
VP-9000の出現は、2000年代最初の大ニュースである。サンプリングというものの歴史を将来から振り返ってみたときに、2000年は大きな変化の年として語られているだろう。実は今までにも数多くのサンプラーは存在したし、サンプラーは常に進化し続けてきた。しかし残念ながら革命的なものは無く、サンプル・レート/ビット数、音質の向上とメモリーの増大化以外の変化はほとんど無かったと言ってもいいだろう。そういう意味では、あまりに長い期間サンプラーは根本的な進化の無い"第一世代"だったのである。例えばシンセサイザーにおいて1980年代、YAMAHAのDX7が衝撃的なデビューをしてデジタル・シンセの時代へ突入したように、そういった世代交代、転換期がついにサンプラーにもやってきたと言えるだろう。
この転換をもたらしたVP-9000は、ROLANDのVギター、Vドラム、VスタジオなどのVプロダクツの名を継承したモデルだ。この"Vは"VプロダクツのVであると同時に、"VP"はVARIPHRASE PROCESSORという意味をも持っている。そう、これはサンプラーを越えたバリフレーズ・プロセッサーという名にふさわしい、すさまじいテクノロジーが応用された新世代の音楽制作ツールなのである。さて、どこがどう"次世代"なのか、どこがどう"すさまじい"のか?
バリフレーズ技術でリアル・タイムに
ピッチ、タイム、フォルマントを操作
いかにこのサンプラーがとてつもないかということを分かりやすく説明するために、まず従来のサンプラーについて復習しよう。そもそも、音をメモリー上に録音(サンプリング)して、その読み出し速度を変化させることによってピッチ(音程)が変わることを利用したのがサンプラーだった。ただし、音の高さが高くなるという場合には、それだけ早く読み出しをしていることになるので、当然ながら音は短くなる。ちょうどテープ・レコーダーの早回しと同じことだ。そしてその結果、音程を高くすれば再生テンポが速くなってしまう。また、人間の声や楽器をサンプリングして音程を上げた場合、その声や楽器の音の特徴にかかわる部分(フォルマント)も音程が上がってしまうので、子供の(というよりおもちゃの)声やおもちゃの楽器のようになったりした。そのため楽器の音をサンプリングしても、音程を変えるだけではその楽器の全音程をカバーすることができなかったのだ。その回避策としては、音域ごとに分けたマルチサンプリングを行なってきた。しかしこれは、膨大な手間とメモリーを必要とする。しかも、楽器音は何とかできても、フレーズに対してはなすすべがない。今までわれわれは、これらの問題は理論上どうすることもできないものとして受け入れ、音楽制作をしていたわけである。しかし、VP-9000はそのすべてを克服してしまった新しいサンプラーなのである。技術的なことは置いといて、テンポを変えても音程は変わらないし、音程を変えてもテンポや音質が変わらないのである。さらに音程もテンポも変えないで、フォルマントを変化させることもできる。しかもそれがすべてリアル・タイムにツマミで行なえるのだから驚きだ。しかも、無理に音を引き延ばしたり縮めたりしたようなサウンドではなく、ごく自然に極めて極端な変化も作れてしまうのである。
3種類のエンコードで
サンプル波形を解析
このリアル・タイム処理を行なうためには、最初に各サンプル波形に対して"エンコード"という解析処理を行なう必要がある。エンコードは3種類用意されており、音の特徴から選択することになる。"SOLO"はボーカルや楽器などの単音フレーズなどで、ピッチ、タイム、フォルマントの全情報を精密に抽出する。"BACKING"はドラムやパーカッションのリズム・パターンに最適で、ピッチとタイムの情報を抽出する。"ENSEMBLE"はストリングス、ブラス、パッド・サウンドなどの和音やアンビエントを含む音に適しており、ピッチとタイム情報を抽出する。また、これらは情報として持つだけで元のサンプル・データは非破壊で保存されるため、エンコードのやり直しは何度でも可能だ。エンコードが終わると、MIDI鍵盤や本体パネルにあるプレビュー・ボタンでも再生可能だ。音を再生しながらパネル右上に用意されたバリフレーズの3つのツマミを動かすと、リアル・タイムに音を変化させることができる。また、ツマミと同様の変化をMIDIのコントロール・チェンジでも行なえる。試しにドラム・パターンをサンプリングしてエンコード後、タイム、ピッチなどのツマミを動かすと、驚くべき変化が非常に自然に行なえた。古いサンプラーに長く親しんできた方には、この驚きは一層強烈なものになるだろう。こんなことができていいのか? まるで、石器時代の人間が現代社会に突然舞い降りたような衝撃である。また、MIDI鍵盤で演奏した場合にはサンプルの長さが変わらずに音程が変わるので、ループやフレーズものでも何も意識することなくハーモニー的な演奏ができてしまう。なお、ポリフォニックでタイム・シンク・モードを利用すると(図①)、演奏途中で別の鍵盤をNOTE ONすれば、演奏中のサウンドに途中からのハーモニーを加えられる。これを使えば途中からハモったり、ハーモニーの音程を途中で変えたりといったことも可能だ。また、モノフォニックでレガート・モード(図①)にすると、演奏中にNOTEを変えることでフレーズの音程が途中で変化する。これでフレーズをまったく新しいメロディにしてしまえるわけだ。

