中高域の柔らかさと低域の豊かさが魅力の1ch真空管マイクプリ

NATALE MODMP86

最近ホール録音が多い私にとって、使用するマイクやマイクプリは意識的に新しいもの(HiFi系)をトライすることが多いのですが、今回試聴/チェックするのはNATALE MOD MP86という真空管マイクプリです。資料によると、“A社の名機を参考に設計し直し、あのイギリス有名バンドBのメンバーJのソロ時代に担当していたエンジニアRoy(もうお分かりですね!?)が絶賛している”というから、この時点で何やら興味をそそられます。また、このMP86、実は個人(アメリカ人)が製作しており、限定生産ということなので、かなりマニアックで個性的なサウンドを期待してしまいます。

必要十分な入出力&操作子
入出力にはUTCトランスを使用


まず、その期待を裏切らないルックスはビンテージそのもの。鋳造/型押ししたかのようなフロント・パネルに、秋葉原デパートで片隅に眠っているようなスイッチやツマミがシンプルに置かれており、大きなVUメーターが一際目立ちます。リアは真空管や電源トランス/入出力トランスがむきだしのままで、移動を考えると一抹の不安を感じるかもしれませんが、ラック・マウントできるので、その辺は大丈夫でしょう(メインテナンスを考えると、かえって便利かもしれません)。MP86は1chのマイクプリで、80dB以上の非常に高いゲインを持っています。これはリボン・マイクやダイナミック・マイクなどに対応できるということです。入力インピーダンスは切り替え式になっており、50/200/600Ω/DI(Hi-Z)から選択可能です。DI用にフォーン・ジャックが別にあり、入力のアッテネーターとしてPADも用意されています。その他、フェイズ・スイッチやアース接地切り替えのスイッチも装備され、マイクプリの構成としては十分な内容でしょう。実は、このMP86には入出力にUTCトランスが使用されており、サウンドの要らしいのです。Webサイトなどでいろいろ探ってみると、サウンドに対するUTCトランスの話題が多いのは事実で、製品プロフィールにも“低音の魅力と、中高域にかけたつやの良さ”とあります。では、その辺を意識しながらチェックしていきましょう。

柔らかい表現が素晴らしい
サウンド・キャラクター


まず、ノイズ(SN比)に関しては、聴感上は現行のほかの真空管マイクプリと何ら遜色なく問題ありません。逆に周波数特性的にレンジが比較的狭いことも手伝って、気に障る高調波帯域のノイズも感じられず、安心感を与えてくれます。実際に使用してみると、従来のチューブのイメージ、トランスっぽいイメージを損なわない“いかにも”といった感触はすぐにつかめます。ただし、ここ10年間くらいに登場してきた真空管マイクプリが比較的そのイメージを持ちながらも“少々硬質なサウンドで歪みを抑えたクリーンな方向のもの”と、その逆に“歪みを生かしたもの(こちらは比較的安価な製品に多い)”の2通りに集約される気がするのに対し、このMP86はとても柔らかい表現をしてくれます。餅のようなサウンドといったら言い過ぎかもしれませんが、比較的ナローな周波数特性でありながら聴感上は決してナローな感じには聴こえず、気持ちよく伸びていくような印象です。確かにかまぼこ型の周波数特性をしていますが、再生される倍音の構成が素晴らしいのか、中高域が柔らかく表現されるように感じます。プロフィールにもあった“低域の魅力”についても豊かな低域が決して誇張されたものではなく感じられます。帯域に変なで凸凹もなく、質の高さを体感できるマイクプリと言えるでしょう。このサウンド・キャラクターを生かすなら、ボーカルなどのソロ扱いのものならオールマイティにフィットしそうです。個人的にはスタジオでストリングスをすべてこのMP86を使用して録音してみたいという気になります。加えて、DIGIDESIGN Pro Toolsなどのデジタル・レコーダーに記録することを考えても、このキャラクターは相性がよく、音のノリがいいと思います。また、入力インピーダンスの切り替えができるので、あえて50Ωに下げてマッチングを無視することで、入力レベルにかかわらずディストーション・サウンドを得られる楽しい(?)使い方もあります。ただ1点、アタック/音圧の激しいパーカッションなどに使用する場合、歪むポイントがほかのマイクプリより早いので、気を付けた方がいいでしょう。あと、ゲイン自体はかなり高く録れるので、リボン・マイクやダイナミック・マイクのような比較的立ち上がりの鈍いマイクを使用することでもうまく処理できると思います。今回のレビューで、UTCトランスがいかに音楽的サウンドを演出するにふさわしいトランスの1つかが実感できましたし、今まで自分が描いていた真空管マイクプリのサウンド・イメージが再びプラスに一新された思いです。確かに、UTCや使用している真空管などは現行品ではないのですが、真空管がまだまだ手に入ることや、設計自体が単なるビンテージのコピーでないことから、一般でいうビンテージ機器とは違い安定したパフォーマンスを期待できそうです。高価な製品なので気軽には購入できませんが、一度はまると病みつきになりそうな魅力を感じました。
NATALE MOD
MP86
278,000円

SPECIFICATIONS

■周波数特性/10.5Hz〜29.8kHz @+4dB出力
■マイク・ゲイン/80dB以上(真空管による)
■ノイズ・レベル/−60dB以下
■入力インピーダンス/50/200/600Ω/DI切り替え
■外形寸法/318(W)×156(H)×135(D)mm
■重量/5.1㎏