A.S.P.+を採用したエフェクトが魅力のミキサー一体型8トラックHDR

FOSTEXVF80

元来、宅録用のMTRと言えばカセット・テープをメディアとした“4トラック・カセットMTR”が主流で、その使用目的は、現在のようなマスター音源まで制作可能なミキサー一体型HDRとは非常に異なっていた。当時は、音質や再生時のピッチの問題もあり、バンドのメンバーに新曲等を伝えるためのデモ・テープを作る程度の物でしかなかった。

しかしながら、4トラック・カセットMTRの魅力はいろいろあって、例えば録音するにあたっての“フットワークの軽さ”があった。メディアとしてカセット・テープを使うことによって気軽にいつでもステレオのカセット・デッキを扱うような感覚で録音/再生ができるのだ。

最近主流であるミキサー一体型のHDRは、ただ電源を入れただけでは録音をすることができず、録音を開始するためには、本体ミキサーのルーティングやサンプリング・レートの設定等、ある程度のセットアップが必要だ。こういう事例からもいまだに“4トラック・カセットMTR(8トラックの物もある)”を使用しているミュージシャンも多いはずだ。

今回紹介するFOSTEX VF80は、“4トラックMTR”ライクな操作性でありながら、生楽器を録音するときに便利なマイク/ギター・アンプ・シミュレーターや、出来上がった2ミックス素材にファイナル・エフェクトをかけることも可能なマスタリング・モード、さらにオプションのCD-R/RWを内蔵すれば完成された2ミックスをオーディオCDとして完成させることも可能で、非常に多くの機能を備えたミキサー一体型MTRだ。

ビギナーも安心の操作性に加え
48Vファンタム電源の供給も可能


非常に扱いやすく設計されているVF80の基本性能は、2トラック同時録音、8トラック同時再生が可能でアディショナル(仮想)トラックは16トラック装備されており、自由にリアル・トラックと入れ替えることが可能。ボタンやフェーダー類の設置デザインも非常にシンプルで、6トラック分のフェーダーとステレオ・ペアリングされたトラック7/8のフェーダーとマスター・フェーダー、トラック・セレクト・ボタン、トラック・エディットやミックス・パラメーターを操作するさまざまなモード・ボタンがパネル上に分かりやすく分配配置されている。また、それぞれの設定をするためのカーソル・ボタンやENTER/EXITボタン、ジョグ・ダイアルが1カ所に集められているので、作業を行っていく際にパッと見で大体の操作が予想できる分かりやすいデザインだ。使いやすさもさることながら、分かりやすさも追求されているVF80は、良い意味で入出力端子類も必要最低限のものに抑えられている。2系統のアナログ入力端子(XLRバランス/TRSフォーン)はこのクラスでは珍しく48Vファンタム電源が供給可能になっており、コンデンサー・マイク等を使ったハイクオリティな録音が可能だ。ファンタム電源のON/OFFは2系統共有で、背面の電源スイッチの横にあるミニ・スイッチで行う。出力端子はフォーン(アンバランス)のみで、特にモニター・アウトやAUXの出力は装備していないが、ワイアリング時に“どこをつなげばいいの?”という混乱も起こらないし、ビギナーは特に安心して使えるのではないだろうか。このほかにDATやMD等デジタルでのトランスファー用にS/P DIF(RCAピン)や、MMC/MTC同期のためのMIDI IN/OUT、ヘッドフォン出力端子も装備されている。

