DAWシステムにおけるバッファー・モニタリングに実力を発揮する真空管ミキサー

MANLEY16×2 Mixer

高級真空管レコーディング機器メーカーとして知られるMANLEYから、16chミキサーが発売された。ラック・マウント式の本機は、ライン入力専用バージョン、マイク入力専用バージョン、ライン入力8ch+マイク入力8chバージョンの3種類が用意されている。同社の解説によれば、世の中に数々あるローバジェット・ミキサーがEQやたくさんのAUX等の機能を付け、便利さと汎用性を追求している中、本機は極力シンプルな回路を持ってクオリティの高い音質を確保しているとのこと。しかしユーザーにとって決して低価格とは言えない本機は、例えば単にサブミキサー、ライン・ミキサーとしての使い方だけで満足するものだろうか? そして、本誌においても毎月多くのページが割かれていることからも分かるように、デジタル全盛を迎えようとするこの時代に、なぜこういった真空管のミキサーが必要なのか? 今回はこういった点を中心にレポートしていきたい。

HDRにおける諸問題の解消を
期待させてくれる製品


今回テストに用いたのは、ライン入力8ch+マイク入力8chの"8+8バージョン"である。上段8chにマイク・インを備え、下段8chはライン・インというレイアウトになっている。マイク・インにはインサーションとフェイズ・スイッチが用意されている。


このレイアウトからも分かるように、DIGIDESIGN Pro Tools等のハード・ディスク・レコーディング・システムで888|24 I/Oのような8chの入出力を持つI/Oを使用する場合、上段をマイクやシンセの立ち上げに用い、下段をモニターとして使用するというのが、非常に有効と思われる。Pro Toolsを使用したレコーディングの現場では、プラグインを多用する際にデータが非常に重くなり、さまざまな問題が起こることをよく耳にする。その際、このミキサーのライン・インに8ch分の各アウトプットを適宜割り振って、バッファー・モニターとして使用すれば、そうした問題は解消されるのではないだろうか? 各チャンネルのボリュームに、フェーダー式ではなくロータリー式が採用されていることも、単純にデザイン上からの理由だけではなく、こういった使用法を意識してではないかとさえ思える。もしかしたら、現在のハード・ディスク・レコーディングにおける問題に対する答えとなる製品ではないだろうか?


テスト機以外の各バージョンについては、述べるまでも無いだろう。単体では、名前通りの使用法以外考えられないからだ。ただ、本機にはSolo Linkが準備されていて、2台目以降の併用が可能である。先ほど挙げた使用例に準じて言えば、マイク・イン・バージョンとライン・イン・バージョンを1台ずつ並べて使用すれば、16ch×2のI/Oを持つことになり、余裕のある立ち上げとモニタリングが同時にできることになる。


デジタル・シンセのサウンドに
どっしりとした質感が加わった


それでは実際に音を聴いてみよう。まずはリファレンスとして、CDをマイク・インの1〜2chに立ち上げて聴いてみることにする。


同社のマイク・アンプは大変センシティブなことで有名だが、やはりちょっとでも上げ過ぎるとすぐ歪んでくる。ライン・インでモニターするだけなら全く問題ないが、この点は気をつけなくてはならない。しかし、このアンプの持つ歪みの感じは非常にナチュラルでかっこ良いものである。あえて歪ませたい場合には、むしろ積極的に用いていくことをお勧めする。


リファレンスで使用したCDには、リズムが強調された曲を用意したのだが、聴いた印象はお世辞にも良いと呼べるものではなかった。ふくよかで柔らかなトーンではあるが、キラキラした明るさやドラムなどのアタックのもつピークの強さが失われている印象を持った。むしろ悪い意味で"ローファイ"になったとも言える。間違いなく、本機はこういった使用法を前提に作られていないことが、これで分かる。


次に、ダイナミック・マイクで直接ハード・ディスクに録音されたボーカルをモニターしてみることにする。あらかじめ高品位なマイク・アンプを用いて録音された音源を使用したが、これは非常に良い音質で再生された。2次倍音、3次倍音が付加されて、ふくらみやゆったり感だけでなく、艶やかさも加わっている。CDを再生したときには感じられなかったキラリとした高域も、爽やかさを伴って感じられるようになった。


さらに、デジタル・シンセサイザーを立ち上げて聴いてみることにする。何と言っても、これが一番素晴らしい。僕を含め、常々デジタル・シンセに(すべてとは言えないまでも)線の細さと奇妙なピークを感じていた人は多いのではないだろうか(単にアナログ・ファンという意味だけではなく......)。しかし、本機を通ったシンセの音色からは、そういったものが完全に払拭されていた。デジタルが持つキラキラ感とエフェクターによる広がり感はそのままに、どっしりとした質感が加わっている。パッド系の音色を生のドラムやベース、ギターの上にミックスして聴いてみても、決して浮くことはなく、倍音がいい接着剤となって何とも言えない奥行きを生み出した。どんなアナログ・シンセを使えばこんな音色が作れるのかと錯覚してしまったほどだ。


