リズム音源を含む豊富な機能が魅力の超コスト・パフォーマンスHDR

ZOOMMRS-1044

低価格で高機能なコスト・パフォーマンスの高い製品を数多く出しているZOOMから、いよいよ本格的なオールインワン・タイプのミキサー一体型ハード・ディスク・レコーダー(HDR)が、驚きのプライスで発売されました。これまで個人的に、同社の低価格製品を多数購入してきた筆者としては、本機をチェックしないわけにはいきません。好評を得た手乗りサイズのモバイルMTR、PS-02の拡張版とも言えるMRS-1044、早速じっくり使ってみることにしました。

まず、パッと一見してのルックスですが、なかなかスッキリしていて、ほとんどのスイッチが自照式タイプで大きめなものがセレクトされているところが目につきました。最近のちょっと複雑化しているミキサー一体型HDRの中にあって、本当にこれで大丈夫なの?(笑)と一瞬戸惑ってしまいそうなシンプルさですが、これがなかなかもって優れた使い勝手を生み出しているのが、使っているうちによく分かってきました。それでは以下、その使い勝手面も含め詳しく説明していきますが、誌面スペースの都合もありスペック等のデータは別枠の方を見ていただくとして本文中では省略し、なるべく皆さんが知りたいであろう本機の機能面での特徴を、5セクションに分けてそれぞれ説明していきたいと思います。

シンプルながら必要十分な端子を
装備したI/Oセクション


入力部は、ライン(フォーン)入力×2、ファンタム電源付きのマイク(XLR)入力×2、そしてHi-Z入力といった必要十分な端子が用意されています。XLRにはファンタム電源も内蔵されているのでコンデンサー・マイクでも安心して接続できます。入力端子すべてに接続されている場合は、Hi-Z→ライン→マイクの順に優先されるような設計になっています。Hi-Zは1系統、ライン/マイクのインプットは各2系統なので、同時に録音できるマイク/楽器などは最大で2chということになります。これはやや少ないと思う方もいるかもしれませんが、例えばアコギのみで作曲している人など、音源類をそれほど多く使わないユーザーをターゲットにしているものと思われます。後述するように、リズム・パターンやベース音源を内蔵している点から考えても、そのコンセプトがよく分かりますね。出力に関しても、RCAピンやS/P DIFオプティカルという普段から頻繁に使われる部分だけに絞ってありますが、通常使用には問題ないでしょう。ただヘッドフォン・アウトと音量調整が背面に付いているのはちょっと使いづらくて残念でした。せめて音量調整だけでもトップ・パネルにあってほしかったですね。


ドラム&ベース音源を内蔵した
リズム・マシン・セクション


本機の最大の特徴とも言える部分は、なんと!ハード・ディスクMTRにリズム・マシンとベース・マシンが搭載されている点です。プリセットで400種類以上のさまざまなジャンルのドラムとベースの自動演奏が内蔵されており、作曲の際に気軽に簡易リズム隊のパッキング・パターンを作成することが可能です。もちろんユーザー・プリセットも255種類作ることができますので、自分のオリジナル・パターンの作成にも重宝するでしょう。オリジナル・パターンの作成に当たっては、ドラムやベースの音色が豊富にそろっているので音のバリエーションには困らないですし、パターンの入力はタッチ・センス付きの8個のドラム・パッドが装備されているので非常に快適に行うことができました。さらにベース・トラックのパターン作成においても、MIDIによる入力が可能なのでとても便利です。特筆すべきは、このリズム・セクションのパターンは、録音しているハード・ディスクとは別の領域で動いているので、曲を作っていく上でリズム・パターンや音色を変えたくなったら気軽に変更が可能なのもうれしい限りです。もちろん作成したリズム・パターンに、後述するミキサー部分でエフェクトをかけることもできます。独立した別フェーダーになっているのでバランスも取りやすいですね。