サンプリング・レートは44.1kHz固定で
面倒な設定の手間を省いた簡単録音


録音をするための実際の操作は本当に簡単だった。まず、電源投入後SHIFTボタンを押しながらST OUTジャック下にあるPGMボタンを押すと、現在VF80に入っているプログラム(曲)が表示される。すると必ずプログラムの最終段に[NEW PROGRAM]という項目があって、それをカーソル・ボタンかジョグ・ダイアルで選択しカーソル・ボタン横のENTERボタンを押すだけで新しいプログラムを作ることができる。サンプリング・レートは44.1kHz固定なのでいろいろな設定をする必要が無いのだ。ここでの設定はせいぜい曲のタイトルを入れる程度だ。2つの入力端子は固定ルーティングで、信号の流れは予想通りINPUT Aが奇数チャンネル(1、3、5、7)のインプット、INPUT Bが偶数チャンネル(2、4、6、8)のインプットとなる。このため、例えばトラック3のTRACK STATUS/SELECTボタンを押しREC READYにするとトラック3のボタンが赤く点灯するのと同時にINPUT AのCH ON/OFFボタンが点灯するので自分が今どちらのインプット・チャンネルで録ればいいのかが一目で分かる。トリム・ツマミで録音レベルを合わせ、フェーダーでモニター・レベルを調整してRECを押しながらPLAYを押すだけで録音が行える。再生するときはTRACK STATUS/SELECTボタンを2回押して緑色に点灯させればよい。この辺はまさにカセットMTR並みのイージーさだ。

独自のA.S.P.+エンジンを搭載した
マイク/ギター・アンプ・シミュレーション


EQやパンなどミックスに関するオペレーションも非常にイージーで、フット・スイッチのジャック下にあるMIX PARAMETERというセクションに5つのボタンが固まっている。10段階で可変するPAN、シェルビングかピーク・フィルターを切り替え可能で36種類のライブラリーを備えた2バンドEQ、このクラスでは群を抜く1系統の内蔵EFFECT、それらの設定を記憶するSCENE、SCENE SEQの5つだ。それぞれの操作はやはり非常に簡単で直感的に行える。例えばEQのエディットをしたいときはEQのボタンを押してエディットしたいトラックのSELECTボタンを押し、カーソル・ボタンとジョグ・ダイアルで設定する。シーン・メモリーは100個までストアすることができ、またSCENE SEQは、その設定をプログラム走行時にタイム・コード上の任意の場所でリコールすることができる。楽曲中、Aメロやサビ、ギター・ソロなどで細かくレベル差を設定したいときなどに非常に便利だ。エフェクトの話に戻るが、FOSTEXは先ごろから“A.S.P.”(Advanced Signal Processing)なる独自に開発したプロセッシング・テクノロジーを用いて非常に滑らかな残響シミュレーションを既に実現している。VF80の“A.S.P.+”の残響シミュレーションは、このテクノロジーを継承しており、リバーブをはじめ、ディレイなどの空間系エフェクトは非常に心地良い響きの印象を受ける。内蔵エフェクトのプログラムはこのほかに、コーラス、フランジャー、ピッチ・チェンジ等一通りのマルチエフェクトを備えている。そして今回の目玉とも言えるエフェクト・プログラムがマイク/ギター・アンプ・シミュレーターだ。最近では、宅録においても必需品となってきているギター・アンプ・シミュレーターだが、VF80はこのコストながらギター・アンプ・シミュレーターを搭載している(画面①)。モデリングされているアンプは5種類で、スタンダードなMARSHALL真空管3段積み系のBritish 800、SOLDANO SLO-100系のハイゲインな音色のTremo Recti、その音色をさらに鋭角的にしたMetal Panel Recti、ブリティッシュ・サウンドとして押さえられているVOX AC-30をモデリングしているBritish Class A30、そしてベース用には恐らくHIWATTかAMPEGのモデリングのFAT BASS。FENDER Twin Reverb等のクリーン・トーンのアンプのモデリングが無いのが少々残念な気もするが、それでもこのクラスでは十分なモデリングと言えるだろう。個人的にはBritish 800のモデリングが歪みの音色も自然で一番扱いやすかった。
▲画面① VF80のモニター・インサート・エフェクト。画面はギター・アンプ・シミュレーションでBritish 800を選択している。後付けで音色の調整やシミュレーションの差し替えをした後に、REC EFFモードにより最終的にエフェクト処理済みのトラックとして完成 各プログラムにはディレイも装備されているのも便利だ。この機能によりギターとVF80のみという必要最低限の機材での録音ができるわけだ。同じようにVF80にはマイク・シミュレーターもエフェクト・プログラムに装備されている。マイク・シミュレーターとは例えば廉価なダイナミック・マイクで拾った信号を高価なコンデンサー・マイクで録った感じにしてくれるとてもありがたい機能だ。シミュレートされているマイクは非常に多くAKGのC414やNEUMANN U87、47シリーズ、SENNHEISER MD421までもリアルにシミュレートされている。ボーカル録りやアコースティック・ギター等の生楽器の録音にはきっと威力を発揮するはずだ。また、マイク/ギター・アンプ・シミュレーターをエフェクト・プログラムから選択した場合、自動的にインサート・エフェクトに切り替わるので、チャンネルのプリ/ポストの切り替えをいちいち設定する必要が無いのも非常に扱いやすい。

