
ブルーのパネルが印象的なTUBE-TECH製品は、今やどこのスタジオに行っても必ず見ることができます。私がTUBE-TECH製品を知ったのは確か14年くらい前で、当初はPULTEC社のチューブ・イコライザーのフル・コピー・モデルを出している会社という印象しかありませんでした。その後独自に開発したコンプレッサーを発売し、あっという間にレコーディング・スタジオの定番機材になったのを覚えています。
現在TUBE-TECHからは、LCA 2Bというリミッターと、FAIRCHILD 670をシミュレートしたプリセットも内蔵されているステレオ・コンプレッサーが出ていますが、どちらも圧縮感の少ないしっかりした音で大変人気があります。そんな同社からこのほどステレオ・マルチバンド・コンプレッサーSMC 2Aが発売されました。マルチバンド・コンプレッサーと言えば、T.C.ELECTRONIC社のFinalizerなどのデジタル製品を思い浮かべますが、本機はチューブ回路を採用しています。さてTUBE-TECHはどんな製品を提供してくれるか、早速チェックしてみましょう。
シンプルな回路デザインに
厳選されたパーツ類を使用
SMC 2Cは、ステレオ・チューブ仕様の3バンド・オプティカル・コンプレッサーです。LとRは別々には使用できません。1チャンネルのモノラルとしては使用できますが、あくまでステレオ・コンプレッサーとしての使用を前提として作られています。ところで、オプティカル・コンプレッサーって何?と思う方も多いと思いますが、コンプレッションする回路の素子にオプティカル(フォトカプラー)素子が使用されているということで、実際に使用する場合は気にする必要はありません。それでも仕組みをよく理解したいという方は、本誌セミナー「ミュージシャンのための音楽回路術」の畑野さんが書いた「前代未聞の激レア・サウンド! VintageLimiterを作ろう!!」(1999年7月号P216)を読むと良いでしょう。本当に分かりやすく書いてあります。それでは外観から見ていきましょう。サイズは3Uのラック・マウント・サイズです。色はおなじみの渋いブルーで、同社の製品は発売当初からすべてこの色で統一されています。入出力のXLR端子はリア・パネルにあり、確定入出力レベルは+4dBで2番HOTです。このようにラック・サイズが大きいチューブ製品では、放熱の理由からリア・パネルにチューブがむき出しになっている場合が多く、コード類が直接当たり熱で溶けたり、ラック・マウントする際に破損したりと、取り扱いには大変気を使います。その点TUBE-TECH製品はすべてケースの中に入っており、安心して取り扱いができます。放熱も良くチューブ製品ということを忘れてしまうぐらいです。今回はチェックということで中を見させていただきましたが、よく考えられたシンプルな回路デザインで、無理をしている個所がありません。パーツ類も手を抜いたところがなく、チューブにはCL1Bの後期から使用しているGolden Dragon製が8本使用されています。コンデンサー類はEVOX RIFA製のMMK(真空蒸着アルミ電解のメタライズ・ポリエステル・フィルム・コンデンサー)が多く使用され、音の悪い電解コンデンサーは極力少ない使用にとどまっています。トランスフォーマーはLUNDAHL製の静電シールド付きです。そのほか、導電プラスティックポット、電源トランスなどパーツ類は厳選されており、音の悪くなる要素が見当たりませんでした。図 SMC 2A ブロック・ダイアグラム
まったく同じ仕様の3バンドが
上から順に並んでいる
次にフロント・パネルを見てみましょう。一番左側には、各バンドが受け持つクロスオーバー周波数を決めるつまみ2つと、スイッチ・レバーがあります。クロスオーバー・ハイでは、ハイ・バンドとミッド・バンドが受け持つ周波数を設定します。値は1.2kHz〜6kHzまでの可変です。クロスオーバー・ローでは、ロー・バンドとミッド・バンドが受け持つ周波数を設定します。値は60Hz〜300Hzですが、横にスイッチ・レバーがあり×1から×4側にすることで240Hz〜1.2kHzに切り替えることができます。その右側にはコンプレッサー・セクションがあり、3バンドともまったく同じ仕様のものがハイ、ミッド、ロー・バンドの順に上から並んでいます。それではコンプレッサーの各つまみを見てみましょう。左から順にスレッショルド、値はoffから−20dBまでです。offポジションではコンプレッサーはかかりません。ここでは実際のコンプのかかりの深さと思えばいいでしょう。次はレシオ、値は1.5:1〜10:1です。実際にコンプレッサーがかかったときの圧縮比です。その横がアタック・タイムで値は3msec〜60msec、音を感知してコンプレッサーがかかるまでの時間です。続いてリリース・タイム、値は60msec〜2sec、コンプレッサーの圧縮を解除するまでの時間です。最後にアウトプット、値はoff〜+10dBがあり、コンプレッサーの圧縮を解除して小さくなった音をここでゲイン・アップします。各バンドにはそれぞれLEDメーター(11ポイント)が付いており、コンプレッサーのかかりが確認できます。このメーターはよくできているのですが、しかし私にはどうしてもVUメーターの方が見やすいと感じてしまいます。なぜなら、VUメーターは大きさ形はいろいろあっても、実際に針が表示するところは+3〜−20dBとすべて同じだからです。たまに+5dBまで表示するものもありますが、まったく同じ感触で見れます。それに比べ、LEDメーターは機種によりすべて表示の仕方が違います。毎日コンソールやレコーダーのVUメーターを見ているエンジニアにとっては、チラっと見ただけですぐ読み取ることができるVUメーターは、かなり重宝しています。本機も装備しようと思えば装備できるスペースがある分、とても残念です。フロント・パネル一番右側には、3バンドすべての音量を一斉にコントロールできる、トータル・アウトプットのつまみがあります。値はoff〜+10dBとなっています。その下にはコンプレッサーのon/offスイッチ・レバーがあります。各バンドのon/offは先ほどの各スレッショルドでも行なえますが、その場合あくまでコンプレッサー回路は動作しているので、各バンドのアウトプットつまみは生きていることになります。3バンドすべてを一斉にバイパスにする場合は、このスイッチ・レバーをoffにします。