ということは、当然サンプラーからの再生音も同様である。ノイズ系の音などは、その質感がかつてのクラフトワークを彷彿させるような、個性的で特徴がはっきりしたものに生まれ変わった。この音色をあえて言うならば、古いTRIDENTのミキサーが持つ手触りに似ているかもしれない。いずれにしても、間違いなくデジタル音源やレコーダーから再生された音にはすべて好感触が得られた。


シンプルな構成ながら
使い勝手を考えた細かな工夫も


構造上、上部パネルはベンチレーションも兼ね備えて金網状になっているのだが、これはドライバー1つで簡単に取り外すことができる。メインテナンスという意味でも便利な構造だが、そこにインプットとアウトプットに使用されている真空管を確認することができる。取り替えも非常に楽である。真空管音響機器は、使用する真空管によって音のキャラクターが劇的に変化するので、自分の好みの真空管に取り替えて、オリジナリティを追求するのも面白いと思う。


さて、シンプルな回路で構成されているとは言え、制作者にとって必要なことを考えて、幾つか便利にしたポイントもある。ミックスをモノラルでモニターできることは、位相や音圧を確認するときに重宝する。モニター・スピーカーもMAINとMINIの2種類を使用することができる。AUXも1つ用意されているので、アナログ・エフェクターへのセンドとして使うのもいいし、ミュージシャンへのヘッドフォン・バランスを作るのにも適している。


音楽の表現方法は自由であると
気付かせてくれる素晴らしい1台


ここまで書いてきて何度も繰り返すことになるのだが、このミキサーに対して、今回僕がお勧めする使用法は、良い意味でただ1点である。


DAWシステムは今や音楽制作の重要ツールの1つとなってきた。本誌でも、毎号新製品や新バージョンがレポートされている。レコーディングの歴史を記録メディアに限って振り返ってみれば、アナログ・メディアの発展は別として、ALESIS ADATの登場に始まりハード・ディスク・レコーディングへと続く現在の急速なデジタル・メディアの進化状況が(決して低価格とは言えないが)、ハイエンド・アマチュアでもプロ・レコーディング・スタジオと同等のクオリティを手に入れられる幸運をもたらした。


アイディアと個性さえあればドンドン新しい自己表現が可能になったという点で、これは大変喜ばしいことなのだが、音質において未だクラスA回路や真空管回路にかなわないのも否めない事実である。これは単純にI/Oの問題であるのだが、エンジニアはそれを解消するためにさまざまなアイディアを用いている。


その1つがバッファー・モニターというサブグループ的発想である。本機はライン・インでのモニターが8ch準備されていることから、MANLEYからの1つの回答と考えても良いだろう。マイク・インはハード・ディスクに録音されるまでの音作りがオールインワン的にできると考えれば、非常に便利なものであると言えよう。


音楽制作の現場においては、いい悪いや好き嫌いは別として、今やデジタルというものを完全に否定していくことはできない時代に入っている。デジタルにしかできない面白さやすごさもあるのは、確かなことである。要は使う本人の使い方次第なのだ。音楽において、楽器や機材の使い方は本当に自由なものである。いろいろな方法を試して、自分の表現にとって本当に必要なものを手に入れていくことが大切である。本機はそれに気付かせてくれる素晴らしい機材の1つなのだ。これでもう少し手に入れやすい価格設定だったら、より多くの人がそれを実感できるのだが......。



▲極太のケーブルで本体と接続される電源ユニット


MANLEY
16×2 Mixer
ライン8ch+マイク8ch/オープン・プライス(市場予想価格980,000円)

SPECIFICATIONS

■周波数特性/10Hz〜200kHz(−1dB、Unity Gain、Channel In to Channel Out)、5Hz〜100kHz(−1dB、Unity Gain、Channel In to Mix Out)
■全高調波歪率(THD+N)/0.05%(−65dB、Unity Gain、+0dBu、Channel In to Mix Out)
■SN比/109dB(@+33dBu、22〜20,000Hz、Channel In to Mix Out)
■最大出力レベル/+33dBu(バランス出力、Mix Gain +10)
■ノイズ・フロア/−80dBu(22〜20,000Hz、Channel In to Mix Out)
■真空管/12AT7WA×2、6414×2
■外形寸法/482(W)×158(D)×222(H)mm(本体)、330(W)×292(D)×89(H)mm(電源ユニット)
■重量/17.2kg(電源ユニット含む)