たっぷり100テイクを保存できる
レコーダー・セクション


本機には10トラックのオーディオ・トラックが用意され、今では当たり前となったバーチャル・トラックもそれぞれに10トラック存在するので、合計100ものテイクを存在させることができます。編集機能に関しても、一般的なHDRでは当たり前のコピー&ペーストやアンドゥ/リドゥ、オート・パンチ・インなど、基本的なところは問題なく押さえています。また、さりげなくうれしかったのはステレオ・トラックが2つ用意されているところです。これはミキサー部の簡素化にも貢献している点ですが、ステレオものが多い最近の録音の中で、いちいちステレオ・ペアを組まなくて良い点など、作業のストレスを少し緩和してくれました。一度録音したものをエフェクトをかけてバウンスする際もステレオ・トラックがあるとすごく便利ですしね。また、最近ではMTRのトランスポート部の動きがちょっと鈍いと思ってしまう機種が多い中、本機は余分とも言える複雑な機能を省略したためか、なかなか軽快な動きをしてくれてストレスをあまり感じなかったのは素晴らしいと思いました。マーカーも専用ボタンが用意されているのは操作性を考えると好印象です。


シーンを切り替えてアレンジを工夫
ミキサー・セクション


ミキサー部は11本のフェーダーで非常にシンプルかつ必要十分な機能に絞られ、使いやすい構成になっています。ムービング・フェーダーではないものの、1プロジェクトにつき100個のシーン・メモリーができますので、曲中でシーンを切り替えてバランスやエフェクトを変えるといった操作が可能です。ものすごく細かなオートメーションはやはり高価なHDRに軍配が上がりますが、通常のデモを作る場合は何の問題もないと思います。うれしかったのはEQやエフェクトなどの専用ボタンが用意されている点で、各トラックのEQやエフェクト・センドのオン/オフがボタン1つで行えるのはすごく便利で、エンジニアとしては喜ばしい限りです。欲を言えばマスター・フェーダーにもEQがあればもっと良かったですね。


アンプ・シミュレーターも搭載した
エフェクト・セクション


本機には通常の音作りで必要になるであろうエフェクトが一通り用意されています。インプットなど3カ所に任意にインサートできるインサート系エフェクト1つ、別系統でリバーブと、コーラスまたはディレイの3つのエフェクトを内蔵しているので、価格の割にはよく考えられた構成だと思いました。エフェクト音自体も決してハイファイではありませんが、非常に良くまとまっており、逆に初心者には使いやすい音ではないでしょうか。さらに、評判の良いVAMSによるエフェクト・テクノロジーも内蔵しているので、ギター・アンプのシミュレートものなど使える&面白いエフェクトが豊富に搭載されているのもグッド。また最終的なミックス・ダウンのことまで考えられており、マルチバンド・コンプレッサーやローファイ系などのマスターにかけるエフェクトも内蔵されているので、最終的な2ミックスの処理には苦労しないと思います。本機はエフェクトをかけバウンスをすることで、よりエフェクトの威力を発揮できる機種なので、バウンスをうまく使ってトラック作りに励むと良いでしょう。


その他、操作中に気になった
実は"使える"さまざまな小機能


以上、本機の主要機能を5セクションに分けて解説してきましたが、その他に私が気に入った部分としては、LCDディスプレイにカーソルがどの方向に行けるか(対応しているか)というのを表示してくれる機能があり、これは実際に使っていて階層を深く入っていく上でも便利だと思いました。また、チューナーも内蔵されているので、ギター等をつなぎっぱなしにして作業できるのもうれしいですね。コンパクトにまとまった環境を提供してくれます。さらに、これはものすごく!うれしかったのですが、電源コンセントを差していれば、そのまま電源を落とせる点です。最近のミキサー一体型HDRは、データ保存のために終了の際にわざわざ終了コマンドを使ってから電源を落とさなくてはならない機種が増えてきているのですが、本機はそのまま電源をオフにすると、自動的にセーブをしてから電源を切ってくれるのです。筆者は仕事のレコーディングの合間に本機をチェックしていたのですが、ちょっと呼び出されたときなど"電源切っていいですよ"というコマンドを待たずにすぐに席を離れられるのが意外とうれしかったですね(爆)。