1つの音に対し周波数帯域ごとに
コンプレッサーがかけられる
さてフロント・パネルの機能を見てきましたが、マルチバンド・コンプレッサーが何か分からない方もいると思いますので、少し説明をしておきます。通常、普通のコンプレッサーは1バンドです。1つのコンプレッサーが、入ってきた音の全周波数帯域にかかります。その場合、不具合が出るときがあります。今日の音楽では、レベル的に見るとキックやベースの低域が大きい曲が多く、1バンドだとキックが入ってコンプレッサーがかかったとき、低域のキックだけでなく中高域すべてのレベルが下がります。その結果キックと一緒にスネアやハイハットなども下がってしまいます。そこで登場したのが、マルチバンド・コンプレッサーです。本機の場合3バンドなので、1つの音に対して3台のコンプレッサーを使用して周波数ごとに受け持つコンプレッサーを振り分けるのです。本機ではクロスオーバー・ハイつまみを4kHzに、クロスオーバー・ローつまみを200Hzに設定した場合、ハイ・バンド・コンプレッサーが4kHz以上を、ミッド・バンド・コンプレッサーが200Hz〜4kHzを、ロー・バンド・コンプレッサーが200Hz以下をおのおの受け持ちます。こうするとスネア付近だけにコンプレッサーをかけたり、キックやベースにだけかけたり、周波数帯域ごとにかけられます。
クリアで芯のある明るい音で
チューブ独自の倍音もよく出ている
それでは実際に音を聴いてみましょう。初めにすべてのバンドを同じ設定にして約5dBぐらいコンプレッションして聴いてみます。低域が減り中高域のみのような変な音です。メーターを見るとロー・バンドのみコンプレッサーがかかっています。聴いている曲は自分がミックスしたメソッドマン(ヒップホップ)で、低域が非常に大きい曲です。そう、このコンプレッサーはマルチバンドです。低域が大きい曲ではロー・バンドのコンプレッサーしかかかりません。普通のコンプレッサーとまったくかかりが違います。本機を1バンド・コンプレッサーのように使用するには、ロー・バンドの設定でハイとミッド・バンドが同じように動く、リンク・スイッチがないとダメです。本機にはそのリンク・スイッチがありません。取りあえず1日中いろいろな音をいじりながら聴いてみましたが、恐ろしく奥が深い製品だと思いました。ノーマルな設定というものがないので、ほんの1〜2日使用しただけでの音の評価はしづらいのですが、質感はこってりチューブの音というより、同社のステレオ・コンプLCA 2Bの音に近い、クリアで芯のしっかりした明るい音です。深めにかけても音がヤセてつまることもなく、また音像が遠のくこともありません。大変素直でヌケもよく、チューブ独自の倍音もよく出ています。その分ファット感や厚みは出にくいタイプです。マスタリングや2ミックスに薄くかけて使用するとおのおのの音がシャープによく見えるようになりグレードが1ランク上がる感じになります。
イコライザー的な使用もでき
設定次第でさまざまな音が作れる
とは言うものの、本機の場合、設定次第でこってり厚みのある音も作り込めます。「作り込む」という言葉がまさに正しく、ベースのみブーンと伸びた音にしたり、スネアやベースはそのままでハイハットのみダイナミクスを無くしたり、ボーカルの音量はそのままでスネアのみ下げたり、といったように、本当に設定次第でかなりいろいろな音を作り出すことができます。これは素晴らしいと思ったのは、ブレイクビーツの処理です。リズムがブレイクビーツのステレオ2トラックにしかないような曲をミックスしていると、「スネアのみ上げたい」などという欲求が出てきます。その場合、3バンドのアイソレーターなどで欲しい音を抜き出したりいろいろ苦労していますが、本機では3バンドのアイソレーターやイコライザーとしても使用できるので、見事にスネアだけ、キックだけを抜き出したりできます。抜き出すだけでなくコンプレッサーで音作りをすれば、「キックはアタックを出し、スネアは締めてパンチを付け、ハットの音量は下げるが音全体はコモらせない」、などという無茶なことも大体すべて対処できます。そのほか、女性ボーカルは高域のヌケを保ったまま耳に硬い部分のみコンプをかけて抑える......など、今まで苦労して作っていたハスキーなボーカル音も作れました。慣れてくるとツボが分かり設定も早くなりますが、バンド・リンク・スイッチと同社の他機種コンプレッサーのように、簡単なオート・プログラムやプリセットが装備されているともっと使い勝手が良くなるので、ぜひ今後実現してほしいです。TUBE-TECHの製品にしては比較的手ごろな価格ですが、やはり高価な機材です。ほとんどの操作をマニュアルで行なうことを考えると、マスタリング現場やPro Toolsなどでじっくり音を作り込みたいという方にはうってつけの製品だと言えるでしょう。

SPECIFICATIONS
■入力インピーダンス/2kΩ以上(バランス・トランス付き)
■出力インピーダンス/60Ω以下(バランス・トランス付き)
■ゲイン調整範囲/マスター・ゲイン(off〜+10dB)、Low/Mid/High各バンド(off〜+10dB)
■歪率(THD+n@40Hz)/0dBu(0.10以下)、10dBu(0.10以下)
■最大入出力レベル(1%THD+n)/+26dBu以上
■ノイズ(Rg=200Ω)/出力ゲイン位置=0dB/+10dB(22Hz〜22kHz