2本のマイクを切り替えて試聴可能な独創的2chマイク・プリアンプ

ORAMTrident Audio S20

TRIDENTは、イギリスでもコンソール・メーカーを代表する会社です。1980年代に私が所属していたレコード会社には、APIとTRIDENTを備えたスタジオがあり、双方のキャラクターが如実に表れていたのを記憶しています。TRIDENTにはAPIやSSLには無かった中低域の太いイメージがあり、今でもロック等にはかなり必要性を感じています。

見た目はシンプル
ノブも大きく操作性は良い


さて、デジタル録音全盛の現在、音が記録される前の過程ではよりアナログ機器に期待が高まり、真空管仕様のマイク、EQ、コンプ、マイク・プリアンプなどがエンジニアの間でもよく話題になります。特にマイクプリは好みが分かれるところで、今最も注目が集まっている機器と言えるでしょう。やはり人間の感じる音というものは、測定値だけで判断できないことが多く、デジタル上のクロストーク0とか、SN比の良過ぎるものは、どこか不自然に感じているのかもしれません。アナログにおける歪みやノイズこそが、実は音楽的であったりするのでしょう。


今回チェックするORAM社のTrident Audio S20は、TRIDENTでミキサーの設計に従事していたジョン・オーラム氏の設計になる2ch仕様のマイク・プリアンプです。増幅部はICによるソリッドステートで、ユニティ・ゲインは60dB(バランス出力時最大66dB)。また、初段増幅の後にバリアブルのローカットがあり5〜200Hzをスイープさせながら決定できます。各チャンネルには48Vのファンタム電源スイッチも装備され、おのおのフェイズ・リバースも備えられています。


フロント・パネルは写真のようにアノダイズド・アルミニウムが採用されているのに加え、コントロール・ノブが1Uにしては大きいので、見た目はシンプルで操作性は良くなっています。一方、リア・パネルは各チャンネルに2つずつのインプットがXLR端子で用意されています。これは、2本のマイクをAB切り替えでオーディションするための仕様です。


真空管を思わせる
澄んだ高域の伸び


では、本機を実際に使用してみますが、マイクとの相性も加味した上で参考にしてください。


使用マイクは、シンクシンクインテグラル所有のAKG C414B-ULSです。音源はアコースティック・ギターで、軽いアルペジオと強めのストロークで試してみました。


アコースティック・ギターの場合は超低域の胴鳴りがかなりあるものですが、それを取り除き過ぎるとやせて細くなってしまいます。こうした点を程良く調整するのに、本機のスイープ式ローカットが使いやすく、クリック式のものより重宝したことをまず挙げておきます。


中低域の音色は想像していたほど太いという印象ではなく、普段使用しているAMEKに近い感じを受けました。また高域の伸びは、確かに資料に書かれていたような、ソリッドステート仕様なのに真空管仕様のマイクプリに近い澄んだもの。弦に指が当たるニュアンスや空気感が音に表れ、空気感や奥行きが感じられます。ただ、ストロークで強く弾いた場合はスピード感にやや欠けるきらいがあり、使い分けの必要があると感じました。


次に2本のマイクのAB切り替えでのオーディション機能ですが、切り替え時にノイズが入るので、卓のボリュームは絞って使用することをお薦めします。また、シビアに考え出すと2本のマイクのレベル差にどう対処するのかという問題も出てきますが、ここは単純に"2本のマイクを挿したまま比較できる"という便利機能と解釈したいところです。


前述したように、最近は低価格帯で真空管を用い、EQやコンプレッサーまで内蔵されたマイクプリが数多く発売されていますが、本来の真空管らしいクオリティはなかなか望めないのが実状です。その点S20には抜けの良さや高域のクオリティにおいて、十分満足することができそうです。オープン・プライスということでチェック時には市場価格を知らなかったのですが、30〜40万円はするのかな?という印象でした。実際には20万円を切る市場価格のようなので、コスト・パフォーマンスは高いでしょう。


音源としては、ボーカルやアコースティック・ギター、ピアノなど、ニュアンスを大事にするものに適していると思われます。EQやダイナミクス系のプロセッサーが無いので、より忠実に再現したい楽器や、ボーカルでの使用が良いでしょう。また2chで1U仕様というコンパクトさに加えて、真空管ではないという点でも持ち運びやすいので、クラシックの2ch録音やアコースティック・ピアノの録音、ライブ録音などにも向いています。録音時にEQやコンプを使用している人で、あまりにも時間がかかってしまう人なども、本機を使えば思いきりよく録れ悩まなくて済むかもしれません。


今回はTRIDENTと聞いて、筆者は思わずチェックをしてみたくなった訳ですが、本機はハイ上がりでタイトな印象でした。私が当時使っていたものは高域の面では物足りなかったのですが、中低域の膨らみは古いアナログ・レコードのようでもあり、温かみがあったような気がしています。本機のクオリティには満足した上で、あえて欲を言うとすれば、S20の高域のクオリティと昔のTRIDENTの中低域の温かみの両方を併せ持つマイクプリの登場に、今後は期待したいところです。



▲アウトプットは各チャンネルごとにフォーンとXLRを装備。一方インプットはXLRを各チャンネルごとに2つ備え、2本のマイクをオーディションすることが可能である


ORAM
Trident Audio S20
オープン・プライス

SPECIFICATIONS

■ユニティ・ゲイン/60dB(バランス出力時最大66dB)
■最大出力レベル/+28dBu
■バリアブル・ローカット/5〜200Hz
■外形寸法/485(W)×44(H)×144(D)mm
■重量/2.35kg