サンプラーとレコーダーを組み合わせた複合的な音楽制作マシン

ROLANDSP-808EX

ここ最近の新製品の多さはうれしい反面、ちょっと全部に目が行き届いていない感じもして気持ち的に大変である。もうハードウェアもソフトウェアも、かなりのクオリティのものがじゃんじゃん出ている。昔なら、価格で"これはコンシューマー用"とか"これはプロ用"とかはっきりしていた感じだが、最近は価格だけではその機材の善し悪しを判断することが難しくなっている。実際、非常に高価なものと比較的リーズナブルなものを比べても遜色無かったり、意外と安いモノの方が、音楽的には魅力的な音に感じたりすることもあるようだ。機材の進歩もいよいよ、分かりやすく"これは良い"とか"これはダメ"とか単純な二元論で言えないところまできた感じである。

Zipディスク・ドライブが
250MB対応に


今回レビューするSP-808EXは、SP-808の後継機に当たる。初代SP-808に関しては発売当時に自分がレビューをしたのであるが、基本的な機能や使い方は変わっていないので、そのときの記事(1998年7月号)を見てもらっても参考になるかもしれない。とは言え、最初に簡単にSP-808(EX)について、"どういった製品なのか"を説明しておいた方がよいだろう。このSP-808(EX)は、Zipディスクをメディアに採用したデジタル・レコーダーとサンプラーを組み合わせた製品だ。このデジタル・レコーダー部とサンプラー部を行き来することで、かなり自由な音作りが可能になる。さらには、マルチエフェクターやDビーム・コントローラー(後述)、3つのツマミ、ミキサー等も用意されており、通常のサンプラーやデジタル・レコーダー等と比べると、より"演奏する楽器"に近いものとなっている。そんなSP-808の今回の一番の改良点は、この機種の肝であるZipディスク・ドライブが100MBから250MBの仕様になり、メモリー容量が2.5倍に増量した点であろう。この機種に関しては、録音もサンプリングもZipディスクに直接メモリーしていくため、このバージョン・アップはかなり大きい。あと、目立つ改良点というか、もう見れば分かるのであるが、とにかくルックスがまったく変わっている(前は"VS"っぽいルックスだった)。全体の色的にも、パーム・レスト部のROLAND透かしロゴ的にもかなり格好良い。そのほか、ギターマルチやボーカルマルチ、COSMテクノロジーによるマイク・シミュレーターなど、新たに5種類のエフェクト・アルゴリズムが追加搭載されているのも大きな変化だ(表①)。プリセット、ユーザーのパッチもそれぞれ50種類追加され、プリセット149、ユーザー149パッチが用意されることになった。 表① 25種類の内蔵エフェクト・アルゴリズム またオプションとして、ステレオ3系統のアナログ出力端子とデジタル入出力端子(オプティカル/コアキシャル)、SCSI端子を追加できる従来のSP808-OP1に加え、XLRタイプのアナログ入出力端子とデジタル入出力端子(コアキシャル)、SCSI端子を追加するSP808-OP2が新たに用意された。SP808-OP2のアナログ入力端子はライン/マイクに対応しているので、マイクのダイレクトな接続も可能である。

