プリセット搭載で初心者から上級者まで幅広く使えるチューブ・コンプ

HHBRadius 3

HHBはイギリスの音響メーカーで、DATのテープやレコーダー、モニター・スピーカー、各種プロセッサーなどで有名だ。特に、真空管を使ったRadiusシリーズは比較的に低価格で高品質な音が得られるため、注目を浴びている。今回紹介するRadius 3(Fat Manと愛称が付いている)はプリセット付きのステレオ真空管コンプレッサーだ。

ソリッド・ステート/真空管の
ハイブリッド構造


ハーフ・ラックで3U、見るからにずんぐりしていて、フロント・パネルのキャラクターのイラストも楽しい。HHB独特の紫のパネルはきれいだし、スイッチやツマミ類も信頼性が高い。リア・パネルのライン・イン/アウトと別に、前面に楽器入力用の端子がある。


回路の設計が面白いので、ブロック・ダイアグラムを説明しておこう。本機はソリッド・ステートと真空管のハイブリッドで、まずソリッド・ステートのインプット・アンプがあり、2段目に真空管がある。その後に、15種類のプリセットとマニュアル操作が可能なコンプレッサー(これは左右を加算した信号に対して働くので、常にステレオ・リンクした状態になる)がある。これは、VCAではなく、トランス方式。コンプレッサーのオン/オフ時のバランスをとるためのゲイン・メイクアップがあり、最後にアウトプットがある。つまり、コンプレッサーのオン/オフにかかわらず、真空管は常に働いているということだ。管はECC83/12AX7Aというデュアル3極管なので、1本でステレオ信号を独立して扱うことができる。ちなみに、普通の使用で管の寿命は3年、比較的安価で手に入れやすいものであるとのことだ。


シンセやサンプラーにも使える
真空管の音の良さ


Fat Manを、まずマニュアルを読まずに操作を始めてみた。ただインプットとアウトプットのレベルの調整をしているだけなのに、妙に音が良い。バック・ライト付きのメーターの表示をGAIN REDUCTIONにすると、既に少し信号が圧縮されているので、改めてマニュアルを読んで、真空管が常に働いていることにやっと気が付いた。音のニュアンスは確かにそうなのだが、ノイズが無くてとてもクリーンなので、ソリッド・ステートだけなのかと思っていたのだ。


それなら、ということで、コンプをオフにしたまま、フロント・パネルにエレキギターやエレキベースを直接突っ込んで、INPUT GAINとOUTPUT GAINをいろいろいじってみた。音、良いです。DIとして十分使える。普通にレベルを合わせてややチューブに引っかかるぐらいにしても落ち着いた良い音になるし、INPUT GAINをぎりぎりまで上げて、割れる寸前まで持っていっても、それだけでベースは腰の入った太い音色になる。ロック系のものなら、ここで歪ませておいても構わないだろう。ステレオ仕様なので、シンセやサンプラーなどに真空管独特の柔らかさや膨らみを加える用途にも使える。


ツマミ調整で雰囲気が変わる
使いやすいプリセット


Fat Manのコンプレッサーのパラメーターは、スレッショルド、レシオ(1:1.5から1:30まで)、ハード・ニーとソフト・ニーの切り替え、アタック・タイムの切り替え(0.5msec/5msec)、リリース・タイムの切り替え(0.2sec/1.5sec)、ゲイン・メイクアップ(コンプ・オン/オフ時のレベル合わせ用)となり、プリセットの15のプログラムではゲイン・メイクアップ以外のパラメーターが固定されている。


プリセットの内容は、ピンク・フロイドを手掛けたアンディ・ジャクソン氏をはじめとするエンジニアたちが実際にFat Manをマニュアル・モードで使い、"これでよし"としたパラメーターをそのままプログラムにしたもの。マニュアルに掲載されている内容とパラメーターの設定を参考にしながら音源をチェックしてみた。ボーカルとミックス用には、それぞれ軽/中/重のコンプレッションが用意され、なるほどね、という感じ。エレキギターのプリセットは、いったん録音した素材やDI経由のものを処理するためとあるが、デジタルのマルチエフェクターを経由した後にかけても音が膨らんで落ち着く。よくできているのは、やはりベースとドラム用のプリセットで、味気のないサンプラーからの音に迫力、色気が出る。どのプリセットでも、INPUT GAIN/OUTPUT GAIN/GAIN MAKE-UPのツマミの調整で、かなりニュアンスが変わる。特にドラム類の音源でINPUT GAINとGAIN MAKE-UPを極端に上げ、OUTPUT GAINを下げると、ハイブリッドな独特な歪みが得られる。ちゃんと高級感を残した、使えるサウンドだ。コンプレッサーは扱いにくいエフェクターなので、"使える"プリセットがはじめから用意されているのは初心者には親切な設計だ。


さて、さらに細かな調整をしたい場合は、マニュアル・モードでパラメーターの調整をする。効き方ははっきりしているので調整はやりやすいが、アタック/リリースがFAST/SLOWの切り替えしかないのは、少し物足りない気もする。もちろん、スレッショルドとレシオを丁寧に合わせれば、基本的な用途はそつなくこなせる。


Fat Manを実際に使ってみて大きな魅力だと感じたのは、音質がクリアで、なおかつ真空管の暖かみを持っている、ということだ。デジタル・レコーダーに入力する際にあらゆる音源に使えるし、出来上がった2ミックスの質感を変える用途にも適している。楽器用のDIとしても優秀だし、デジタル環境で作業している人にはぜひ試してほしい1台だ。



HHB
Radius 3
58,000円

SPECIFICATIONS

■入力インピーダンス/1MΩ
■コンプレッサー/レシオ(1