“ビンテージ・サウンドへのモダンなアプローチ”をキャッチ・フレーズに、良質でユニークな製品を精力的に発売しているロンドンのCRANBORNE AUDIOより、3バンド/2chのパラメトリックEQ、Carnaby HE2がリリースされました。本機は、API 500互換モジュールとして発売されているCarnaby 500の進化形。“ハーモニックEQ”というユニークで革新的なコンセプトを採用し、倍音成分を生成して各周波数をブースト&カットするとのこと。大変興味が湧いてきます。
ステレオL/R、デュアル・モノ、M/Sに対応 専用ソフトでパソコンからリアルタイムで操作
まずは仕様を見ていきます。Carnaby HE2は2ch仕様で、ステレオL/R、デュアル・モノ、M/Sに対応します。ノブはすべてステップ式。フロント・パネル左右下のINボタンは全EQのバイパス(オフ時に完全バイパス)です。INPUT/OUTPUTは±20dB増減できる1dBステップ式で、クリーン、もしくはINPUTを上げたサチュレーション・サウンドのどちらにも音源をデザインできそうです。EQセクションはそれぞれ±10dBで、0.5dBステップです。LOは20~420Hzでシェルビング。サブハーモニック周波数を可聴ローエンドに拡張して、ウォームな低域を鳴らします。MIDは200Hz~6.2kHzで、固定QのピークEQです。HIは5~25kHzのシェルビングで、スムーズなサチュレーションで高周波数を自然に拡張します。フィルターは、8~40kHzのハイカットと18~180Hzのローカット。各帯域にオン/オフ・ボタンが付いています。
リア・パネルの入出力はXLRとTRSフォーンに対応。またINSボタン(インサート)と連動して、TRSフォーンで外部接続可能です。
忘れてはいけないのが、専用コントロール・ソフトCarnaby HE2 Controlがあること。
Mac/Windowsで使用でき、全スイッチとつまみの操作をパソコンでリアルタイムに行えます。これは現行機ならではの利点で、プリセットの保存やリコールも容易にしてくれます。USBまたはイーサーネットでパソコンと接続し、本体がCarnaby HE2 Controlと連動すると、フロント・パネルのランプが点灯します。
音楽的な心地良さを感じさせ、狙った帯域のみにアプローチできる繊細さ
実際に音を聴いてみましょう。女性ボーカルの曲、男性ボーカル曲のパラデータ、ステム、2ミックスなど、さまざまなソースに試しました。まず電源をオンにすると、すべてのLEDが点灯します。“電気街”並みの明るさに圧倒されますが、すぐに明るさは落ち着きます。つまみを±0dBのままで2ミックスの音源を通すと音質変化はほぼなく、好感触(とても重要)。INPUTつまみを上げてサチュレーションの特性をチェックしたところ、バキバキにひずむわけではなく、原音をとどめて品良くサチュレートされる感じで、とても現代的です。マスタリングにも十分使えそうだと感じました。
そのまま2ミックスやステム・データで試してみると、想像以上の音の良さと、“新しい視点”に驚かされました。一般的なEQとは違い、“EQでもあり、サチュレーターでもある”といった印象です。EQのつまみを回すと、音と音の間が満たされていくような音楽的な心地良さとワクワク感が感じられて、音作り後半戦の“もう一歩”にバッチリとアプローチすることができます。自分がミックスした音源が良いマスタリングを施されて返ってきた際に感じる、聴き心地の良さに似たものがあります。定番とされるEQで同じ帯域を持ち上げてみたのですが、Carnaby HE2と比べて良くも悪くもそのまま持ち上がっている感じで、無機的で冷たく感じてしまいました。
本機はガンガンEQしても音像が型崩れせず、“オーバーEQ”にはなりません。特にMIDは、持ち上げても耳が痛くならず、選択した周波数特性が魅力的に表現されます。通常のEQやサチュレーターでは出せないサウンドを得られました。ギターなどで、“エッジを足したいけど、EQで上げるとピーキーになってしまう”といった悩みがなくなりそうで、中域処理のバリエーションが増えたような気がします。一般的なEQのように対象帯域の周りが無機的に上がるのではなく、ザルで麺をすくったときのように、倍音構成要素だけが上がってくれるからだと思います。
ボーカルに使ってみた際は、MIDも良いのですが、HIを持ち上げたときが極上。心地良く子音が出て、音が立ってきます。ディエッサーの必要性を感じず、ずっと聴いていたい声になりました。そのほか、ベース、ドラム、ホーン、シンセなどのトラックで試してみましたが、それぞれEQしたい帯域は違うものの、全トラックで使いたいほど好印象です。ただパラデータに関しては、ほかのEQで下処理したあとにCarnaby HE2で調整するような使い方が良さそうだと感じました。
と、ここまでブーストについて多く触れていますが、カットした際も同様で、EQっぽさを感じさせず心地良くカットができます。微細な処理にもバッチリ(この点はサチュレーターと一線を画す)で、“最後の仕上げに塩少々”のような使い方もできました。マスタリングでも活躍しそうです。昨今では、ハーモニックEQをうたったプラグインもありますが、本機はより自然で、しなやかな掛かり具合です。サチュレートを加えたときの音のツンツン具合は強すぎず、程良いアグレッシブさ。この辺りは実機の長があるのかも知れませんね。
ハイカット/ローカット・フィルターも上々。エフェクティブでなく、自然です。カットされているけれど寂しくは感じず、心地良さもあります。個人的にはハイカットが特に効果的な印象で、天井(高周波数帯域)の微細な処理ができるので、曲の聴かせどころをより明確にできる可能性を感じました。
最後にCarnaby HE2 Controlにも触れておくと、GUIがシンプルで分かりやすいです。スタンドアローンなのでオートメーションを書けないなど惜しい点はありますが、スウィート・スポットでの操作やリコールができるのは便利です。
Carnaby HE2は、従来のEQとは違った視点でのサウンド・メイクを可能にし、“もう一歩”に手が届くEQとして大いに活躍してくれるでしょう。仕組みもシンプルなので、すぐに仲良くなれそうです。大変お薦めなので、ぜひ一度使ってみていただきたい逸品です。
福田聡
【Profile】レコーディング/ミキシング・エンジニア。ファンク/R&Bを軸として、グルーヴ重視のサウンドを手掛ける。リズム録りが生きがいのひとつで、ジャンル問わず多くの生バンドの作品で腕を振るう。
CRANBORNE AUDIO Carnaby HE2
オープン・プライス
(市場予想価格:349,800円前後)
SPECIFICATIONS
▪最大入力レベル:26.0dB ▪最大出力レベル:26.0dB ▪ハイ:5〜25kHzのシェルビング、±12dBのブースト/カット ▪ミッド:200Hz〜6.2kHzのピーク、±5dBのブースト/カット ▪ロー:20〜420Hzのシェルビング、±8.5dBのブースト/カット ▪ハイカット・フィルター:8〜40kHz ▪ローカット・フィルター:18〜180Hz ▪外形寸法:483(W)×89(H)×236(D)mm ▪重量:6kg