細部に至るまで名機NEVE 1272を再現した2chマイク・プリアンプ

VINTECH AUDIO1272 Mic Pre

毎月本誌で、目まぐるしいまでに最新デジタル機器を取り上げるようになって久しい。むしろそれがサンレコの歴史と言っても過言では無いだろう。しかし、その中でも毎号必ず幾つかは、クラスA回路や真空管回路を使ったアナログ名機の新製品が紹介されてきた。今回登場するVINTECH AUDIO 1272 Mic Preもそのひとつである。デジタルのみで音楽制作が行われることが常識になった現在、こうした古いタイプの回路を用いた機器を投入する意味はどこにあるのだろう。僕が日ごろから言い続けていることではあるが、今回もその辺りに留意しながらレポートしていきたいと思う。

ビンテージNEVEと同等の
ST.IVES製トランスを採用


DIGIDESIGN Pro Tools│HDが発表され、24Mixからの移行が始まって半年が経った。アップグレードにかかるコストから、移行スピードは日本だけでなく本国アメリカでもまだまだ緩やかだ。ビンテージ機器好きと認知されている僕がこんなことを書くと意外に思われるかもしれないが、実はPro Tools│HDの音には非常に魅力を感じている。これは多くの先輩エンジニアの方々が理想としてきたものに近く、故に速やかな移行を期待してやまない。しかし冒頭にも述べた通り、デジタル回路内のみで音楽を作る時代になったからこそ、最初の段階であるレコーディング時に使うアナログ機材の選択が、重要な意味を持っていることを忘れてはならない。周知の通り、マイクから入ってくる音声信号はアナログであり、デジタルに変換される直前まで信号はアナログ回路を通っている。音の印象はここで決まるので、その入口であるマイクプリを自分の個性と表現に合わせて選ぶことが重要である。予算や求める音色によって選択肢は何通りもあるだろうが、音の芯がしっかりしていることや豊かな倍音を生み出すことにかけては、クラスA回路や真空管回路にかなうものは無い。さて、今回の1272 Mic Preは、オールドNEVEの1272モジュールの再現を目指して作られた製品だ。オールドNEVEの代名詞としても知られるEQ付きモジュールのうち、マイクプリ部分を1272と呼ぶ。本機はVINTECH AUDIO代表であるダラス・アプトン氏の並々ならぬ研究によって、回路構成はむろんオリジナルと同様のトランス、スチロール・コンデンサーなど、パーツの1つ1つに至るまで再現、もしくは厳選され、新品ユニットとしてよみがえったとのことである。しかもビンテージ・クラスA回路が持つメインテナンスの難しさや熱による動作の不安定さから解放されているのだ。また、オールドNEVEを語る上で音色を決定する最大のポイントはトランスであり、オリジナルではST. IVES社製のトランスが用いられている。本機ではトランスに、このST. IVES社を吸収合併したCARNHILL社というイギリスのメーカーのものが採用されている。VINTECH AUDIO社は、CARNHILLの米国代理店となっているそうで、このことからもアプトン氏の本機への思い入れの程はうかがえる。

倍音のつながりがなめらかな音質
DI端子を装備し楽器入力にも対応


普段から1272モジュールが入った卓を使用する僕にとって、本機の音は慣れ親しんだ音のはずである。しかし本機から僕が受けた印象は、想像とは違うものとなった。ここで強調しておきたいのだが、音の印象がオリジナルと全く同じとは言えないからといって、決して本機を否定するものではない。本機の音が、クラスA回路らしいオール・ディスクリートならではの良い音であることは間違いない。VINTECH AUDIOが目指したところは“新品の1272を作ること”と聞くが、僕の言葉で置き換えるならあくまで“現代の1272を作ること”であり、その結果ビンテージ特有の動作不良や価格の高騰に悩まされずに済むという利点は大きい。まずオリジナル1272の音色とはどういったものだろう。これを文章で説明するのは難しいが、僕なりに表現するなら、まず音像が大きい。そして音の芯の周りにある倍音がザラザラと毛羽立った手触りを持っている。これを“乾いた音質”と言い替えてもいい。本機はこれに比べると倍音のつながりにオリジナルとは違うなめらかさを持っている。オリジナルとはまた違った、つややかさを持った音色を持つマイクプリだと言えよう。2chでそろったコンディションのものが手に入るという点も素晴らしいし、オリジナルには無いDI機能が搭載されていることも見逃せない。僕の印象ではオリジナルと違うとはいっても、本機の目指すところは隅々まで理解できるし、その音色に個性がはっきり出ている素晴らしい機種であることには違いない。本機をどうとらえるかは、あなた方の望むサウンド次第ではないだろうか。ビンテージNEVEそのものにこだわるのではなく、本機ならではの“いい音”を自分の個性の中に取り込んでいく姿勢で向き合ってください。
VINTECH AUDIO
1272 Mic Pre
オープン・プライス

SPECIFICATIONS

■インプット・レベル/−50〜−20dB(ステップ方式)
■外形寸法/486(W)×88(H)×256(D)mm
■重量/6.4kg