CD-R/RWを内蔵することによって
1台でマスタリング〜CD作成が可能


カセットMTR時代から今も受け継がれている悩みの種と言えばトラックが足りなくなったときに頻繁に使われる“ピンポン”録音だ。どう考えても入れ込みたいトラックが8トラック以上あるときに、一度2ミックス(2トラック)に素材をまとめるという作業だ。通常、ミキサー内蔵型HDRでは、まずピンポンしたいトラックを録音先のトラックにルーティング・マップ等で指定して行うが、VF80はこのピンポンを非常に簡単に行うことができる。これも録音トラックが固定ではあるが、トラック1〜6までのパン、EQ、レベル、内蔵エフェクトまでもがトラック7/8に録音される。操作は簡単で、PANボタン下にあるBOUNCEというボタンを押すとBOUNCEボタンが赤く点灯、するとトラック7/8のボタンが赤く点滅する。あとはRECを押しながらPLAYを押すだけだ。ピンポンされた内容が良ければ、またトラック1、2などに移動(Exchange)して録音を繰り返せばよい。またエフェクトも込みでバウンスできるので、エフェクトの節約にもなる。最終的な2ミックスをここでバウンスした場合、インターナル・マスタリング・モード(画面②)でEQやコンプ等のファイナル・エフェクト処理をすることができ、オプションのCD-R/RWドライブを内蔵すればオリジナルCDの作成もできるのだ。
▲画面② インターナル・マスタリング・モードでは、Live Mix/Pop Mix/Hardなど10種類のライブラリーからマスタリング・エフェクトを選択できる。3バンドEQ/アンビエンス/コンプのエディットをプラスしてもう1歩踏み込んだ仕上がりにすることも可能 もう1つの便利な2ミックス限定機能としてギター等の練習用にトレーニング・モードというのがある。これはどういうものかというと、トラック7/8 に録音された2ミックス素材を、キーは変えずに再生スピードを遅くして再生することによってフレーズを分かりやすくしたり、センター定位のボーカルやギター・ソロなどを消すことも可能なのでハイレベルなフレーズ・トレーニングが行える。シンプルでありながらこの1台で何役もこなすVF80はギタリスト等のビギナー・ミュージシャンや、HDR等の“ハイテク”を敬遠しているミュージシャンたちに特にお薦めだ。
FOSTEX
VF80
39,800円(ハード・ディスク別売)
オープン・プライス(20GB/40GBハード・ディスク搭載モデル)

SPECIFICATIONS

■トラック数/8+16アディショナル・トラック
■同時録音トラック数/2
■同時再生トラック数/8
■AD/20ビット、64倍オーバー・サンプリング
■DA/24ビット、128倍オーバー・サンプリング
■サンプリング周波数/44.1kHz
■記録/再生周波数/20Hz〜20kHz
■記録時間/約128時間@40GB(モノトラック換算)
■接続端子/アナログ・イン(XLRバランス×2、TRSアンバランス×2)、ステレオ・アウト(アンバランス・フォーン×2)、S/P DIFイン/アウト(コアキシャル)、MIDI IN/OUT、ヘッドフォン・アウト(ステレオ・フォーン)、フット・スイッチ(フォーン)
■外形寸法/307(W)×108(H)×217(D)mm
■重量/約3.2kg
※オプション:内蔵用CD-R/RWドライブCD-1A(オープン・プライス)、ソフトケースSC-V8(2,500円)