32CPRE+は、HARRISON AUDIOが2023年に発売したアナログ・コンソール32Classicのマイクプリに、往年の製品にも採用されたハイパス/ローパス・フィルターを組み合わせたモジュールです。HARRISON AUDIO初のAPI 500シリーズ互換モジュールとしてコンプレッサーのCOMP、3バンド・イコライザーのMR3EQとともに発売されました。
ゲイン幅は+20〜+70dBでリボン・マイクの駆動にも対応
HARRISON AUDIOは、MCIの代理店を営んでいたデイヴ・ハリソン氏が創業したコンソール・メーカーです。世界初の量産型インライン・コンソールは1972年発売のMCI JH-400シリーズですが、この先進的なアイディアはハリソン氏によるものです。その後、彼はHARRISON AUDIOを設立し、1975年に32バス・インライン・コンソールの32シリーズ(3232/4032)を発売。ブルース・スウェディンはシリーズ機の32Cを使い、マイケル・ジャクソンの『スリラー』や『BAD』を制作しました。またドナルド・フェイゲンやアバの作品でも使われるなど、1970年代後半から80年代にかけて多くのスタジオに導入されていきます。そして32CPRE+の元である32Classicは32シリーズのアナログ・デザインをほぼ忠実に再現したもので、そのうえでDolby Atmosに対応するモニター出力やAD/DAコンバーター、Danteインターフェースなどを装備したモダンなコンソールです。
それでは32CPRE+を見ていきましょう。フロント・パネル中央の赤いノブがゲイン・ノブです。ゲインは無段階に+20〜+70dBで調整できるので、出力の低いリボン・マイクも駆動できます。入力メーターはありませんが、音声信号が入力されるとLEDが緑に点灯し、クリップ・レベルに近づくと赤に変わります。その左上に3つ並んでいるスイッチは、位相反転、+48Vファンタム電源、−20dBのPADです。
パネル左上のINスイッチを入れると、フィルター・セクションがオンになります。ローパス・フィルター(160Hz〜20kHz)とハイパス・フィルター(25Hz~3.15kHz)は−12dB/octのスロープを持ち、それぞれノブで調整します。一般的なフィルターよりも周波数に幅があり、2つのフィルターの周波数範囲が重なっています。そのため、大きく周波数範囲を重ねると無音になってしまうほどです。
そしてパネル下部にはマイク/ライン入力としてフォーンとXLRのコンボ・コネクターが装備されているので、API 500シリーズ・ラックのリア・パネルの入力端子にアクセスすることなくマイクや楽器を接続できます。その上にはHi-Zスイッチと、マイク入力をフロント・パネルからの入力に選択するXLRスイッチがあります。
ドライブさせても抜けが良いサウンド
今回は、バスドラ、スネア、エレキギター、エレキベース、ボーカルをマイクで録音して音質を聴いていきました。どの楽器に使っても低域は太く豊かで、全体的に明るく、耳に痛いところがないスムーズなサウンド。特にオンマイクで録音するような楽器に使うのがよいと思いました。ドライブさせても抜けが良く、私のイメージする1970年代後半から80年代にかけてのアメリカン・ロック・サウンドが聴くことができました。なお、32CPRE+のインプット・トランスには、JENSEN JT-MB-CPCAが使われています。
音作りの幅が広がるハイパス/ローパス・フィルター
続いてはフィルターです。同社のコンソールが高く評価されている1つの大きなポイントは、この特徴的なフィルターにあります。私が使っているUNIVERSAL AUDIO UAD-2プラグインのHarrison 32C EQや、GREAT RIVER ELECTRONICSのAPI 500互換EQモジュール32EQなどにも同様の2つのフィルターが搭載されています。とはいえ、プリアンプ・モジュールの32CPRE+にフィルターが実装されているのはユニークです。まずはハイパス・フィルターを使ってみたところ、カットする周波数の少し上で+3dBのレゾナント・ピークが生成され、独特のローエンドになりました。ボーカル、ドラム、エレキギターで試したところ、不要な低い周波数をカットしても、音が細くならず豊かな低音を保ちます。ローパス・フィルターは、ライン録りのベースを丸くしたいときや、スネアの不要な倍音を少し抑えて落ち着いた音にするのに向いていると感じました。別途EQモジュールを使わずとも、これらのフィルターだけでかなり音作りをすることができます。
コンプレッサーのCOMPと3バンド・イコライザーMR3EQ
ここからは、32CPRE+と同時発売されたコンプレッサーのCOMPと3バンド・イコライザーのMR3EQもお借りしたので、簡単に紹介しておきましょう。
COMPは、THAT 2180 VCAチップを使ったフィードフォワード動作のコンプレッサーです。アタック・タイムはマニュアルでは設定できず、入力信号の大きさと周波数によって最適な数値に設定されます。レシオを低め、リリースを速めに設定してレベラーとして使った場合、とても自然にコンプレッションしてくれました。レシオを高め、リリースを遅めにしてガッツリかけても抜けが良く、使いやすいコンプだと感じました。
MR3EQは、1980年代前半のHARRISON AUDIOのコンソールMR3のEQのデザインを元にした3バンド・イコライザーです。ハイバンドとローバンドはシェルフとベルの切り替えができ、ミッドバンドには連続可変Qが付いています。また32CPRE+と同じハイパス・フィルターも搭載されています。派手にEQをしても音が崩れることなく、いわゆる“EQ臭い音”にはなりません。音楽的なEQという印象でした。
ドラムなどのレコーディングでは32CPRE+とMR3EQを組み合わせて使うのが理想だと思いますが、32CPRE+にはユニークなフィルターが搭載されているので、本機だけでも音作りの幅は広いと思います。API 500シリーズ互換プリアンプの購入をお考えの方は、候補に入れてみてもよいのではないでしょうか。
谷川充博
【Profile】京都・Studio First Call主宰のレコーディング/ミキシング・エンジニア。くるり『ソングライン』、屋敷豪太『The Far Eastern Circus』、槇原敬之『うるさくて愛おしいこの世界に』など手掛ける。
HARRISON AUDIO 32CPRE+
オープン・プライス
(市場予想価格:126,500円前後)
SPECIFICATIONS
▪ゲイン:+20dB〜+70dB ▪ハイパス・フィルター:25Hz〜3.1kHz、−12dB/oct ▪ローパス・フィルター:160Hz〜20kHz、−12dB/oct ▪入力:マイク/ライン入力(XLR/フォーン・コンボ) ▪外形寸法:API 500互換モジュール・サイズ(1スロット)