デジタル・レコーダー部は
ステレオ4tr仕様


それでは、1つ1つの機能を見ていこう。フロントの向かって左がデジタル・レコーダー部、右上がリアル・タイムの操作系、右下がサンプラー部となっている。配置も含めてかなり使いやすくなっていて、やはりフェーダーは左手で、サンプラーのパッドやDビーム・コントローラーなどは右手にと、よく考えられていると思う。まずはデジタル・レコーダー部だが、冒頭でも触れたようにこのSP-808EXはメディアにZipディスクを採用し、それに直接録音していくタイプである。この考え方はデータ管理(ハード・ディスク・レコーディングではこれは結構な労力)等の点から考えると非常に分かりやすく、合理的であると言える。スペック的には、最長録音時間はサンプリング・レート44.1kHzモノラルで122分、サンプリング・レート32.0kHzモノラルで169分と、サンプラー部と共有とは言え十分過ぎるメモリーだ。また、同時録音可能なトラック数はステレオ1trで、同時発音可能なトラック数はステレオ4tr。同時発音数に関してはサンプラー部との共有であり、サンプラーとデジタル・レコーダー合わせて4trになる。なお、カット、ペーストなどのひと通りのオーディオ編集は当然可能である。音の特性は、独自のサウンド・フォーマットとうたってはいるが、印象的には"VS"の音だ。まあ、メーカーが一緒なので当たり前ではあるが......。ちなみに操作性もかなり似ていて、"VS"ユーザーであればすぐにでも使えると思う。ミキサー部では、各トラックごとにエフェクトのON/OFFやEQ(3バンド)を施して音質を調整/加工可能だ。また、外部エフェクター等を利用できるようにAUX IN/OUTも装備している。もちろん、通常のMTRのようにバウンスしてトラックをまとめていったりすることも、デジタルならではの音質劣化無しに行なえる。

フレーズ・サンプラーに特化した
サンプラー部


サンプラー部は、フレーズ・サンプラーに特化したものと言える。もちろん、通常のサンプラー的な使い方も可能だが、いろいろと独自の機能を持っているため、それは結構もったいない。その独自の機能を順に見ていくと、タイム・ストレッチ機能によりまずフレーズ・サンプル同士のテンポ合わせが大変容易である。まずは、基本にしたいテンポのサンプルを指定し、次にテンポを変えたいサンプルを指定。後は、そのテンポを変えたサンプルをどのパッドに記録するかを指定するだけだ。これで、サンプル同士のテンポがぴったりと合ってしまうという簡単さである。もちろん通常のパーセンテージやBPMを指定してのタイム・ストレッチを利用することも可能だが、この簡単さはうれしい。また、チェンジ・ピッチ機能を使えば、再生時間は変えず音のピッチだけを変えることもできる。この際、変換のグレードも指定可能だ。次に、サンプリングCD等を利用する際に便利だと思われるのが、オート・ディバイド機能。これはサンプリングの際に音が途切れたら(この時間も指定可能)、自動的にサンプルを分けてパッドにサンプリングしていくといった機能である。適当に途切れているサンプルをバラす際には、かなり効果的かと思われる。さらに一部のサンプラーの単体機でおなじみのリサンプリング機能もあり、豊富に用意されたエフェクトをかけて、別のサンプルを作り出すことも可能なのだ。サンプリング時にエフェクトをかけ録りすることもできるが、元の素材は残したい場合や、2つ以上のサンプルを混ぜて1個のサンプルにしたいときには威力を発揮する。さて、このサンプラー部であるが、Zipディスク1枚につき16個のパッド×64バンク=1,024サンプルを扱うことができ(同時に扱えるサンプルは1バンクで16パッドまで)、さらにこのサンプルの発音タイミングを記憶する、言うなればシーケンサー機能も持っている。この部分はトラック数は4tr、分解能は=1/96となっており、リアル・タイム入力はもちろんステップ入力にも対応したものとなっている。実はこのシーケンサー機能というのは、パッド上のサンプルがデジタル・レコーダーのトラック上に配置されていくことを意味する。つまり、デジタル・レコーダー部には直接レコーディングしていくことも可能だし、サンプラー部の音をシーケンスを組みながら置いていくことも可能なのだ。これによりサンプラー部とデジタル・レコーダー部の間を、自由に行き来しての音楽制作が可能だ。

