エンベロープを自由にコントロールできる驚異のエフェクター

SPLTransient Designer Model 9946

SPLというメーカーはあまり皆さんにはなじみがないかもしれませんが、レコーディング・スタジオやプロ・ユース向けに、ユニークでポテンシャルの高い製品を出しているドイツのメーカーです。有名な製品としてVitalizerというエンハンサーや、その真空管仕様のものでサチュレート効果が得られるTube Vitalizerなどがあります。私自身もヒップホップ系の低域を作るときにはこれらの機材を必ずと言っていいほど使用しています。このほか、SPLからは歪み系でも良い製品がいろいろと出ていますが、今回紹介するこの製品は一体どのような効果が得られるものなのでしょうか。

アタックとサステインで
エンベロープをコントロール


Transient Designer Model 9946は、アナログ回路2チャンネル仕様のダイナミック・エフェクト・プロセッサーです。本機の場合、ダイナミックと言っても一般的なコンプレッサーやゲートとは発想が違い、音のエンベロープを変えることが主な目的となっています。つまり、入力された音のアタック部を速くしたり遅くしたり、サステイン部を短くしたり長くしたりといったことが自由にコントロールできるというものです。外観は1Uサイズとノーマルなタイプですが、フロント・パネルのカラーが少し変わっていて、ブラック面にダーク・ブルーのペンキで手書きの線を入れたような模様があります。


では、フロント・パネルの機能から見ていきましょう。実にスッキリしたデザインで、エンベロープ・コントロール用のアタックとサステインのツマミが2つあるほか、エフェクトのイン/アウト・ボタン、ステレオ・リンク・ボタン、シグナル・インジケーターといったものが並んでいます。


ツマミ類はクリック付きタイプを採用しています。向かって一番左にあるのがアタック・ツマミ。真上0がエフェクトのかかっていない状態で、その位置から右の+側に回すと徐々にアタックが速くなり、アタッキーで打点の強い音を作ることができます。反対に左の−側に回すとアタックが遅くなるので、アタック音の小さい音を作ることができるようになっています。


その横にはサステイン・ツマミがあります。アタック同様、真上0が何もかかっていない状態で、右の+側に回すとリバーブ音やリリース部などのサステイン音全般を大きく伸ばすことができ、左の−側に回すとサステイン部を短く、音を小さくしていくことができます。では、実際どのような音(効果)が得られるのか聴いてみましょう。


操作も非常に簡単で
いろいろな音を作り出せる


まずは、卓のインサーション端子に接続して、バイパス音を聴いてみました。多少レンジは狭くなりますが、まとまりが良い音で音質劣化はほとんど無いと言っていいでしょう。取りあえずいろいろな音を入力して効果を試してみましたが、すごい!のひと言。たった2つしかツマミはありませんが効果は絶大、信じられないくらいです。


始めに、リバーブのかかったドラム音のブレイクビーツやサンプリングのループ・ネタにかけてみました。アタック・ツマミを0から−側に回すと、キックやスネアのアタックがどんどん弱くなり、音も小さくなっていきます。ツマミを回し切ってみると、リバーブ音はそのままですが、キックとスネアはほとんど聴こえません。反対の+側に回していくと、こちらもリバーブ音はそのままで、キックとスネアが次第に大きくなっていきます。回すほど音が大きくなるだけでなく、アタック部分も強烈に出てきます。まさに驚きです。


さらに、その横にあるサステイン・ツマミも回してみました。−側に回すと、ブレイク・ビーツのキックとスネアの音はそのままでリバーブ音だけがスーっと小さくなります。+側に回せば、リバーブ音や余韻が大きくなっていきます。しかもすごく自然にかかるのです。


今度はブレイクビーツではなく、キックやスネア単体にかけて、アタックを+側に回してみました。すると"トフーン"と言っていたキックが"ドンっ!!"という音になり、アタックが前に出てスピード感がどんどん増していきます。まさに本物のミュージシャンが強くキックを打ったような音に変身するのです。スネアも全く同様です。また、スネア・ロールやシンバル・ロールのように、逆にもっとアタック音を減らしてなめらかにしたい場合には、アタック・ツマミを−側に回せば簡単にスロー・アタック音を作ることができます。もちろんツマミの位置でも効果の幅がかなり違うので、設定次第でいろいろな音を作り出すことが可能です。例えば、1つのスネア音からノーマルな音、打点の強い音、ゴースト音に使うアタックの弱い音などといった、3タイプの音も簡単に作り出せます。しかも、位相がズレるといったことも全くありません。


次はベース音。このベース音というのは意外と処理が難しいものです。ミックス時において、アタック音が付いたシンセ・ベースのアタック部のみ小さくしたいとか、反対に指で弦をヒットするアタック音のみ大きくしたいと思うこともしばしばありますが、そううまくはコントロールできないもの。しかし、何と本機ではそれが簡単にできてしまうんです。まるで、初めからそういう音であるかのように、弦の弾く音のみを大きくしたり小さくしたり、伸びている音をグィーンと大きく伸ばしたり小さく短くしたりできるのです。


今までは、このようなことをしようとすると、ゲートやコンプレッサーのキー・インやサイド・チェインなどを駆使して作っていましたが、さすがにプロのエンジニアではない限り、アーティストやミュージシャンの方には操作が意外と難しく、うまくかけることができずにあきらめてしまうことが多かったようです。しかし、本機の場合は違います。2つのツマミだけでだれでも簡単に、しかも素早く設定することができます。


まあ欲を言えば、アタックを強弱すると当然アウトプット・レベルも上下するので、ゲイン補正のためのトータル・アウトプット・レベルが付いているとよいのでは?などと、今後の要望が出てきますが、この素晴らしい音を聴いていると、そんなことはどうでもよくなってしまいます。高級ブランドのSPLにしては価格も低く抑えられているので、レコード・ネタやサンプリングを多用しているアーティストやエンジニアにとっては、まさに救世主となるでしょう。



SPL
Transient Designer Model 9946
79,800円

SPECIFICATIONS

■周波数特性/20Hz〜100kHz(100kHz=−3dB)
■全高調波歪率/0.004%@1kHz
■S/N CCIR 486-3/−89dBu
■S/N A-weightened/−105dBu
■入力インピーダンス/=100kΩ
■出力インピーダンス/<600Ω
■最大出力レベル/+24dBu
■最大入力レベル/+22.4dBu
■外形寸法/482(W)×44(H)×222(D)mm
■重量/2.25kg