感覚的に操作可能なマイクプリ、コンプ、EQを1つにしたPlatinumレンジの新モデル

FOCUSRITETrakMaster

チェックするに当たり、まず驚いたのはこの価格だ。と言うのも振り返ること15年前、かなり意を決して購入した機材がある。それは2チャンネルのEQを持ったヘッド・アンプFOCUSRITE ISA115HDだった。"オールドNEVEに匹敵、もしくはそれ以上のクオリティ"と言われたその音質も去ることながら、印象的だったのはその価格で、確か100万円は超えていた気がする。つまり当時としては、まだ定着していなかったFOCUSRITE製品を購入するということは、かなりの意を決することだった......。

スピード感があり
明るい音色のプリアンプ


今回チェックするTrakMasterは、既に5機種がラインナップされている同社のPlatinumレンジの最新モデルで、プリアンプ、オプティカル・コンプレッサー、3バンドEQを装備したモノラル仕様のチャンネル・ストリップ機である。クラスAディスクリート回路を採用したプリアンプで定評ある"FOCUSRITEサウンド"を実現しつつも、求めやすい価格で提供されておりコンシューマー寄りなモデルと言える。


ところで、筆者のレコーディング・セッションを考え直したとき、確かにSSLやNEVEのメイン・コンソールが単なるモニター・コンソールにしか使われていなかったりする事実に正直困惑させられる。DIGIDESIGN Pro Toolsや、DAWなどの場合は、モニター・ミックスの環境が伴っているため"必要なのはブースとマイクとマイク・プリアンプだけかな"となってしまうことが多いのだ。自宅録音環境ではなおさらで、DAWで作業するのであれば、わざわざコンソールを買わなくても問題無い場合が多いのではないだろうか。反対に、これは"いかに生音を大事に録音するか"が仕上がりに大きな差を付ける要因になるということであろう。


では、実際に操作してみての感想だが、以前レビューしたこともあるVoiceMasterと同じく操作性が高い製品に仕上がっていた。フロント・パネルではプロセッシングが進む順番に、各セクションが左から右にレイアウトされ、信号の流れを把握しやすく"見たままに手が動く"感じだ。また、フロント・パネルにはXLR、Hi-Z端子が装備されており、リア・パネルに手を回すことなくマイクや楽器を直接接続できるのも便利だ。それではマイクプリから順に、チェックしていってみよう。


感覚的に操作可能なコンプ
チューブ・シミュレーターも搭載


まず、エレキベースを試してみての印象だが、サウンドは明るく、スピード感のある感じだ。若干ハイ上がりになってしまうが、これはEQで微調整すれば問題無いだろう。ニュアンスとしては、"ブンブン"というよりは、"ブリブリ"という感じだろうか? エレキギターもやはりジャズ系の柔らかいサウンドというよりロック、ポップス系のシャキッとした音という印象だ。S/Nが非常に良く、ローエンド、ハイエンドとも伸びており、立ち上がりがハッキリしたクリアなサウンドである。さらにマイク入力を試してみたところ、ナチュラルというよりは、やはりパンチの効いた明るい音という印象だった。こちらもヘッド・マージンに特に問題は無く、嫌な歪みやS/Nの悪さは感じられなかった。


次にコンプレッサー・セクションであるが、筆者的には非常に好印象だった。変化が分かりやすく、特に難しいことを考えなくても耳で確認しながら感覚的にコントロールでき、オーバー・コンプからナチュラルなコンプまで簡単に設定が可能であった。アタックは速い/遅い、レシオは1:3もしくは1:6の設定だけだが、使いやすさという点では利点に感じた。また、コンプはEQセクションとプリ/ポストの切り替えが可能で、容易に幅広くサウンドを作り込むことができる。さらにコンプ・セクションで目を引いたのはTUBE SOUNDという怪しいつまみだ。これはチューブ・サウンドやアナログのテープ・サチュレーションをシミュレートする機能で、音質をクールからウォームへと変更できるようになっている。試してみたところベースなどの低音には非常に効果的だった。


3バンド仕様のEQセクションは、コンプと同様にコントロールが分かりやすく、またBASSとTREBLEでは楽器用とボーカル用に設定を切り替え可能になっている。BASSはゲインが−14〜+12dBで、楽器用に25〜400Hzでシェルビング、ボーカル用に50〜800Hzでバンドパス仕様となっている。周波数1.5kHzのPRESENCEを挟み、TREBLEはゲインが−14〜+14dBで、周波数を楽器用に3.3kHz、ボーカル用には10kHzを切り替えて使用することができる。サウンドの方だが、繊細と言うよりは、分かりやすく元気な感じだ。細かいイコライジングはできないが、"必要にして十分な"パフォーマンスを感じた。設計的にはボーカルと楽器に分かれているが、あまり考えずに聴いた感じで使えると思う。特にカットはザックリと効果を感じられるので、楽器やシンセの音を作るのは楽しそうだ。


さて、最後にオプションのデジタル出力ボードについて触れておこう。このオプション・ボードは、96kHz、24ビット、128倍オーバー・サンプリングにまで対応したADコンバート機能を装備できるというもの。今回は試せなかったのだが、非常に便利な機能であるということは経験上で察するところだ。出力にS/P DIFを装備し、もう1台TrakMasterがあれば、ステレオでの使用が可能だ。もちろん空いているチャンネルを単純にADとして使用することもできる。残念なのは2台のTrakMasterを使う場合、コンプレッション・リンクができれば、ステレオ・コンプも可能なのだが本機は対応していないところだ。


やはり本機の魅力はDI、プリアンプ、コンプ、EQ、ADコンバーターという5つの機能がたったの1台でまかなえることだろう。現実的に5台の機材をワイアリングし、ラック・マウントすれば電源を確保するだけでもかなり大変だ。また、それぞれがパッチ盤に立ち上がっていたら、ケーブルの距離でかなりのリスクになってしまう。それを考えると本機には利点が多い。しかもこのコスト・パフォーマンス。これはデフレなのか、それとも技術の進歩なのか......いずれにせよメーカーの熱意には頭が下がる。



▲リア部。左からライン・アウト(+4dB、−10dB)、ライン・イン、ADC EXTイン。写真はオプションのADボード(30,000円)を搭載しておりデジタル・アウト(コアキシャル)、ワード・クロック・イン(44.1kHz/48kHz切り替え)を装備


FOCUSRITE
TrakMaster
60,000円

SPECIFICATIONS

●マイクプリ
■ゲイン/−3dB〜+57dB(マイク)、−10dB〜+10dB(ライン)、−3dB〜+40dB(Hi-Z)
■周波数特性/20Hz〜250kHz(マイク)(−3dB)20Hz〜200kHz(ライン、Hi-z)
●コンプレッサー
■スレッショルド/−22dB 〜+12dB
■レシオ /3:1(ソフト・ニー)、6:1(ハード・ニー)
■アタック /3msec(パンチ・アウト)、45msec
■リリース/100msec(ファースト時)、その他は入力プログラム依存型(スローまで可変可能)
●その他
■外形寸法/480(W)×44(H)×265(D)mm
■重量/4.5kg