ビンテージの音質とルックスを受け継いだロシア製リボン・マイク

OKTAVAML-52

侮りがたい実力を持つコンデンサー・マイク群で高い評価を受けている、ロシアのOKTAVA社(個人的には、ロシアと聞くと旧ソ連のイメージが残っているので“社”というイメージがわきにくいが)から、スタジオ仕様のリボン・マイクML-52が発売された。“リボン・マイク”と言われても、若い読者にはあまりなじみの無い製品だと思うので、その構造に多少なりとも触れてから、チェックをしてみようと思う。

伝統的なリボン・マイクの
繊細な音質を継承


リボン・マイクはその発電構造から“ベロシティ型”とも呼ばれるのだが、その歴史は大変長く、国産の最初のモデルでも1937年製造というから、何と60年以上も前から実用化されているのだ。日本ではTOSHIBA、AIWA製が定番で、アメリカではRCAのものが有名だが、残念なことにこれらはだいぶ前に生産が完了している。現行機種としては、例えばBEYER DYNAMIC M-160を見かけるが、これとて今回のML-52のような伝統的なタイプではなく、ダイナミック・マイクと同等に扱えるモダンなタイプである。すなわち、このML-52のようなリボン・マイクは希少な存在となってしまっている。さて、このML-52の持つ“伝統的”な部分とはどういうところにポイントがあるのか。リボン・マイクでは、強力な磁界の中に1.5〜2.5ミクロンという極薄のアルミニウム製リボンを張り置いている。“張り置く”と言っても、このリボン部は幅3〜4mm、長さ3cmくらい。トタン板のような波形のひだが付いていて、両方の短辺で固定されているのだ。ダイナミック・マイクのようなコイルやコンデンサー・マイクのようなリード線は一切付いていない。このあらゆるマイクの中で最もデリケートな振動板は、振動系の質量としてはコンデンサー・マイクのダイアフラムよりも軽く、音の立ち上がりや減衰に対して極めて追従性が良い。アタック成分の多い音に対して極めて自然な音(人間の聴感に近い、という意味で)が収音できるのが特長だ。例としては、ナレーション、三味線などは、純粋な音波として見たときにアタック成分がものすごく多く、特に三味線はコンデンサー・マイクでもなかなか自然な音には聴こえないことが多いのだが、リボン・マイクを使うと実に良好な収音ができるのだ。また、構造上の特性としては、正確な8の字の双指向性を持っている。机をはさんで向かいあっている2人のナレーターの間、上から古めかしい大型のマイクがつり下げられているのを見たことがある人も多いのではないだろうか? あれはこのような双指向性マイクを使って、両方の声を均等に収録しているのだ。

量感のある低域と
双指向によるアンビエンス感が特徴


前置きが長くなったが、実際のチェックに入っていこう。見ての通りALTECの名作、“鉄仮面マイク”の639を思わせるルックス。21世紀にわざわざ古典的な構造のマイクを出すわけだから、このぐらいはやらなければ、というわけだろうか。ボディはアルミ製で、スリット部分は削り出しという手間をかけた造り。仕上げはロシア製らしい粗野な感じではあるが、かえってそれがいい味になっている。リボン部はメッシュのウィンド・スクリーンに包まれて円筒形の部分に収まっている。重量は大型のマグネットが採用されているので、NEUMANN U87と同じくらいだ。音質的には、前述した“リボン・マイクの特徴”をすべて受け継いでいる。……と言うと“ナレーション、三味線向け”と思う方がいるかもしれないが、そうでは無い。コンデンサー・マイクやダイナミック・マイクよりも低域が“オン”な感じで収音できる……初めて聴いた人はそう思うに違いない。高域は10kHz辺りからロール・オフしているようだが、これはこもっているわけでは無く、なめらかという感じだ(誌面でニュアンスが伝わるかな……?)。また、正確な双指向性ということは、音源との位置を調整するだけで直接音とアンビエンス成分とのバランスがうまく取れるわけだ。“多少離しても低域がオンに聴こえる”ということは、エレキギターのオーバーダビングに使えば……おっと、ノウハウのむやみな公開はやめておこう。吹かれによるリボンの伸びや破断にさえ気を付ければ、太いキックが収音できる。今回はテストできなかったが、ブラス・セクションには向いているようにも思えた。もし高域に不足を感じたら、他のマイクを併用すればいいだろう。くどいようだけど、リボン・マイクの振動板はコンデンサー・マイクよりもはるかにデリケートなので、取り扱いには十分に注意してほしい。リボン・マイクがほとんど生産されなくなったのは、リボンを張るのが難しく、それゆえコストが高いこともその一因だったので、それを考えればリボンを2枚張ってダイナミック・マイク以上の感度を実現している本機は、かなりコスト・パフォーマンスが高いと言える。1930年代のリボン・マイクが高額で取り引きされている昨今、振動板の経年劣化を考えれば、新品で手に入り、リボン・マイクでしか得られない独特の音色を持っている本機は、十分魅力的である。音が薄いとお悩みの方にはお薦めだ。老婆心ながら付け加えておけば、手作りの部分が多いはずなので個体差があるかもしれないことと、ホールディング金具の耐久性がやや心配かな?……その辺りにロシアを感じます。真空管やカメラと一緒ですね。
OKTAVA
ML-52
99,800円

SPECIFICATIONS

■指向性/双指向性
■周波数特性/40Hz〜16kHz
■感度/1mV/Pa
■最大入力音圧/120dB SPL以上(@1kHz)
■外形寸法/520(φ)×210(H)mm
■重量/500g