マニュアル無しでも操作可能な
分かりやすい構造
まずはマニュアル無しで操作してみたが、メニューの階層がしっかりしていて迷わずに操作できた。基本的なモードの選択は、左下にある6つのボタンで行なう。マルチティンバーや鍵盤への設定を行なう"PERFORM"、サンプリングした音の各種設定を行なう"SAMPLE"、サンプリングや波形レベルでの編集を行なう"SAMPLING"(図②)、ユーティリティ関係を集めた"UTILITY"、システム全体の設定を行なう"SYSTEM"、ディスク周りを管理する"DISK"の6つだ。


さまざまなフォーマットに対応
入出力部も充実している
計算処理などがまだまだ複雑なのだろうが、現在最大同時発音数は6音とちょっとさびしいが、一度に読み込めるサンプル自体は1,024までとなっている。またメモリーは標準で8MBだが、SIMMで簡単に拡張可能だ。32MBを4つのスロットに挿し込めば(64MB SIMMには対応していない)、取り外し不可の8MBに加えて最大136MBまで拡張できる(JVシリーズの音色ボードの拡張のようにラックの上部の蓋を外して取り付ける)。最近の製品はコスト・パフォーマンス優先のために作りが貧弱なものが多かったが、VP-9000は久しぶりにしっかりした製品になっている。中でも、特に充実しているのが入出力部だ。出力はステレオでメイン・アウトに加えダイレクト・アウト1、2があり合計6系統、これはバランス・アウトにも対応している。サンプリング用のオーディオ・インもステレオ(バランス対応)で、ゲイン切り替えスイッチ(+4dB、−10dB、−20dB)付きだ。加えてフロント・パネルにも入力端子が用意されており、切り替え可能となっている。デジタルは、オプティカルとコアキシャルのイン/アウトがそれぞれ用意されていて完璧だ。また250MBにも対応したZipドライブが内蔵されているが、それに加えてSCSI端子も何と2つ(D-Sub25ピン、アンフェノール50ピン)用意されている。対応サウンド・フォーマットは同社のS-700シリーズに加え、WAV、AIFFや業界標準になっているAKAIのS1000シリーズなどのウェーブも取り込める。もちろん、これらの波形もエンコードを行なえばバリフレーズの恩恵を受けることになる。なお、内蔵エフェクターはマルチ、コーラス、リバーブの3系統が別々に用意されている。特にマルチエフェクト(表①)は40種類の"M-FX"を搭載し、COSMギター・アンプ・シミュレーターやスペース・コーラス、テープ・エコー・シミュレーター、アナログ・フェイザーなど種類も豊富だ。また、3つのエフェクトと6つのアウトプットのルーティングが画面でかなり自由に行なえるのも素晴らしい。


SPECIFICATIONS
■音源/バリフレーズ方式
■最大同時発音数/6音
■パート/1〜6
■インターナル・メモリー/パフォーマンス(1)、フレーズ・マップ(各パートごとに12サンプル)、サンプル数(1,024)、ウェーブ・メモリー(標準8MB、最大136MB)
■エフェクト/リバーブ(9種類)、コーラス(1種類/8タイプ)、マルチ(40種類)
■サンプリング周波数/32/44.1/48kHz(サンプリングおよび再生時)、8/11/15/16/22.05/24/30/32/44.1/48kHz(インポート時)、44.1kHz(内部)
■データ・フォーマット/16ビット・リニア(インポート時は8、16ビット対応)
■信号処理/20ビット(AD/DA変換)、24ビット(内部処理)
■周波数特性/20Hz〜20kHz、−3/+3dB
■入力インピーダンス/10kΩ(AUDIO IN/フロント)、10kΩ(STEREO IN/リア)
■出力インピーダンス/2kΩ(バランス)、1kΩ(アンバランス)
■外形寸法/482(W)×302(H)×87.8(D)mm
■重量/5.4kg