
昨年のInter BEE 2001で初めて一般に公開され、非常に反響が大きかったデジタル・コンソール、DM2000。96ch/計24バス構成で、内蔵エフェクトやEQのクオリティはもとより、コンピューターとの連携やサラウンド・ミックスも視野に入れた製品である。発売は2月ごろに予定されているが、ひと足先にファイナル・ベータ・バージョンに近い実機に触れる機会があった。早速そのレポートをお伝えしよう。
圧倒的な入出力数と
デジタル・パッチ機能
現在では数多くのデジタル・コンソールが市場に出回っているが、その中でも本製品がズバ抜けている特徴を挙げていこう。まず入出力数から。本機の標準状態のアナログ・インプット数は24chだが、後述のMini-YGDAIスロット6基にオプションの8ch I/Oカードをフル装着して48chをプラスすると、トータル・インプット数は72ch、そしてトータル・アウトプット数は58chにも及ぶ。また、拡張用には16ch I/Oカードの発売もアナウンスされているので、それらをフル装備すれば合計120chものインプットを実現することができるだろう(ミックスは96chまで)。いずれにせよ、他の同価格帯デジタル・コンソールと比較すると圧倒的な入出力数である。さらにより大規模なシステム構築ができるように、専用のカスケードI/Oがあらかじめ本体にビルトインされており、同社の02Rのように拡張スロットを使わずに2台のカスケード接続が可能。つまりDM2000を2台カスケード接続した際には、クラス最高の192chというシステムが構築できるのだ。通常の使用ならば本機1台でも十分な気がするが、一体192chのシステムというのはどんなモノなのだろうか? 筆者自身、とても想像が付かない世界である。すごいのは入出力の数だけではない。内部にあるデジタル・パッチ・ベイ・システムを利用して、入出力の回線を自在にルーティングすることができるのである(画面①)。しかも、そのルーティング・パッチ情報は内部のパッチ・ライブラリーに保存することが可能なので、プロジェクトごとの一発切り替えも楽勝だ。例えば、楽器をすべてDM2000へダイレクトにインプットしておいて、曲ごとにセッティングを変えていく、といったことも簡単にできるため、打ち込みベースのアレンジャーは特に重宝するだろう。従来のミキサーだと、いちいちアナログのパッチ・ベイで回線の接続切り替えを行うパターンが多かったと思うが、このシステムならコンソールの内部でパッチングを行うことになるので、パッチ・ベイの接点不良による回線トラブルおよびアナログ・パッチ・ベイを経由することで発生する信号ロスの回避にもつながるし、接続関連のトラブルが発生した際の原因特定もスムーズに行える。

多彩なバリエーションを誇る
拡張カードのラインナップ
さすがにこのクラスのコンソールとなれば、必然的に装備されるのがタッチセンス付きのモーター・フェーダーだ。本機では24ch分のモーター・フェーダーが4レイヤーされて、96chのミックスが可能となっている。ちなみに02Rや03D等に代表される同社のデジタル・コンソールもモーター・フェーダーを採用しているが、少々その動作音が気になったりした(価格面を考えれば致し方無いとは思うが……)。だが、本機のモーター・フェーダーはそれらと比べるとかなり静かになったと思う(それでもうるさいと言われる方は、値段のケタが違うコンソールへどうぞ)。またタッチセンス付きということで、ミックス・オートメーション時のフェーダー情報のオーバーライトやチャンネル・セレクトも可能になっている。これにより、効率の良いミックス作業が可能になるであろう。また、何かと気になる拡張スロット周りも見ておこう。現在のところ拡張I/Oカードは、現行のMini-YGDAIカードのすべてが使用可能である。今回のDM2000発表時に合わせて96kHzサンプリング対応のカードも登場しているが、詳しいラインナップについては表①を参考にしてほしい。ちなみに、02R等で使用されているフル・サイズのYGDAIカードは、残念ながら本機では使用できない。