リアル・タイムの操作性に優れた
"演奏する楽器"だ


さて、SP-808EXの最大の特徴は、やはりコントローラー部分にあるだろう。ROLAND独自のDビーム・コントローラーと3つのツマミは、本機を単なるサンプラー+デジタル・レコーダーから、"演奏する楽器"へと発展させている。実際操作していると、この機能は意味も無く触りたくなる。再生すると、取りあえず何か音を変化させたくなってしまい、落ちつき無い感じになるのだ(笑)。付属のデモのサンプルや曲に対してこのコントローラーを試してみると、デモのかっこ良さも相まって、かなりそれっぽい感じに聴こえるはずだ。これだけで、かなりの時間遊んでしまう。余談だが、最近の機材のデモはかなり面白く出来も良いので、「使う側の人間はもっと頑張らないと」と思う。それぞれのコントローラーについて見ていくと、まずはDビーム・コントローラー。ここでは2つのビームがコントローラー部分から発射されている。そして、ビームの上に手をかざすことによって距離と左右の位置が認識され、対応したパラメーターが変化することになる。分かりやすく言うと、どこかTheremin的な感覚。このDビーム・コントローラーは感度を調整可能なため、扱いやすいように自分なりの設定にもできる。ここで扱えるものは、エフェクトのパラメーター、再生ピッチ、フィルターだ。そして、パッドをトリガーすることもできる。また、エフェクターのプリセットで"V-Synth"を選べば、まさにThereminの現代版的な感覚で内蔵シンセを演奏することも可能である。次にツマミであるが、これは3つ装備されている。エフェクトのパラメーター的には、ツマミの方がコントロールしやすい場合に有効だ。やはり、アイソレーター(音の周波数を高中低に分け、それぞれをカット/ブーストする定番エフェクト)なんかはツマミの方が気分が出る。もちろん、内蔵エフェクターのパラメーターやフィルターもコントロール可能だ。2年ぶりにレビューしてみて、正直な感想は「結構面白かった」だ。普通に便利なのもそうだが、通常の曲作りの概念や制作過程を完全に崩して作れる可能性と雰囲気がある。リサンプリングやデジタル・レコーダーによる音の加工は際限無くできるし......。具体的に言うと、まず単音のサンプルから自分でフレーズを作り、エフェクトをかけリサンプリング。それに別のエフェクトで変化を付けサンプリング、さらにDビーム・コントローラーやツマミで演奏し、デジタル・レコーダー部へレコーディング。それをまたサンプリングしてバラバラにして、再度フレーズを作って......等々と、際限無く変化を付けてカオス状態で曲作りができるのだ。まさに、無限パターンと運の曲作り。ある意味、人力Max/MSPか? と、自分で書いていて、素直に「面白そう」と思う。しかも、操作が良い意味で幼稚で簡単なのがうれしい。もちろん、ライブ等への利用も、操作性を含めて合っているのは言うまでもない。コンピューターと比べて頑丈であろうし、Zipディスクでの曲の管理も容易だ。さらに、Dビーム・コントローラーでの視覚的要素も大きいだろう。

▲SP-808EXのリア・パネル。入出力端子は左からMIDI OUT/THRU、MIDI IN、FOOT SWITCH、AUX OUT(LR)、MASTER OUT(LR)、PHONES、AUX IN(LR)、LINE INPUT (LR)、INPUT (MIC)となっている

ROLAND
SP-808EX
119,000円

SPECIFICATIONS

■オーディオ・データ・フォーマット/SP-808オリジナル・フォーマット(R-DAC)
■最大同時発音数/ステレオ×4(パッド、トラック合計)
■トラック数/ステレオ・トラック×4(同時録音可能数は1)
■サンプリング周波数/44.1/32.0kHz(バリピッチOFF時)
■AD変換/20ビット、64倍オーバー・サンプリング
■DA変換/20ビット、128倍オーバー・サンプリング
■内部処理/24ビット(デジタル・ミキサー部)
■チャンネルEQ/3バンド・パラメトリック方式×5(トラックA〜D、インプット)
■周波数特性/10Hz〜21kHz(@44.1kHz、+0/−3dB)、10Hz〜15kHz(@32.0kHz、+0−3dB)
■外形寸法/394(W)×99(H)×343(D)mm
■重量/4.3kg