ドイツの名だたる音響技術の地、ベルリンを拠点とするTEGELER AUDIOから500モジュール・シリーズの新製品、MythVCA 500が登場しました。同社は、“自分たちが実際にスタジオに持ち込んで使いたいと思う製品作り”を理念に掲げ、アーティストの音楽制作の一部を担うという情熱とこだわりを体現しています。フロント・パネルのアーティスティックなデザインからもその情熱が表れており、本機には何か特別な魅力があるのではないかと期待せずにはいられません。早速、この小さなハードウェアの魅力を探っていきましょう。
すべてのツマミはステップ式で精密な設定が行えリコールも容易
美しい木製の化粧箱に収められたMythVCA 500は、開封時から既に洗練された美意識が感じられます。モジュールをマウントしてしまえば見えなくなる側面のパネルまで同社のロゴが配置された外観で、これまで無機質な傾向が多かった機材の中でイメージを覆すようなもので、開封の瞬間から一際芸術的な風格を漂わせているのが印象的です。
VCA方式のコンプであり、あらゆるトラックのミキシング、ミックス・バス、そしてレコーディングの際の使用を念頭に、強力で多用途かつコンパクトなデバイスを追求して開発されたという本機。フロント・パネルの一番上にはスレッショルドのツマミがあり、その下に3つの異なるレシオの選択(2:1、4:1、および10:1)と、0.1〜30msのアタック・タイムのツマミ、そして0.1〜1.4sで設定できるリリース・タイムのツマミと、60Hzと120Hzで選択可能なサイド・チェイン・ローカット・フィルターのスイッチがあります。リリースにはオート・リリース機能も搭載。一番下には、アウトプットのツマミとIN、BYPASS、LINKを選択できるスイッチがあり、小さなパネルに整然とまとまっています。すべてのツマミのコントロールはステップ式になっており、40段階もあるので見た目以上に非常に精密な調整が可能です。一度設定したセッティングをメモしておけばリコールも容易なため、ミキシング時に軌道修正が何回あっても安心です。さらに、付属のリンク・ブリッジを介して2台をステレオ・リンクさせることも可能で、ドラムのオーバーヘッドやシンセの処理、メインのバス・コンプレッサーとして、ステレオ信号を処理することで、さらなる自由度を提供します。
さまざまなサウンドにおいて中高域の質感を明瞭にすることができる
実際に使用してみましょう。筆者は普段、500シリーズのモジュールを中心に、パソコンのプラグインと統合したミキシングを行っており、各トラックがモジュールを通過するようにミキシング・チェインを組んでいます。今回は歌やキック、スネア、ドラムのルーム・トラックやベース・トラックにMythVCA 500をインサートして、その効果を既に完成済みの作品と聴き比べる形で試してみました。
まず、フルヒットしているスネア・トラックにインサートしてみました。VCA方式のコンプなので機敏な反応性を示し、音の立ち上がりのつかみが良く、アタックやリリースの応答性能が抜群。あたかもそうたたいたかのような自然で強力なパンチ感のあるサウンドに仕上げることができました。RATIOで音像の大小を、アタックとリリースで遠近感を演出でき、自在に追い込める感覚だったので、スネアと非常に相性が良く好印象でした。キックでもタイトで非常にパンチのあるサウンドになり、スネアと同様の印象を受けます。またローカット・フィルターをオンにして低域をコンプから逃がすこともできるので、ローエンドを生かした音作りも可能です。ローカット・フィルターを使わずにフルレンジで入力した場合は、VCA方式特有のタイトにまとめ上げられたサウンドを手に入れることができました。ルーム・トラックにかけてみると、部屋の空気感やキットを強調する際にも効果的でした。
次に歌のトラックに使ってみました。セッティングはレシオ2:1、アタック・タイムは20ms、リリース・タイムはオートを選択。10dB以上大胆にリダクションさせてみるのがポイントです。非常に滑らかな質感になり、ダイナミクスを巧みにまとめ上げてくれ、結果として歌を引き立てる魔法のような効果を発揮。特にリリースのオート・セッティングはおすすめ。最初からそうであったかのようにミックス内に自然に溶け込ませる効果を得られます。積極的に使いたくなる音楽的な機能です。MythVCA 500の真骨頂のように感じるので、ぜひ試していただきたいです。そして、ベース・トラックを通してみると、分厚い質感が得られ、ミックスの中で躍動感が生まれました。
本機はVCA方式のコンプということで、癖や色付けはなく無色透明かと思いきや、完全に無色透明というわけではありません。ザラザラとした質感を付加したり、汚したりするアグレッシブな方向ではないものの、輝きや艶、明るさや活力がしっかり加わります。特に中高域の明瞭さが特徴的で、滑らかで扱いやすく汎用性の高いサウンドは、すべての素材に欲しいと思わせてくれるほど魅力的です。ミックスのなじみも良いので、コンプとしての標準的な役割以上に、音楽的なマジックを素材に与えてくれる印象。扱いやすさと特別なキャラクターを兼ね備えた、非凡なコンプだと感じます。
実機の強みも相まって、操作感もまた魅力の一つです。直感的な操作性が創造性を刺激し、音楽制作のフローを妨げません。無駄な機能や複雑な設定は一切なく、そのシンプルさこそが、音楽制作者にとって真の価値となるでしょう。必要な選択のみに集中させる設計で、音楽にマジックを起こせるコンプに出会うことは稀ですが、MythVCA 500はその一つだと言えます。今までプラグイン・ベースで実機を触ったことがない方には、ステップ・アップとしても強くお勧めできますし、普段製品レベルの音源制作を行っているプロフェッショナルな方々には、即戦力の一台になるでしょう。
さまざまな音楽ジャンルで使い倒せる懐の深さを兼ね備えており、その汎用性の高さは驚くべき完成度を誇っています。このコンプがあれば、音源制作を新たな次元に引き上げてくれます。どのトラックとの相性も良く、特に歌の最後の仕上げに使うと、MythVCA 500が持つ魔法が、きっと素晴らしい結果をもたらしてくれるはずです。
Hiro
【Profile】METAL SAFARIのギタリストを経てプロデューサー/エンジニアに。録音~マスタリングまでこなす。NOCTURNAL BLOODLUSTやUnlucky Morpheusなど多くのメタル・バンドを手掛ける。
TEGELER AUDIO MythVCA 500
参考価格:118,000円
SPECIFICATIONS
▪ローカット:60〜120Hz ▪アタック・タイム:0.1〜30ms ▪リリース・タイム:0.1〜1.4s/オート ▪レシオ:2:1/4:1/10:1 ▪外形寸法:39(W)×134(H)×182(D)mm ▪重量:540g