ナチュラルなAD/DAと
ミックスしやすいサウンド傾向
さて、そろそろDM2000のより深い部分へと目を向けて行くことにしよう。カタログやパンフレットでも本機イチオシの仕様として、AD/DAは24ビット/96kHzに対応というトピックがある。しかし“今さら24/96なんて当たり前だよ”、と高をくくる前にちょっと考えてみてほしい。他社製のデジタル・コンソールでは24/96で使用する際に、さまざまな制約事項が生じるケースが多いことと思う。例えば“トータル・インプットは48chですが、96kHz時には24ch仕様になります”等の注意書きが、取扱説明書の片隅に書かれているのを見た経験は無いだろうか? ところが本機では、16ビット/44.1kHz使用時でも24ビット/96kHz使用時でも、扱えるチャンネル数やバスの総数などの基本スペックは何ら変わることがないのである。どんな作業環境においても、基本スペックが変わらないという点は素晴らしい。もしあなたが使用状況によってさまざまな制約を受けるタイプのデジタル・コンソールを使用しているならば、なおさらよく考えてほしい。24/96で作業するために、いろいろな外部機器とのリコネクトを考えるだけでブルーになることだろう。それがDM2000であれば何も考えずに、普段通りに作業を行うことができるのである。この精神的な余裕は、クリエイティブな作業をする人々にとって福音となるはずだ。少し横道にそれてしまったので、本筋に話を戻そう。スペック・ダウンすることなく24ビット/96kHzで作業ができる本機のすごさは、入出力数やバス数だけでは語れないのである。そもそもミキシング・コンソールはイコライジングやダイナミクス・コントロールも行えるものであるが(一部ローエンド向け製品を除く)、いくらスペックが良くても、サウンド・メイキングの要となるEQやダイナミクス・セクションがショボくては何もならない。しかしDM2000はすべてのチャンネルに、2種類のキャラクター切り替え可能な4バンドのフル・パラメトリックEQとコンプレッサー系ダイナミクス、ゲート系ダイナミクス、フィードバック可能なディレイ、チャンネル・インサート、フェイズ切り替え、ステレオ&サラウンド・パンニングがもれなく付いてくるのである。しかも、それらを24ビット/96kHzという環境で扱えるのだ。では実際の音に関して、主観的であるがレポートしてみたい。AD/DAに関しては非常に素直なサウンドという印象を受けた。単品AD/DAコンバーターにはキャラクターが強い製品もあるのだが、DM2000に関して言えば“透明”かつ“ヌケが良い”というイメージに近いと思う。回路設計からパーツ選択まで徹底的に吟味されたという、高品位なヘッド・アンプの搭載に基づくところもあるのだろう。内部処理に関しては、STEINBERG Nuendoの24ビット/96kHz素材をコンバートしてミックスしてみた限り、EQはキレが良く、ダイナミクスもコントロールしやすいと思った。YAMAHAの開発の方によると、“EQ等の基本OSのアルゴリズムは02Rのものとあまり変わらない”という話であったが、実際の音は02Rとはひと味違うサウンド傾向になっている。96kHzサンプリングというアドバンテージがこの部分でも表れているのだろう。
専用ジョイ・スティックを標準装備し
柔軟なサラウンド・ミックスが可能
さらに本機の目玉とも言える、サラウンド・ミックスにも触れていこう。DM2000ではサラウンドによる作品制作を行うためのさまざまなツール&ファンクションが用意されている。一口にサラウンド対応と言っても、サラウンド・パンニングと5.1ch出力ができるだけで“ハイ、終わり”というような製品ではなく、もっと深く踏み込んだサラウンド・ミックスをするために、必要な機能を数多く持ち合わせているのだ。その中でもモニター・アライメントとしてスピーカー・コントロール機能(画面③)と、ベース・マネージメント機能(画面④)を備えているのが特徴である。


システム管理に便利な
専用ソフトStudio Manager
また、DM2000は、TO HOST(USB/シリアル)端子経由でコンピューターとのやりとりが可能で、その際使用する専用アプリケーション・ソフトウェア、Studio Managerが標準で同梱されている(Macintosh/Windows対応)。これが意外と侮れないモノなのだ。まず何ができるのかと言うと、DM2000の動作状態をリアルタイムにコンピューターのディスプレイで確認することが可能(画面⑤⑥)。しかも、DM2000本体の液晶ディスプレイでは表示されない、または省略されている画面が非常に事細かに表示されるのだ! さらにマウス操作によって、フェーダーをはじめとする本体の各ファンクションをコンピューター側からコントロールすることも可能である(しかもダイレクトかつリアルタイムで!)。本体の液晶ディスプレイで複雑な設定をするのが面倒な方には、特にお薦めできるソフトウェアだ。もちろんDM2000の液晶ディスプレイだけでも本体の操作は十分可能だが、一度Studio Managerと組み合わせて使ってみれば、きっとその便利さに気付くであろう。


