上位クラス並みの高音質マイクプリと多彩なエフェクトを搭載したチャンネル・ストリップ

FOCUSRITEVoiceMaster Pro

FOCUSRITEの低価格帯シリーズ、Platinum Rangeの新機種、VoiceMaster Proを紹介しましょう。本機はマイクプリというよりはチャンネル・ストリップと呼んだ方がいいほどの多機能モデル。名前の通りボーカル録音に最適な機能を搭載していますが、マイク入力やライン入力、DI入力なども装備しているので、楽器等の録音にも十分使用できます。また、レイテンシーフリー・モニタリング機能やオプションのデジタル・ボードなども用意されており、DAWソフト環境のユーザーをターゲットにしているようです。

マイクプリ部の音質は
クリアでシルクのような滑らかさ


今回はヒップホップ・ユニットのTHINKTANK(K-bombさんのソロ・アルバム)にもチェックに協力していただきました。使用マイクは真空管マイクのSOUNDELUX U95。高域の伸びと張り、それに低域の存在感が特徴です。また、比較用として、どこのスタジオにも大抵常備されているAMEK 9098 Equaliserも用意しました。では、しっかりと聴き比べてみましょう。さてチェック開始! 電源を入れると、まぶしいくらい青い輝きのピーク・メーターに目を奪われます。ツマミもすごい数ですねぇ。しかし、よく見ると信号の流れに沿って各セクションが左から右へと順に配置されています。なんて簡単。とりあえず、各ツマミは12時の位置に設定して録音してみました。するとどうでしょう! 初めて使ったのに、レベルぴったりのファースト・テイクが問題無く録音できました。コンプのメーターが深くなり、かかり過ぎたか?と思ったものの、音自体はやせたり奥まることなくうまく抑えてくれたので安心。これには驚きました。実際に使うとコンプのカーブ設定、EQの数値設定などが、"特別にボーカル録音に最適化"されていることに気付くでしょう。マイクプリの音はというと、どこまでもヌケのよい、全帯域がクリアでシルクのような滑らかさ。Platinum Rangeというより上位クラス直系の音です。先代のVoiceMasterも所有していましたが、価格差はたった数万円なのに全く音のクオリティが違います。エネルギーの必要な大入力時にも歪みの無いリニアな駆動感と、安定感、S/Nの良さは、同価格帯機種とは比べ物になりません。9098 Equaliserと比べてみても、VoiceMaster Proの方が十数万円も安いのに、その差を全く感じさせません。9098 Equaliserはトランス出力タイプで、粗くもヌケの良いスカッとした力強い音質。特に、この中域の粗さはこの機種独特の雰囲気を感じさせるものですが、両者の音の違いは、もはや好みの違いのレベルにまで達しています。カタログには記載されていないのですが、VoiceMaster Pro電源部の隙間からAMEKと同じくトロイダル・トランスが見えます。音が良いはずですよ。この強力な電源部設計は、ディスクリートで組まれたAクラス動作のマイク・プリアンプ回路への優しい配慮でしょう。

独特の音色変化を得られる
ビンテージ・ハーモニクス機能


冒頭にも書いた通り、本機は単なるマイクプリではなく、オプティカル・エキスパンダー、ビンテージ・ハーモニクス・プロセッサー、オプティカル・コンプレッサー、チューブ・サウンド、ボイス・オプティマイズドEQ、ディエッサーなど、多彩な機能を搭載しています。すべてを記すには誌面が足りないので、気に入った機能を幾つか挙げてみます。まず、音の良いハイパス・フィルターは20Hz〜400Hzを連続設定可能。また、オプティカル・エキスパンダーの違和感の無いリリースや、オプティカル・コンプレッサーのオート・リリース・モードの動作も絶妙(中に人が入ってる?)です。中でも、注目すべき機能はビンテージ・ハーモニクス・プロセッサー。これはDolby Aノイズ・リダクションを使用するEQエフェクトをシミュレートした機能で、マルチバンドのダイナミックEQといったところでしょうか。EQポイントはDolby Aとは異なり3kHzと20kHzに設定され最大12dBものブーストが可能ですが、スレッショルド以下の音量時にのみにかかるため、音は全くきつくなりません。簡単にいうと"シャリッシャリ"になるんですが、スレッショルドを超える瞬間の独特なコンプレッション・サウンドが面白く、音の変化を求めるときや生音の録音時にも積極的に使いたい機能でとても魅力を感じました。特徴的な機能としてはもうひとつ、先代VoiceMasterから受け継がれたチューブ・ドライブ・サウンド・サーキットが挙げられます。ここは改良が施されているようで、より気持ちよい歪みが得られ、ピークが入っても割れること無く滑らかに歪んだ音に変化していきます。本当の真空管機材でも得られない歪みだけをミックスすることができるという画期的なエフェクトですね。なお、今回使用した製品には動作に不備があり、レイテンシーフリー・モニター・アウトやオプションの専用ADCボード(35,000円)は機能せず、これらはチェックできませんでした。さて、最後にあえて苦言を。ピーク・メーターの針が細いのとランプがまぶしいくらい明るいので、ちょっとレベルが見づらいのです。また、もうひとつ惜しいと思ったのが、ディエッサーをEQの前にルーティングできない点。日本語って子音が特殊なんですよね(と言っても、イギリス人には通じないでしょうか......)。とはいえ、このVoiceMaster Pro、実にヤバいっ! 近年、まれに見る好(!)機種です。やはり特筆すべきは音質。FOCUSRITEらしい素晴らしい安定感。20万程度のマイクプリとなら音質的に互角に戦えます。いや、負けていません。使いやすさと音質と価格のバランスがとれた機材、ということは......!!! "新定番マシン"の登場です。
FOCUSRITE
VoiceMaster Pro
アナログ・モデル:110,000円
アナログ・モデル+デジタル出力:145,000円

SPECIFICATIONS

■全高調波歪率/0.003%未満
■周波数特性/10Hz〜200kHz(at−1dB)
■入力ゲイン/マイク:0dB〜+60dB、ライン:−10dB〜+10dB、インストゥルメント:0dB〜+40dB
■外形寸法/480(W)×88(H)×265(D)mm
■重量/5.2kg