記事を思い出してほしい。さて、気を取り直してCD音源を聴きながら一通りのツマミ類を操作してみた。3バンドEQ部分はスルーはできないものの、特に頻繁に使用するミッド・レンジ(100Hz〜10kHz)の効きはマスタリングEQに匹敵するような、ナチュラルで歪まないという素晴らしい特性を持っている。これがブリティッシュEQと賞賛される由縁である。3バンドのほかに、もちろんローカット・スイープとハイカット・フィルターも装備されているので5バンドと言ってもよい。

各帯域のピークを抑えつつ
サウンドに深みを増すEQ


そして本機には充実したAUXセンドも用意されている。3系統ポストセンド、2系統プリセンド(EQ前の送りでチャンネル・フェーダーも通らない良質なプリゲイン送りが期待できる)を装備。これらをスイッチで6バスに自由にアサインすることができる。さらに各フェーダー・チャンネルにはダイレクト・アウトも装備されているので、1台で多くのルーティングが可能となる。実際、この手のミキサーは近年DAWとのルーティング・マシンとして使用される傾向になりつつある。そこで今回、肝心な音質(質感)のチェックにおいて、プロの現場で多く使用されるDIGIDESIGN Pro Toolsのアウトを任意にこのミキサーの8ch分へパラってマスター・アウトを試聴してみた。ソースは既にミックス・ダウンの完成したデータである。出てきた音は中域はふくよかではあるが高域は少し落ち、低音も物足りない。しかしこれは本機の欠点ではない。ここから各トラックのDAW側のEQやコンプ、それにミキサー側のEQを調整し再び周波数特性をそろえていく。そうするとどうだろう。DAWのEQやコンプだけではどうしても抑えられなかった各帯域の嫌なピークがなくなり、ハイハットやシェーカーの高域成分もサラサラとつややかに伸びる。低域の位相はとても締まり真ん中でしっかりと定位を取ってくれる。ボーカルの中高域は申し分のない音の張りが出ていた。各音色の倍音とリバーブの密度も濃くなり全体の音像が大きくなったように聴こえる。EQの特性に慣れれば、音作りにおいても相当重宝するに違いない。S100は各部に良質な部品を採用しているが、例えばツマミの回し心地や正確なdB合わせなどの細かい部品選別は行われていない。オーラム氏はそれをあえて公表し、音質の良さは確保しつつその価格もセールス・ポイントとして考えているようだ。設置性は他社の量産品に軍配が上がる部分があるが、音質は英国の風格を感じさせる素晴らしいミキサーである。

▲本体上部の端子類。1〜8chまでのマイク/ライン入力(XLR)、ライン入力(フォーン、RCAピン)、インサート(TRSフォーン)が並び、左のD-Sub端子はバス・アウト、AUX SEND/RETURNで使用するほか、2台のS100をカスケード接続する際にも使用する

TRIDENT AUDIO
S100
オープン・プライス(市場予想価格/420,000円)

SPECIFICATIONS

■イコライザー/HIGH(LEVEL:±15dB)、MID(LEVEL:±15dB、SWEEP:100Hz〜10kHz)、LOW(LEVEL:±15dB、SWEEP:5Hz〜200Hz)、HI CUT
■外形寸法/480(W)×345(H)×315(D)mm
■重量/13.5㎏