リモート端子の装備により
MA業務までもサポート
ところで、どちらかというとDM2000はレコーディング向けというイメージを持っている方が多いと思うが、さまざまなインターフェースをサポートしているが故に、多様な音響制作業務に対応できるようにもなっている。例えば、P2プロトコル・インターフェース(D-sub9ピン)の装備により、対応VTR等を本体から直接制御できるなど(画面⑦)MA等の業務にも使えるというわけだ。

Pro Tools&Nuendo標準対応の
DAWコントール機能
そのほか、DM2000はDAWのフィジカル・コントローラーとしても活用することができ、現在DIGIDESIGN Pro ToolsとNuendoへの標準対応がアナウンスされている(画面⑧)。02RでもMIDI経由でPro Toolsのリモート・フェーダー・コントロールやトランスポート・コントロールが可能であったが、今回はパネル右部にDAWコントロール専用セクションを設け、そこのボタン類でさらに突っ込んだ操作ができるようになっている。さすがにDIGIDESIGN Pro Controlのような細かいオペレーションまではできないが(というかそこまでしてしまったらPro Controlの立場がかなりヤバイことになってしまう)、ワンマン・オペレーションで作業しなければならない場合は、非常に便利である。

レコーディングからPAまで
音響制作業務を広くカバー
今回かなり速いペースでDM2000を見てきたが、さすが長年にわたりデジタル・コンソールを手掛けてきたYAMAHAが満を持して発表した製品だと言える。本体の大きさに対してこれでもかと言わんばかりの入出力端子を装備しつつ、現存するさまざまな機器との接続も視野に入れた拡張スロットを考えると、あらゆる音響制作業務に対応可能なDM2000の懐の深さを感じずにはいられない。レコーディング・スタジオ、MA&ポストプロダクションから、モバイル・レコーディング、中小規模PA等での使用も考えられるだろう。特にモバイル・レコーディングに関して言えば、TASCAM DA-88やALESIS ADAT等と組み合わせてDM2000を使用することで、コストを抑えつつセッティングやワイアリングをシンプルにセットアップでき、高品位なレコーディングを可能にしてくれる。また5.1chサラウンド対応というだけでなく、本体から外部映像機器をリモート・コントロールできるので、中小規模のMAスタジオには最適なコンソールになると思われる。そして多数のバスを駆使してライブPAのコンソール……と、使うユーザーのレベルやスキルに応じて確かな手ごたえを感じさせてくれるはずだ。この価格帯のデジタル・コンソールを“高いか? 安いか?”という点に関しては、一概には言い切れないところがある。しかし過去にこれほどのコンソールがあっただろうか? 個人レベルでは限られたユーザーしか導入することができないのは事実だが、レコーディング・スタジオやMAスタジオ等からすれば非常にお手ごろ価格な製品に映るはずだ。DM2000が与えてくれるこれらのパフォーマンスにより、作品および多彩な業務において、より良い結果が期待できそうな気がするのは僕だけではないだろう。

▲リア部。24chのマイク/ライン・インプット(XLR/TRSフォーン)をはじめとする各種アナログI/O、AES/EBUとS/P DIFのデジタルI/O、そのほかMIDI IN/OUT/THRUやワード・クロックI/O、さらにはシリアルやUSBなどの多彩な種類の端子を用意。右下には6基の拡張スロット・スペースも用意されている(写真ではオプションのMY8-AE96、MY8-AE96S、MY8-AD96、MY8-DA96をインストール済み)
SPECIFICATIONS
■内部処理/32ビット/58ビット(アキュムレーター)
■サンプリング周波数/内部:44.1kHz/48kHz/88.2kHz/96kHz、外部:44.1kHz(−10%)〜48kHz(+6%)/88.2kHz(−10%)〜96kHz(+6%)
■フェーダー/100mm×25本(タッチセンス付きモーター・ドライブ)
■フェーダー・レゾリューション/0〜−96〜−∞dB(マスター・フェーダー)、+10〜−72〜−∞dB(アザー・フェーダー)、0〜−96〜−∞dB(ステレオ・フェーダー)
■全高調波歪率/≦0.05%(20Hz〜20kHz@+14dB、600Ω)、0.01%(1kHz@+18dB、600Ω)
■周波数特性/20Hz〜20kHz@+4dB(48kHz時)、20Hz〜40kHz@+4dB(96kHz時)
■ダイナミック・レンジ/110dB(DA)、108dB(AD+DA)
■クロストーク@1kHz/80dB(ch1〜ch24、インプット〜アウトプット)
■外形寸法/257(H)×821(D)×906(W)mm(本体のみ)
■重量/43kg(本体のみ)