アウトボード・ブランドが送り出す真空管式インライン・コンソール

TL AUDIOVTC Series

2年ほど前だったであろうか、真空管を使ったさまざまなアウトボード・ギアを作っていたTL AUDIOが、ついにミキサーを作ったと発表した。DIGIDESIGN Pro Toolsがレコーディング作業の中でだんだんポピュラーになってきた時代に、あえてビンテージ機器に発想をおいたオール真空管ミキサーを作ったこのメーカーに非常に興味を持った僕は、実現はしなかったが、たまたま仕事で滞在していたロンドンでその現物をチェックしたい思いにかられたものだった。

はっきり感じとることができる
真空管ならではの艶と張り


さて、単純にサーキットに真空管が追加されたのではなく、チャンネル、モニター、グループおよびマスター・セクションのシグナル・パスに必要不可欠なパーツとして真空管を組み込んだこのVTCを紹介するに当たって、あえてディスクリート・アンプや1960年代の真空管機材の多い自分のスタジオGO-GO KING RECORDERSに本機を持ちこんでいろいろ聴き比べ、デジタル・オーディオ・レコーダーおよびDAWが一般化したこの時代に、このような製品が日本に正式に輸入されることになったことの意味を見つけていきたいと思う。


なお、今回チェックしたのは16chのVTC16だが、VTCシリーズには24chから56chの上位モデルVTC24、VTC32、VTC40、VTC48、VTC56もラインナップしている。


実は僕は、同社が今まで作ってきたEQやヘッド・アンプに対しては、少々優等生的な素直さを感じていた。真空管が持つ温かみというか、独特の2次倍音より、むしろすっきりしたフラットな音色にこのメーカーの製品の特徴があると考えていたのだ。その意味においては、本機から出てくる音も確かに同じ傾向がある。しかし、ここではっきりさせておかなくてはならないのは、必ずしも真空管の出す音の特徴はその低音部にある2次倍音成分だけで語ってはならない、ということである。


すごく感覚的な言い方ではあるが、中音域にある艶と張りは、真空管以外のものには出し得ないにおいがあるのだ。そして使用する真空管(のメーカー)の違いによって、その音色の持つ雰囲気や特徴は決定的なものになってくるのである。うれしいことに、本機にはその艶や張りといったものがはっきり感じとれる。決してワイルドではないが、シャッキリした出音は良い意味で個性的な音と言える。とにかく、1960年代以来初めての真空管コンソールを登場させたTL AUDIOのユニークな発想に拍手を送りたい。


使用されている真空管は
ECC83と12AX7Aの2種類


では、具体的にその内容を検討していこう。本機はインライン・コンソール(1つのモジュールにフェーダーが2系統ある。つまりチャンネル・セクションとモニター・セクションが同じモジュール上にある)で、チャンネルとMIX B(いわゆるモニター・セクションのことを本機ではこう呼ぶ)やステレオ・マスターのプリアンプにはECC83と12AX7Aという真空管が組み込まれている。これは、音作りの段階と録音された音をモニターする段階で、シグナルが2度の真空管ステージを通ってくることを意味する。さらに、ミックス・ダウン時にはテープ・リターンとステレオ・バス(マスター・フェーダーへ音が送られた段階)でもう2度。つまり、シグナルは合計4度、真空管ステージを通ってくることになる。こうすることで、シグナルが通るセクションで必ず真空管の持つ特徴が加わってくることになるわけだ。


メーター・ブリッジには10個のVUメーターがある。真ん中の2つはステレオ・マスターのメーターであるが、残りのメーターは本機が8バス仕様のため、各グループのレベル・モニターとなっている。オプションで各チャンネル用の16セグメント・グラフ・メーターも用意されているので、インプット・レベルのモニター等にも問題なく対応できる。デザインはオリジナルの方が良いのだが、プロ・スタジオでの使用を考えると、こちらのタイプを選択する方が良いと思う。


実は、真空管はこのメーター・ブリッジの後ろに設置されており、これによりベンチレーションが図られているのだ。この方法で真空管の放熱の問題を解消し、ミキサー表面が熱くなったりオーディオ・エレクトロニクスに悪影響を与えないように考えられている。パッチ・ベイはオプションで、19インチのバンタムが供給される。ワイアリングは手作業で行われたものが用意される。このパッチ・ベイも完全モジュール化されているので、メインテナンスの効率も良い。


さて、今やミックスとなるとオートメーションの有無は重要な問題であるが、本機ではサード・パーティによるフェーダーとミュートのオートメーション・システムが簡単に取り付けられるように設計されている。これは、購入時に希望があれば交換してくれることになっているのだが、今のところどのメーカーのものなのかは、残念ながら明らかにされていない。TL AUDIOからの説明では、代理店に直接問い合わせてほしいとのことだ。


至れり尽せりな
ミキサー機能


ここからは、実際の音作りについて検討してみたいと思う。プリアンプについては先程説明した通りだが、僕が所有するTELEFUNKEN V76と比べてみた。実際、使用する真空管の差さえなければ、決して1960年代の名器と呼ばれた機材に負けない音の張りと艶、抜けの良さを持っている。


