レコーディングのフィールドでは知らない人がいないWAVESだが、PAでも、WAVESのプラグインを使うための工夫をするのが一般的になりつつある。同じプラグイン・エフェクトがレコーディングと共通で使えることのメリットは大きい。そして、これらのプラグインを使用できるソフトウェア・ミキサーeMotion LV1が2016年に発売され、そのハードウェア版と言えるeMotion LV1 Classicが今年2月に国内で発売された。物理フェーダーを備える本機について、早速見ていく。
最大64ステレオ・イン/44ステレオ・バス 独自開発のプリアンプを16基搭載
eMotion LV1 Classicは、64モノラル/ステレオ入力チャンネル、44モノラル/ステレオ・バスという仕様で、モノラル・フェーダーがそのままステレオ・フェーダーになる。このサイズにしては驚異的な数である。背面には、フル・ディスクリート・アナログ回路を採用したWAVESオリジナル・デザインのプリアンプ16基を搭載。倍精度32ビット・フロート・ミックス・エンジン(44.1~96kHz)なので、ノイズや音割れの心配も少ない。入力端子はすべてXLR/フォーン・コンボ・ジャックで、リハーサル・スタジオや、小規模なPAでライン入力を扱う場合でもコネクター変換の必要なく使用することができる。
ネットワークはSoundGridに対応していて、リダンダントというシステムではないが、ステージと客席に関しては二重化できるということだ。背面下部に4個、上部に2個のUSBポートを備えているので、ハブを介さずにコンピューターなどをつなげられるのは便利である。また、タブレット使用時のルーターや、コンピューター・キーボード、トラック・ボールなどを直接つなげられる端子も豊富に備えている。DanteやMADIはWSG Bridgeを使うことで対応できるので、その予算は組み込んでおいたほうが良さそうだ。
21.5インチのマルチタッチ・スクリーンを使いPA卓をDAWのようにコントロール
LV1は初めて触る。製品レビューでは、まずは何の情報もない状態で使用してみることにしている。箱から出してみると、16フェーダーのコンパクトなコンソールではあるが、21.5インチのマルチタッチ・スクリーンの大きさに圧倒される。本体重量は17.2kgで、1人で楽に持てる重さである。一般的な事務テーブルが奥行き450mmなのに対し、本体の奥行きは561mmで、ゴム足の位置はギリギリだが乗せられる。安定を考えるとあと1cmずつ内側だとありがたかった。コンソールの縦幅によっては、立ったり座ったりを繰り返すこともあるが、402mmの高さとその角度はまさに大型のノート・パソコンを開いているかのようで、固定の位置から動かずにすべてにアクセスできる。画面の上のほうをタッチするときに立ち上がるような必要は全くない。
独立した2系統の電源が用意されていることと、プッシュ式のパワー・スイッチが付いていて、パワー・オンやトラブル時のシャットダウン、そして音声に影響なく制御部だけリスタートできることは、安全面も行き届いていると言える。起動には1分近くの時間がかかった。
各ミキサー・チャンネルには最大8つのプラグインが見えて、デフォルトでWAVES eMoシリーズのフィルター、EQ、ダイナミクスの3つのプラグインが入っているが、出し入れは自由に行える。つまりDAWを標準のPA卓としてそのまま使えるようなセットアップがしてあるということで、違うプラグインに切り替えることは瞬時にできる。
操作に関して確認してみる。他社製デジタル・ミキサーの良い面を取り入れているということだが、さらにDAW的な要素も含まれていると感じる。それぞれを知っていることでスムーズに扱える感触があり、やはりオリジナルな操作感と言っていいかと思う。それだけに“あの操作子は一体どこに?”ということもしばしばあった。特にエフェクトのセンド・マスターがなかったのと、リターンの音量が固定されていたのは驚いた。
パッチ画面は大きくて扱いやすいのだが、うっかり触れてしまうことがあるので注意が必要だ。パッチが変わったことには気付きにくく、トラブルかと思ってしまい、多くの時間を消費することにもなる。
さて実際にいつもの音源とマイクを入力して音を出してみる。繊細なサウンドという印象だ。マスタリングと同じ感覚で、マスターにプラグインを挿していくことで、トータルのサウンドに厚みを加えてみた。
当初、96kHzで使っていたが、プラグインを挿しすぎるとDSPが圧迫されてエラー・ゾーンに入ってしまい、48kHzに切り替えると負担が減ったことが確認できた。画面上に数値が表示されるので、それを見ていれば心配はないが、DSPを増設して自由に使える環境にするのが理想的かと思う。
オプションで複数マイク・ゲインの自動制御やイヤモニの中で360°パンニングが行える
実際のPAでの使用を試みた。モニター・アウトはステレオにして、8バンドのパラメトリックEQと30バンドのグラフィックEQのプラグインを利用した。コントロールにはキーボードとトラックボールを使うことをお勧めする。フェーダーではなくツマミがゲインになる、Altキーを使ってリセットするなど、一目では分からないところがあるが、慣れれば大丈夫で、拡張ディスプレイを利用すれば、かなり広範囲にコントロールを監視することができる。
アコースティック・ギター弾き語りのPAを行い、使い心地とサウンドをチェックした。
100mmのALPS製フェーダーの感触は良く、特に0dBから+5dB辺りの変化の仕方がスムーズに感じた。
チャンネル画面とコンソール画面を行き来しながら音を決めていく。プラグインを簡単に変更することができるので、自分の出したい音に明確な方向があれば、そこに向かっていくことができると感じた。モニターを決めるときにAPPLE iPad用のアプリMixTwinを使ってみた。
画面の中は小さいが、完全なミラーリング画面なので新たな操作を覚える必要はない。MixTwinのほかにMyMon、MyFOHというアプリもあり、切り替えて使うことができる。
