SPITFIRE AUDIO Air Studios Reverb レビュー:ロンドンの象徴的なスタジオと共同制作したコンボリューション・リバーブ

SPITFIRE AUDIO Air Studios Reverb レビュー:ロンドンの象徴的なスタジオと共同制作したコンボリューション・リバーブ

 SPITFIRE AUDIOからAir Studios Reverbというコンボリューション・リバーブが発売されました。名だたる大作映画のサントラが多数録音されているロンドンのエア・スタジオ“リンドハースト・ホール”のインパルス・レスポンス(以下IR)を使用しているとのこと。もともと教会を改装して作られた世界最大規模のスタジオの一つで、美しい響きを聴かせてくれますが、どうもこのプラグインの売りはそれだけではないようです。早速チェックしていきましょう。

8カ所のマイク信号を自在にミックスでき、演奏者の向きや音の飛ぶ方向も設定可能

 私はこれまで、そこまで多くのIRリバーブを使ってきたわけではありませんが、たった一つのスタジオで10GB近くのIRデータを有する製品をほかに知りません。それもそのはず、“TREE”(デッカ・ツリー)、“OUTRIG”(TREEの外側)のみならず、計8カ所のマイク信号をMIXERタブでミックスできるのに加え(メイン画像)、スタジオをコントロール・ルーム向きに使うか、パイプ・オルガン向きに使うかも変更可能なのです。さらにキャノピーと呼ばれる天井の反射板の素材と高さ、2階のギャラリー部分が吸音されるかされないかなど、数々の調整もできます。

 特筆すべきは“Virtual Positioning Technology”という技術で、音源をスタジオ内の好きな位置、好きな向きに配置できるところではないでしょうか。では、ストリングス・ミックス時のセッティングで、具体的なサウンドに迫っていきます。

 まず5ch分バスを作成し、各トラックにAir Studios Reverbを立ち上げます。その後、音源がモノラルかステレオかを指定。今回は1st/2ndバイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスで8/6/4/4/2の編成だったのですべてステレオを選択しました。それぞれの音源は2つの四角形で表示されるので、マウスでそれらの配置を調整していきます。

左から1stバイオリン、2ndバイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスの配置。中央の大きい六角形がライブ・ルームで、周囲の長方形はギャラリー部分を示している。白塗りの四角形が音源(楽器奏者)の位置を示しており、場所はマウスで調整できる。ステレオの場合は2つの四角形が線でつながった状態で表示され、ステレオ幅の調整も可能だ

左から1stバイオリン、2ndバイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスの配置。中央の大きい六角形がライブ・ルームで、周囲の長方形はギャラリー部分を示している。白塗りの四角形が音源(楽器奏者)の位置を示しており、場所はマウスで調整できる。ステレオの場合は2つの四角形が線でつながった状態で表示され、ステレオ幅の調整も可能だ

 次に、“SOURCE”のタブで演奏者の向きと音の飛ぶ方向を指定します。ストリングス・セクションは、通常ライブ・ルームのセンターを中心に弧を描くように配置されるので、1stバイオリンの向きは4時方向にしました。

1stバイオリンの設定。左図の中心は、ホールの中央を図示しており、○が奏者の向きを示す。ここでは、ホールの正面右45°を向くようにセットした。右側のスライダーで、音源から音が飛ぶ方向の音量を決めることができる

1stバイオリンの設定。左図の中心は、ホールの中央を図示しており、○が奏者の向きを示す。ここでは、ホールの正面右45°を向くようにセットした。右側のスライダーで、音源から音が飛ぶ方向の音量を決めることができる

 バイオリンの音は基本的に前と上と横に飛びます。無論後ろでも聴こえますが、特にハイは減衰して聴こえるので、それらを画面右のスライダーで再現しました。同様の設定をほかの楽器セクションでも行います。この状態で楽器ごとのオンマイクの音源をバスに送って、“TREE”のマイク信号を上げてみると、デッカ・ツリーで収録したかのようなナチュラルで美しい響きが得られます。

 録音屋の感覚からすると、IRリバーブが“場の響きを再現できているのか”“アンビエンスの代わりになるのか”と問われると微妙と言わざるを得ないのですが、本製品は肝心の響きが美しいのはもとより、楽器配置を変えたり“SOURCE”を調整することにより、本当にスタジオで録音したかのような響きになりました。さらに、楽器から遠く離れた天井のマイク“CANOPY”、2階席ギャラリーに設置された2種類のマイク“GAL.W”“GAL.B”の数値を上げると、もっとオフ気味の音作りも可能なので、楽器位置の変更まで加味すると、さまざまなマイク・セッティングでの音が作り込めます。通常のIRリバーブとは一線を画した使用感だと思いました。

IRリバーブでありながら残響時間を変更可 響きのタイム・ストレッチの方式は3種類

 基本的にIRリバーブというのは長さが決まっています。その場所特有の残響時間があるからです。楽器位置を変えると微妙に長さが変わるのですが、基本的にこのホールは2.8秒から3秒弱のリバーブ・タイムのようです。しかし、そのくらいの長さの響きが欲しいときにしか使えないのかというとそうではありません。“SHAPE”という項目で、リバーブや初期反射の長さを変更可能なのです。IRリバーブの時間変化は、タイム・ストレッチで作り出しているのですが、なんと本製品は、タイム・ストレッチの方法を選べます。大きく“RETRO”“GRANULAR”“COMPLEX”の3種類なのですが、COMPLEXが一番自然ですね。飛び道具として使うにはあまりに上品なこのリバーブに、レトロとグラニュラーの設定があるのは、唯一と言ってもいい“遊び”の部分かもしれません。

 現場では、常にこちらの望んだ状態で録音できるとは限りません。ピアノの音を優先することで弦を録るのが狭いスタジオになってしまうようなこともあり、録音後に通常のリバーブやIRリバーブで曲想に合うような空間のサイズ感を演出したりすることもあるものです。そんなとき、このAir Studios Reverbは大きな力になってくれるでしょう。

 ストリングス以外にも、ドラムのアンビエンスを作りたいときなどは、SOURCEタブにあるSUBの項目をうまく調整すると、キックの膨らみが理想的にコントロールできるので、悩んでマイキングして録音するより、これで作り込む方が個人的には性に合っているかもしれません。“そんなにメンドクサイことまで考えられないよ”と、お思いの方もいらっしゃると思いますが、そこはご安心ください。ちゃんと楽器ごとにプリセットが用意されているので、まずはその微調整から始めることをお勧めいたします。

 Air Studios Reverbを見てきましたが、今までのIRリバーブとは全く違うクリエイション・ツールになっています。正直、プロの作家かエンジニア向けの、スペース・クリエイターとも言うべきリバーブではないでしょうか。

 

原真人
【Profile】フリーのレコーディング・エンジニア。近年参加作に『SHOGUN 将軍』サウンドトラック、菅田将暉「二つの彗星」、牧野容也 『Familiar』、NODA・MAP『正三角関係』(原 摩利彦)など。

 

 

 

SPITFIRE AUDIO Air Studios Reverb

52,019円(価格は為替レートによって変動)

SPITFIRE AUDIO Air Studios Reverb

REQUIREMENTS
▪Mac:macOS 11〜14、INTEL製のCPUもしくはARM
▪Windows:Windows 10(64ビット)/11
▪共通項目:INTEL Core i5以上、8GB以上のRAM(16GB以上推奨)、ディスク空き容量9.73GB以上、ABLETON Live 11には非対応
▪対応フォーマット:AAX/AU/VST3

製品情報

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