VCA/オプティカルの2回路で動作可能なステレオ・コンプレッサー

ORAMSonicomp 1

ORAM社は、ここ数年世界中のスタジオから大変注目を浴びている音響機器メーカーで、どの専門誌を見てもその製品の評判は高い。社のトップであるジョン・オーラム氏の経歴は本誌先月号のレビューで紹介された通り、現代の音楽にテクニシャンという立場から大変貢献をし、また大いに影響を与えた人物である。彼が生み出す製品は、単なる“機械”ではなく、あくまで音楽を大切にした上で、それを使う人間の持つ個性を生き生きと表現する“楽器”と言える。そして今回、氏が世に送り出すことになった新しい“楽器”は、コンプレッサー、Sonicomp 1だ。それでは早速チェックしていくことにしよう。

ソースに含まれる豊かな倍音が
本機を通すだけで引き出される


まず本機のゲイン・リダクションを作動させず、単純にステレオ・ミックスを通して聴いてみた。ORAMの製品を形容する場合、“温かいサウンド”と表現されることが多いが、これは倍音を豊かに含んだ音質ととらえてもらいたい。柔らかで丸い感じの音質ではなく、高域はナチュラルにフラット、明るく素直なサウンドである。通常“太い音”と表現する場合、二次倍音/三次倍音を低域に多く含んでいるものだが、本機にもそれが強く感じられる。つまりこれは、通しただけで元々の音に倍音を与え、豊かな音に変化させているということだ。いや、むしろ音の中に潜んでいた豊かさを表に引っ張り出したと言った方が正しいように思われる。ではいよいよゲイン・リダクションを作動させてみようと思うが、その前に本機独自の興味深い機能を紹介したい。これは本機が1Uサイズということから考えるとすごいことなのだが、この小さなボディの中に、UREI 1176タイプのVCA回路と、オプティカル回路の2種類を持っている。ステレオ仕様ではあるが各チャンネル独立の使用が可能なので、片チャンネルずつ別々の回路を通した音作りができるのだ。

コンプレッション時の音の自然さは
本機以外で聴いたことがない


僕は新製品のコンプレッサーをチェックする際に、必ず自分の所有するFAIRCHILD 670、GATES SA-39BあるいはUREI 1176(ブラック・フェイス)といったビンテージ・コンプレッサーとの比較をする。大概のコンプレッサーは強くかけていくと音が鈍っていく……悪い意味でくすんでいくのだが、こういった機種にはそれが無い。音色に個性を強く付けながら音自体は前にドンドン押し出されてくる。僕はコンプレッサーにこういったものを求めているのだ。ではそういった観点でSonicomp 1の音を聴いてみよう。まず率直な感想。VCA回路では、残念ながらそれほど強くコンプレッションしていなくてもサウンドが引っ込んでいくゲイン・リダクションをした。ピークは早く抑えている印象を持ったが、高域がロール・オフされる傾向も多少感じられる。しかし、本機の本領はオプティカル回路で聴くことができる。ピークが何とも自然にうまく抑えられ、決して単調な表現になることなくレベルが均一になっていくのだ。例えばボーカルに使用しても、変にバッキング・トラックから浮くこともなく、むしろ明るさと太さを伴う存在感が付加された。個性的なサウンドかどうかと言えば、さほどの色付けは感じないのだが、逆に言えばこれほどナチュラルなサウンドのままコンプレッション効果が得られる機種はあまり無いので、これは逸材と言える。とにかく、いい音なのである。正直言ってこの音のニュアンスの出方は、僕は本機以外で聴いたことがない。オーバー・ゲインし過ぎない限り、歪むことは決して無いのだが、レシオとスレッショルドを詰めていけば、ジャキッとしたエッジも出てくる。僕がミックスで本機を使用するなら、間違いなくメインになるパートに使うだろう。例えばボーカルやソロ楽器といったところだろうか。ニュアンスを殺さずナチュラルなまま前に押し出してくれるという意味では、今のところ敵無しだ。ボーカル以外であれば、ステレオ・ミックスに使うことを推奨する。丁寧にうまくピークを逃がしてくれる本機は、適切なスレッショルドを見つけ出すことができれば、ビッグ・サウンドを生み出すにふさわしいゲイン・リダクション効果が得られ、アタックやリリースの調整で音楽の持つエネルギーを素早く引き出してくれるからだ。使い勝手も基本的にはいい方だと思う。つまみのノッチ具合は軽く、心地いいことはいい。しかし目盛りがシビアに切られていないので、各チャンネルの設定を全く同じにすることは難しい。ステレオでの使用ならサイド・チェインを利用すれば問題が無いとの考えからだろうが、それを使わずステレオ・コンプレッションしたいケースも想定できるので、多少気になるところではある。ただ、レベル・メーターは、見た目は単純ながら反応が非常に良いので、頼りになる。これなら安心して使えるだろう。何度も繰り返しになるが、いい音だ。それは、決してレンジが広いとかといった意味ではない。そこに作り手の説得力があるかどうかの問題だ。ミュージシャンや僕たちエンジニアは、その個性や主張を音楽にぶつけていく。ハードウェアにそれを受け止めてくれる懐の深さがあれば、自分たちの意図は非常に分かりやすくスタジオから発信されていくだろう。ORAMから出てくる製品にはそれがある。まだまだ良い作り手が居たものだ。あとは、くれぐれもORAMをバーチャルにしたプラグイン・ソフトウェアが出ないことを祈るだけである。

▲サイド・チェイン端子、XLR/フォーンの入出力端子を2組備えたリア・パネル

ORAM
Sonicomp 1
オープン・プライス

SPECIFICATIONS

■周波数特性/18Hz〜73kHz(20Hz〜20kHz、偏差1.0dB、−3dB@45kHz)
■全高調波歪率/0.005%(20Hz〜20kHz)
■入力インピーダンス/10kΩ(バランス)
■出力インピーダンス/100Ω(バランス)
■外形寸法/480(W)×188(D)×44(H)mm
■重量/3.3kg