96kHzと48kHzを切り替えてみたところ、高音域の解像度は変わったように思えたが、48kHzでも十分クリアな音質は維持できていた印象ではある。ボーカルには、定番のダイナミックEQのF6 Floating-Band Dynamic EQやRenaissance Voxなどを使った。また、Waves Tune Real-timeなどのピッチ補正も試してみた。ついプラグインに夢中になってしまう。リバーブはManny Marroquin Reverbなどシンプルなものでまとめてみた。各ツマミをタッチして下にあるフェーダーを使うと微調整ができて、トラック・ボールに頼らずに確実な操作ができるのは好感触だ。ただLinkやカスタム・フェーダー、UserKeyを利用して、必要なアクセスを早くできるような事前のセッティングは必須だと思った。
音響測定のRATIONAL ACOUSTICS Smaartを取り込めるTRACT System Calibrationを試してみた。
これはeMotion LV1 Classic上で動作可能なプラグインで、Smaart内のRTAやMagnitudeを取り込み、ポイントを感知して、自動でフラットにしてくれる。これをおおよその目安として使うことは、時間のない現場では有効かもしれない。
その後、各入力にマルチの状態のソースを立ち上げてバンドのミックスを行ってみた。それぞれの音源は基本のeMoで作っていくことができるが、キック、スネア、ベースなど肝になるところは出音の状態からそれぞれに適したプラグインを使っていくことは有効で楽しい。思わず没頭してしまう。
オプションだが、複数のマイク入力ゲインを自動制御するDugan Automixerも試した。
複数ボーカルや会議などに有効で、フェーダーとDuganのコントロール用ボタンなどが同時に表示されるのでとっさの微調整がしやすい。
イン・イヤー・モニター用のプロセッサーeMo IEMも試してみた。
パンポットで水平360°の定位が可能になり、例えばボーカルのイヤモニの中でドラムを実際のように後方に置くことができる。PAで客席にイマーシブ空間を作るには工夫が必要だが、ヘッドホン内では確実に定位するのでこれも有効だ。MyMonのアプリではタブレットやスマートフォンでの調整が可能になる。新たな機材を用意しなくても、演奏者がセルフ・コントロールすることができるのだ。
Webブラウザーを立ち上げて本体に直接プラグインをダウンロード
ここまで使用して“最初は気難しいが仲良くなると、とても親しみやすくて愛着が持てるパートナー”になる製品だという印象を持った。大きさからしても、少し大型のパソコンを持ち歩くという発想が最も適しているかと思う。また、Webブラウザーを立ち上げられるので、インターネットを通じてプラグインを本体に直接ダウンロードすることができる。汎用のパソコンではトラブル時の原因が何パターンも考えられ、困った経験があるが、専用機なので原因も突き止めやすい。
かつてアナログ卓を使用していたころは、当然コンソールだけでは済まず、周りに大量のアウトボードを並べていた。今でいう実機ということになるのだが、PAを始めた当初からレコーディング用のアウトボードを使っていたことを思い出す。PA技術をカバーする一部でもあったし、1つの機材で世界が変わるような驚きと喜びを何度も味わうことができた。構築されたものは、自分のアイデンティティのようなものだったが、デジタルに移行していくにつれて、ほとんど出番を失ってしまっていた。そのアイデンティティを復活させられる可能性が、このeMotion LV1 Classicにはあると感じた。数多くのプラグインは、名前は知っていても、その効果については使ってみないと分からないし、好き嫌いもある。これは!というものに出会うことができ、それを簡単に使うことができたら、エンジニアとしてこれほどうれしく楽しいことはないと思う。プラグインは純正なので、レイテンシーの低さも特筆すべきだろう。バンドルのeMoに関しては0レイテンシーで、ほかのものも0.8msecほどに抑えられているという。
ミュージシャンは、ライブだけではなく、スタジオでの音作りに直接参加しているので、WAVESのプラグインは共通言語になり得る。ライブでの再現が可能になると、エンジニアリングにつながる新たなアイディアを共有できるかもしれないし、共に作っていくという可能性も広がる。
しかしながら、サウンド・フィールドがしっかりできていないとどんなエフェクトも効果を発揮しないので、そこはPAとしての本分を肝に銘じて、効果的にエフェクトを使ってほしいと思う。デモの期間、こんなに長い時間触っていたのも珍しく、新しい玩具に出会った子供のようになってしまった。
山寺紀康
【Profile】PAをメインに手掛けるサウンド・エンジニア。磯貝サイモン、武藤彩未、沢田聖子、新谷祥子、未唯mieなどのライブでPAを担当。尚美学園大学の芸術情報学部 情報表現学科で教授を務める。
WAVES eMotion LV1 Classic
1,595,000円

SPECIFICATIONS
▪入力:64モノラル/ステレオ・チャンネル ▪出力:44モノラル/ステレオ・バス ▪マイクプリ:WAVES製プリアンプ(マイク/ライン入力)×16 ▪ミックス・エンジン:最高32ビット・フロート/96kHz ▪付属プラグイン:Waves Tune Real-Time、F6 Dynamic EQ、eMo Q4 EQ、eMo D5 Dynamics、eMo F4 Filter、GEQ、X-FDBK、Primary Source Expander、R-Comp、R-Bass、H-Delay、Doubler、R-Verb、TrueVerb、GTR3、Magma Tube Channel Strip、eMo Generator ▪外形寸法:402(W)×561(H)×560(D)mm ▪重量:17.2kg