ハイファイではないものの
中域の充実した使いやすい音質


長々と機能面の話を中心にしてきましたが、録音した音色についても触れておきます。決して高域/低域とも抜けている感じのハイファイ感のある音ではないのですが、中域が充実した実に使いやすい音だと感じました。外部インサート等が無いのでヘッド・アンプ部だけの音質はチェックできなかったのですが、自宅で手軽に宅録したい人には最適なマシンだと思います。EQの効きも良いので、高域/低域を抜けさせたい人は音作りのテクニックでカバーすると良いでしょう。エフェクト部の音質も割と荒削りではありますが、その荒々しさが逆に印象的な効果を出してくれる場面も多いと思います。特にインサート系のエフェクトで攻撃的な音を作ると効果的でしょう。またオプションでUSBとSCSIのインターフェース・ボードをどちらか内蔵でき、USB経由ならパソコンから本機のHDにアクセス可能なのでWAVファイルの修正/加工もOK(Windowsのみ)。もちろんデータ管理も楽になりますね。


エンジニアの視点からかなりシビアにレビューしてみましたが、ともかくこの価格で15GBのハード・ディスクを標準搭載し、エフェクトの数も申し分なし、基本機能をしっかり押さえた操作性など非常にコスト・パフォーマンスに優れたマシン、というのが筆者の結論です。打ち込みを駆使して凝った音楽を作りたい人には、インプットの数などの問題からあまり向いてないかもしれませんが、アコギやピアノをメインに曲を作っている人や、初めてMTRを買う人、また今まで弾き語りで作っていたデモ・テープの一歩上をいく作品を作りたい人などに最適でしょう。リズム&ベース・パターンが内蔵されているので、曲を一通り作った後にリズム・パターンや音色を変えて遊び感覚で曲作りを楽しんだり、最終的なアレンジに仕上げる前のリズム・パターン決めなど、ヘッド・アレンジをする上で非常に有効な効果を出してくれます。実は早速、今担当しているアコギ弾き語り系アーティストに、思わず本機を薦めてしまいました(笑)。普段リズム・ボックスも使わずに作曲やデモ・テープを作っているというので、リズムのトレーニングや、プリセット・パターンを使ったいろんなジャンルへの挑戦もできるからです。いずれにしても本機は基本的な部分はそれほど階層が深くないので、初心者にはうってつけでしょう! 使い切れないほどの細かい機能よりも、とにかくこの値段でこのスペックはさすがZOOMって感じですね。



ZOOM
MRS-1044
59,900円

SPECIFICATIONS

■トラック数/10(バーチャル・テイク:各10)+ドラム1(ステレオ)+ベース1(モノラル)
■最大同時再生トラック/13(10オーディオ・トラック+ステレオ・ドラム+モノラル・ベース)
■最大同時録音トラック/2
■録音データ・フォーマット/16ビット・リニア
■AD/24ビット、64倍オーバー・サンプリング
■DA/24ビット、128倍オーバー・サンプリング
■サンプリング・レート/44.1kHz
■信号処理/24ビット
■SN比/93dB(IHF-A)
■エフェクト・アルゴリズム/4(ギター/ベース、マイク、ライン、マスタリング)
■モデリング方式/VAMS
■エフェクト・モジュール/4(コンプレッサー、プリアンプ/ドライブ、イコライザー、モジュレーション/ディレイ)
■リズム/ドラム8ボイス、ベース1ボイス(16ビット・リニアPCM方式)
■接続端子/Hi-Zイン(フォーン)、アンバランス・イン×2(フォーン)、バランス・イン×2(XLR)、マスター・アウト(RCAピン)、ヘッドフォン・アウト(フォーン)、デジタル・アウト(S/P DIFオプティカル)、MIDI IN/OUT、フット・ペダル、フット・スイッチ
※オプショナル・スロットにUSBインターフェース(7,000円)、またはSCSIインターフェース(10,000円)のボード(どちらか)を増設可能
■外形寸法:430(W)×260(D)×77(H)mm
■重量/3.4kg