自分だけの独特な音色表現が可能なコンプ内蔵トーン・プロセッサー

TMDRare Tone Comp

新製品が発表されるたび、ハッキリしたコンセプトと製作理論に常に納得させられ驚かされるTMD社製品に、新たなラインナップが登場した。本誌7月号のNEW PRODUCTSで紹介されたRare Toneに、さらにコンプレッサーを搭載したRare Tone Compを今回は取り上げたいと思う。

ビンテージ部品をふんだんに使った
トーン・プロセッサー


かつて僕は、本誌セミナーでもおなじみの畑野貴哉氏が代表を務めるTMD社に、QUAD EIGHTのヘッド・アンプをカスタマイズしていただいたことがある(当時の社名はMUSIC DESIGN)。現在でも僕のスタジオGO-GO KING RECORDERSのサウンド・メイキングには、そのハッキリした個性的な音が絶対欠かせない。そういったことから、僕は畑野氏が作ってきた各製品(作品?)には、今まで並々ならぬ関心を持ってきた。


さて、僕は今までサンレコ誌上では幾度となく"ビンテージ機材好き"とか"コンプレッサー好き"とアピールしてきた。その甲斐あってか、TMDとの縁があってか、今回レポートをすることになった本機は、今やほとんど手に入らない希少なビンテージ・パーツをふんだんに用いた1ch仕様のトーン・プロセッサーである。では、トーン・プロセッサーとは一体どんなものだろう? パッと見たところTREBLE、MID、BASSと書かれた大きなつまみがあるので、ギター・アンプ的発想に基づいたEQなのだろうか? それとも各帯域をエンハンスしていく一種のエンハンサーのようなものなのか?


通すだけで音圧が増し
どっしりした安定感のある音に


レポートを始めるに当たり最初に断っておきたいのだが、今回は実際に僕の耳で聴いて感じたことのみで構成し、回路的な解説やパーツに関する説明は省きたいと思う。それらについては、畑野氏の講座を熟読されれば、間違い無くもっと踏み込んだ知識が得られるはずだからである。


とにかくまずは音の変化を確かめるため、早速本機に音を通してみることにした。サウンド・チェックにはCDを用いたのだが、1ch仕様なので音源はいったんモノラルにしてから聴き比べた。モニター用のミキサーは、ビンテージ・パーツを使った本機との音色の差を確かめるため、わがスタジオの1970年代のAPIを使用した。


まず驚かされたのは、しっかりレベル・バランスを調整したにもかかわらず、本機を通しただけ(バイパス時)なのに音圧が増して聴こえる。メーター上のレベルは変化が無いのだが、聴感上は明らかに音量が増えたように感じる。全体の音も輪郭がはっきりし低域にどっしりした安定感があるようだ。音圧レベルの高い音作りが大流行の昨今、このプロセッサーが持つ力はすごいかもと予感させる。では、実際にサウンドをチェックしていこう。


まず、バイパス時と同じ音色、音量を出すにはTREBLE、MID、LEVELを12時の位置に、BASSは10時の位置に、モード・セレクターは"A"の位置にセットする。当然切り替えスイッチはON。ここからつまみを動かして音を作っていく。確かに使い勝手はギター・アンプの音作りのようだ。エンハンサーのような無理やりさは無い。大ざっぱなパラメトリックEQともちょっと違う感じだ。どうやらMIDでしっかりした音色の核を作り、その上に高域としてのTREBLE、土台としての低域つまりBASSを加減すると、本機の良さが発揮できていくようである。TMDの説明でも、MIDのつまみが重要なファクターであるようで、スピーカーで言うとフルレンジ帯域に当たり、このさじ加減で音の張り出し方が変わってくる。逆にここをばっさりカットすると、いわゆるドンシャリサウンドを作ることもできる。


実際には、まず左のモード・セレクターで音の基本方向を決めるようだ。"A"は単純につまみによる音作りをしていくモード。"B"ではつまみによる音作りの前に、超高域帯にエンハンサーが付加されている。これにより"ハイファイ"なサウンドが作りやすくなる。"C"は中域が強調される。例えばミックス時に全体の中で歌の抜けがもっと欲しいとき、トータル・ミックスにかけるなどの使い方に向いている。"D"では歪みが付加される。つまみが"バイパス時と同じ音色"位置にある間ははっきり分からない程度の歪みではあるが、この後に紹介するコンプとの組み合わせでは、僕が昔からあこがれていたFENの音(中域がバリバリに張っていて、強くコンプレッションされて少し歪んだサウンド)が簡単に再現された。


次に肝心のコンプについて。このコンプはつまみの後にかかっているのか、すべてのプロセスの前にかかるのか分からないのだが、素直なかかりをしていく。効き具合はリミッター的で、ハードにかけても低域や高域が失われず、音色や音量が過度に変化することなく音圧が増していくのには驚かされた。僕の所有するFAIRCHILD 670やGATES SA-39Bといった1960年代真空管コンプと比較してみても、遜色無い印象だった。


使い手の意思や個性に反応する
サウンド・シミュレーション


4つのモード、3つのつまみとコンプレッサーで設定を詰めていけば、"小型ラジオの音"から"全帯域活性化"、果ては"モータウン・サウンド"から"アトランティック・サウンド"、"ドンシャリ・サウンド"まで作り込める。アナログ機ではあるが、DIGIDESIGN Pro Toolsのプラグイン・ソフトのようなサウンド・シミュレーションができてしまう。しかし本機の真のすごさは、すべてがデジタル化する昨今の音作りに対し、あえてビンテージ・パーツのみで"音のシミュレーション"をやってのけることだけにあるのでは無い。使う人に明確な音作りの意思さえあれば、自分だけの独特な音色表現が可能な機械なのだ。こんな面白いものが出てくる時代だからこそ、まさに使い手の個性が本当に試される。


僕も本機をミックスに使用してみたいと思う。ただ、僕はトータル・ミックスにコンプやEQを使ってアーティストが持つ雰囲気を強調するのが好きなので、今後TMD社がステレオ仕様を作ってくれることを心から願っている。だが希少パーツ使用のため、生産台数は限られる。僕たちは今、こういったアナログ機器が作られる最後の時代をかろうじて生きているのだ。



TMD
Rare Tone Comp
138,000円

SPECIFICATIONS

■機能/BASS、MID、TREBLE、LEVEL、MODE SELECT、BYP-SW
■コンプ最大圧縮比/20dB
■最大消費電力/10W
■外形寸法/214(W)×85(H)×205(D)mm
■重量/1.8kg