古典的な録音機器の質感をシミュレートする2ch仕様のプロセッサー

EMPIRICAL LABSEL7 FATSO JR.

発売以来あっと言う間に評判が広がり、多くのエンジニアが愛用するDistressor。UREI 1176やLA2といった名機をシミュレートしたコンプレッサーなのだが、どんなトラックにも存在感を与えるそのサウンドは僕自身もかなり気に入っていて、ドラムにボーカルにと何度となく使用してきた。そのDistressorを作った新進気鋭のメーカーEMPIRICAL LABSから待望の新作が発売された。

4つの特徴的な機能により
さまざまなアナログっぽさを演出

デジタル録音の急速な一般化により、プロ・スタジオと同等なクオリティをだれもが手に入れることができる時代に突入した。しかしその反面、アナログ・システム独特の甘さを含んだ高調波の歪みや温かみ溢れる倍音に対するあこがれにも似た再評価もますます高くなっているように思う。オールド・チューブ、クラスA動作、磁気テープといったオールド録音機材の持つ音楽的2次的成分を再現することのできる本機は、そんな現状にぴったりなステレオ仕様のアナログ・デバイスだ。FATSOという風変わりな名前は、Full Analog Tape Simulator and Optimizer with Classic Knee Compressionという魅惑的なフルネームの略だ。

フロント・パネルはDistressorと同じ白い大型ノブのほか、プリセット切り替え用のボタンが3種類のみのシンプル設計だが、クールで個性的なルックスが、良い仕事をしそうな雰囲気を醸し出している。では、本機の持つ4つのプロセッシング機能を見ていこう。

①Harmonic Generation and Soft Clipper
基本的にはディストーション・ジェネレーターで、バイパス時以外はシグナルは常にこのパートを通る。ピークを抑えてレベルを稼ぐと同時に、2次倍音や3次倍音を含んだ歪みを作り出す。

②High Frequency Saturation
“Warmth Processor”により、アナログ・テープで発生するハイエンドの“柔らかみ”をシミュレートする。“Warmth”はボタンで8段階にステップ・コントロールでき、ブライト過ぎるシグナルや過度のトランジェントを瞬間的にアッテネートしてテープの飽和状態を再現。

③Transformer & Tape Head Emulation
“Tranny”と呼ばれるサーキットをオンにすることでNEVE、APIに代表されるオールド機材的入力および出力トランス特性を再現し、中域のエッジや低域のハーモニクスを付加することができる。

④Classic Knee Compression
アタックとリリースは固定だが、強力な“効き”はDistressor譲り。次の4種類のディスクリート・タイプから選べる。 (i)Buss……レシオ2:1でソフト・ニー、スロー・アタック、ファスト・リリースに固定。DBX 160のシミュレート等に向いたタイプ (ii)G.P.……LA2A、LA3A、JOEMEEK、ADLといったオプト・モデルのシミュレートに向いている。ミディアム・アタック、スロー・リリースに固定 (iii)Tracking Compressor……1176タイプのコンプ。どちらかと言うとピークを何気に抑えるような使い方よりも、レシオ・ボタン4つ押し的アグレッシブ・サウンドに向いている。ファスト・アタック/リリースに固定 (iv)Spank……初期SSLのトーク・バックに内蔵されていたコンプレッサーをシミュレート。これはコンソールから取り出してラックに持ち歩くエンジニアも多く、フィル・コリンズのかの有名なゲート・リバーブでも使用されていたもの。そしてこのSpankは、他の3タイプと組み合わせることによって、より過激なダイナマイト・コンプを作り出すわけだ。

コンソールの全チャンネルに
インサートしたいほど気に入った

音のチェックは、デジタル・メディア(Pro Tools、MARK OF THE UNICORN Digital Performer、FOSTEX D160等)に録音したマルチトラック・ソースを使って行った。結果、ドラムはキック、スネア、オーバーヘッド等の単体トラック、キット全体のバスにインサートした場合の両方で素晴らしいアグレッシブ・サウンドを作ることができた。ベースではダイナミクスを失うことなくレベルのばらつきを抑え、かつ低域を太くて締まった音にすることも簡単にできたし、きつめのコンプレッションもグルーブ感を損なうことなく行えた。タンバリンはエッジが丸くなって、アナログ・レコードのような音にすることができたし、アンプ録りのギターではエッジの効いたシャープな音からDBX的なアタックのある太い音までを作れた。

アコギはTracking+Warmthでハイエンドをサチュレートすることで、部分的に起きる耳障りなエッジが自然な感じに。Trackingを使って10dB以上コンプレスしたボーカルでは1176のレシオ・ボタン4つ押しのサウンドを得ることができたが、経験の浅い人にとってはむしろオリジナルよりコントロールしやすいのでは、と思った。そのほか2ミックスをDATに落とすときに使ってハーフ・インチのアナログ・マスターのような音にしたり、デジタル・ディレイの音をテープ・エコーのような音にしたりと、いろいろな用途に使えそうだ。

価格的にはオリジナル・ビンテージと同等になってしまうくらい高価だが、サウンド、操作性共にプラグインのシミュレートものなどと比べてひと味もふた味も違った本機は、できればコンソールの全チャンネルにインサートしたいくらい気に入った。もちろんミックスだけでなく、録りのときも大活躍してくれそうだ。なお、念のためにアナログ・マルチでも試してみたが、こちらの方も効果はかなりだった。ソースを選ばずに使え、自宅録音、プロジェクト〜ハイエンド・スタジオとすべての現場で試してみる価値十分の実力機だ。

▲リア部。左からチャンネル2用のインサート(フォーン)、アウトプット(XLR&フォーン)、インプット(XLR&フォーン)の各端子が並ぶ。そして中央にリンク用のフォーン端子を2つ挟み、チャンネル1用にもチャンネル2と同内容の端子を用意


EMPIRICAL LABS
EL7 FATSO JR.
520,000円

SPECIFICATIONS

■周波数帯域/2Hz〜60kHz
■ダイナミック・レンジ/−110dB
■歪率/0.06〜20%(モードやセッティングによる)
■アタック・タイム/1msec〜200msec
■リリース・タイム/5msec〜3.5sec
■寸法/480(W)×44(H)mm
■重量/6.1kg