充実したライブラリーが魅力のボイス用ピッチ&モデリング・プロセッサー

TC・HELICONVoiceOne

まず認識しておきたいのが、本機はあくまでも声素材に使用を限定したエフェクターであり、声以外の素材を入力することは考えられていないこと。しかも、ボーカル録音に必要なマイクプリやコンプ、パラメトリックEQといったものは内蔵しておらず、別の機材でこれらの処理した素材を入力することが前提にある。それでは本機で声に対してどんな処理ができるのか、順に見ていこう。

声を自在にカスタマイズする
8つのエフェクト・セクション


フロント・パネル中央のボタン名から分かるように、本機は8つのセクションに分かれている。
●CORRECT(ピッチ補正):人気のリアルタイムのピッチ補正機能。内蔵する48のプリセット・スケールから選択して、自然で正確な処理が可能になっている。もちろん自分だけのカスタム・スケールも作れる。
●SHIFT:ピッチ・シフト部分。3度や4度といったインターバルで指定できるのはもちろん、メジャーやマイナーの指定、さらにはCORRECTで指定したスケール上での移動も可能なのが便利だ。またハーモニー・パートをキーボードからMIDIでリアルタイムに生成する"リピッチ"も可能だ。さらに特別に用意されたPureShiftモードでは、フォルマント成分の質(男性〜女性)と適用量を、オン/オフだけでなく比率でも指定できるようになる。これを細かく設定していくことでかなり自然なピッチ変更が可能。ただし、このモードでは、本機の演算能力をすべてピッチ関連に割り当ててしまうため、それ以外のエフェクトが使えなくなるという制限はある(INFLECTION、VIBRATOは機能する)。その右にある6つのボタンが本機の最大の特徴であるボイス・モデリングのセクションだ。
●INFLECTION(音程のしゃくり):人格を別の人間にする大きなファクターだ。FlexTimeと呼ばれるフレーズ伸縮アルゴリズムが音程だけでなくタイミングにも変化を与える。例えばボーカルにただショート・ディレイをかけた状態では、原音と位相がずれて不自然になることが多いが、本機ならより自然なダブリング効果が得られる。また、TimeDlyのパラメーターを一時的に大きくすると、原音が途切れたあとでもさらに伸びるロング・トーンも作れる。
●VIBRATO:単純なLFOではなく、本物をスタイルごとに解析してデータベース化したリアルなビブラートだ。選べるテンプレートも36種とかなり豊富だ(リスト①)。もちろん、エフェクトの深さや、開始までの時間、ランダム化などが細かく設定できる。オペラ風のビブラートなど、自力では到底まねのできないようなテンプレートは試聴するだけでも実に楽しい。▲リスト① 36種類用意されたビブラートのテンプレート
●SPECTRAL:シンガーの喉の長さに合わせた周波数バランスで、EQやマイクの距離の変化に似た効果が得られる。野太い声、ラジオ・ボイスなどをEQよりもずっと自然に作れるのがいい。
●BREATH(息っぽさ):特にプリセットの3番"VoiceModelWhisper"がすごい。なんと、元のボーカルの音程が全くなくなって、元からは想像もつかないウィスパー・ボイスが聴ける。しかし、通常は自然に声に溶け込ませるような隠し味的使い方がメインだろう。
●GROWL(唸り):声の音程感のない成分をモデリングしており、ダミ声も作れる。筆者には、このパラメーターの扱いが最も難しかった。
●RESONANCE:胸および頭部の共鳴に基づいたレゾナンス。かなり声質が大きく変わるファクターだ。選択できるスタイルは22種類。特に"R&B"の声質が自分とはかけ離れてかっこ良かった。ちなみに"Sumo"なんてのもあり、ヘッドフォンをして聴くだけで相撲取り気分になれる。

XLR端子装備の本格派
TCならではの実用的な作り


エフェクト以外のポイントを挙げてみよう。XLR端子のインプットが2系統あるが、これはステレオ入力用ではなく、2つの入力を内部で切り替えて使うための装備(本機が処理できるのはあくまでもモノ信号)。DAWとHAをつないで切り替えると便利だ。また、アウト側も2系統だが、これもステレオ出力用ではない。片方がボイス・モデリングとピッチ・シフト後の信号で、もう一方はその処理に要する遅延時間分のディレイを加えただけのドライ(エフェクトされていない)音だ。I/OページでLow、Medium、Normalの3つからレイテンシー(大きいほど高音質)を選択可能だが、特にハーモニー・パートを生成する場合は、ボーカル音からの遅れが大きく実用的ではない。そこで、このドライ・アウトの方をメイン・ボーカルとしてモニターしようというわけだ。MIDI IN/OUT端子ではピッチ情報だけでなく、CC(コンティニュアス・コントロール)情報を使って本機の各種パラメーターを外部からコントロールできる。プリセット100、ユーザー・メモリー50で、その内容をMIDIでバルクダンプも可能だ。その他、"入力信号の音程に連動したローカット・フィルター""S/P DIFのデジタルI/Oのゲインがアナログと別に内部で設定可能"など、細部でもTCらしい実用的な作りで安心できる。購入時に注意したいのは本機が1度に1ボイスのハーモニー・パートしか供給できないこと。もしライブなどで複数のハーモニー・パートが欲しい場合には、VoicePrismPlusが必要になる。これまでもボーカル専用のプロセッサーは幾つもあったが、"また、だいぶ進化したな"というのが本機を触った感想だ。特にVIBRATOのライブラリーが多いのはかなりの魅力である。この手の機材は音楽に使う場合使う人のセンス次第というところが多々があるが、あれこれ試行錯誤する楽しみが十分にある充実した内容がうれしい。ハードウェア単体機もまだまだ面白い。 
TC・HELICON
VoiceOne
オープン・プライス

SPECIFICATIONS

■入出力端子/インプット1/2(XLR)、アウトプット1/2(XLR)、S/P DIFデジタル・イン/アウト、MIDI IN/OUT/THRU、ペダル端子
■入力インピーダンス/21kΩ(バランス)、13kΩ(アンバランス)
■出力インピーダンス/40Ω
■AD/DA部/24ビット
■サンプリング・レート/44.1kHz、48kHz
■レイテンシー(デジタル入出力)/9〜33msec(6段階切替)
■外形寸法/483(W)×44(H)×195(D)mm
■重量/1.85kg