次はEQセクションだ。中域用には、2つのパラメトリック(50Hz〜2kHz、500Hz〜18kHz)が採用されている。両帯域とも±15dBのブースト/アッテネートが可能だ。フィルターも、HF(12kHz)/LF(80Hz)ともに±15dBの設定。アウトボードでは以前より評判が高い同社のEQだが、本機では効き具合によりスムーズさが増しているようだ。歪みや位相のずれはさほど感じられず、柔らかく効く非常に上品なEQといえる。


MIX Bはいわゆるモニター・セクションなので、通常テープ・リターンが返っている。PANやSOLO、MUTEも装備されているし、EQもかけることができるので、録音中からさまざまなアイディアを試していけるだろう。それだけでなく、エフェクト・リターンを返すなど、ミックスのときにも幅広く使うことができる。もちろん、こちらにもサード・パーティから供給されるオートメーション・オプションが使用可能である。


メイン・チャンネル・フェーダーは100mmのALPSタイプが採用されている。通常だと音作りの最終レベルをこのフェーダーで決め、バスあるいはダイレクトでMTR等に送ることになる。また、ミックス時にはこのフェーダーでバランスをとっていく。VTCは8バス仕様だが、1番のバス・スイッチを押すと同時に9チャンネル、17チャンネル、25チャンネルにも同じサウンドが送られるよう設計されている。これは、SONY PCM-3348などの多くのトラックを持つMTRの使用が通常の今の時代に適したアイディアである。


では、マスター・セクションを見てみよう。AUXリターンには6つのステレオ・リターンが設けられていて、それぞれにはMUTEとSOLOがある。このフェーダーを利用して、ヘッドフォン・バランスを作り、ミュージシャンのヘッドフォンに送ることもできる。2系統のフォーン・マトリクスもあるので、こちらも活用できる。


コントロール・ルーム・セクションでは、ステレオ・ミックスやMIX B、2系統の2トラック・テープ・レコーダー・リターン、さらにエクスターナル入力(例えばCDなど)も送り出すことができる。これは、この規模のミキサーではかなり至れり尽せりな機能と言える。


その他、スタジオ出力やトークバック、オシレーターなど、レコーディングに必要なものはたいていそろっている。マスター・フェーダーはチャンネル・フェーダーと同じデザインのステレオ・フェーダーとなっていて、こちらもサード・パーティによるオートメーションにスイッチ可能である。周波数特性はそんなに広い方ではないが、クロストークやノイズなどはかなりクリアと感じられる。


と、いろいろ説明をしてきたのだが、一切アナログを経由しない音楽制作が始まっている今、VTCはかえってアナログのミキサー(特に本機のような真空管の機材)を通した音が生み出す倍音、歪みといったものが本当は音の艶となり芯となっていることを教えてくれる。デジタルの機材、シミュレーションの音にも良さはいっぱいあるのだが、人間のアイディアや手間をちょっとかけるだけで、その中にほかの人には出せない自分だけの質感や音作りが生きてくるものである。


デジタル時代にともすれば失いそうなものを補って確実にしてくれるアナログ機材。アマチュアには高いが、プロ機器としては安いという面白い位置にいる本機は、そんなことを再確認させてくれる製品だった。最後に、肝心なのはその音であるのだが、コピーをつけるなら"ダイナミック"の一言であると思う。TL AUDIOが胸を張って言う通り"向うところ敵無し"である。



▲VTCシリーズのチャンネル・ストリップ



▲VTCシリーズのチャンネル・ストリップ



▲VTCシリーズのチャンネル・ストリップ


TL AUDIO
VTC Series
VTC16(3,800,000円)
VTC24(4,600,000円)
VTC32(5,400,000円)
VTC40(6,200,000円)
VTC48(7,000,000円)
VTC56(7,800,000円)

SPECIFICATIONS

■入力/マイク入力(XLR、バランス)、ライン入力(ステレオ・フォーン、バランス)、モニター・リターン(ステレオ・フォーン、バランス)、インサート(ステレオ・フォーン)、メイン・インサート(ステレオ・フォーン)、グループ・インサート(ステレオ・フォーン)、AUXリターン(ステレオ・フォーン、バランス)、2トラック・リターン(ステレオ・フォーン、バランス)
■出力/メイン出力(XLR、バランス/フォーン、アンバランス)、スタジオ出力(ステレオ・フォーン、バランス)、コントロール・ルーム出力(ステレオ・フォーン、バランス)、ヘッドフォン出力(ステレオ・フォーン、アンバランス)、グループ出力(ステレオ・フォーン、バランス)、AUXセンド(フォーン、アンバランス)、MIX B出力(ステレオ・フォーン、バランス)
■入力インピーダンス/2.5kΩ(マイク)、10kΩ(その他)
■出力インピーダンス/100Ω(バランス)、47Ω(アンバランス)
■最大出力レベル/+26dBu(ダイレクト、グループ、LRバランス)、+20dBu(LRアンバランス、インサート・センド)
■最大ゲイン/+70dB(マイク入力〜ダイレクト出力)、+32dB(ライン入力〜ダイレクト出力)
■周波数特性/20Hz〜20kHz+0/−1dB(マイク入力@40dBゲイン)
■全高調波歪率/0.02%(ダイレクト出力)、0.03%(グループ、LR)
■クロストーク/−100dB@1kHz、−83dB@15kHz
■外形寸法/9,753(W)×2,997(H)×11,811(D)mm(VTC16の例)