東京芸術劇場がヤマハ DM7を導入!24bit/96kHz化でオペラ音響を革新

今回の取材は、東京芸術劇場の改修工事期間中に行われた。この写真は2024年度 全国共同制作オペラ『ラ・ボエーム』東京公演時に客席で仕込みを行っていた様子を再現したもの。改修明けにどんなサウンドを聴かせてくれるか楽しみだ

今回の取材は、東京芸術劇場の改修工事期間中に行われた。この写真は2024年度 全国共同制作オペラ『ラ・ボエーム』東京公演時に客席で仕込みを行っていた様子を再現したもの。改修明けにどんなサウンドを聴かせてくれるか楽しみだ

2023年9月に発売され、優れた音質と高い機能性が多くのユーザーを引き付けているデジタル・ミキシング・コンソールYamaha DM7。東京都が誇る文化施設、東京芸術劇場も、4つあるホールで自由に動かせる移動卓として2024年秋に1台導入。2025年7月までには4ホールのうち3ホールのメイン卓をDM7にリプレースする予定となっている。

写真 • 小原啓樹

コンパクトさを生かした運用

 東京芸術劇場は長らく24ビット/48kHz環境で運用されてきた。DM7を導入した一番の理由は、これを24ビット/96kHz環境にアップグレードすることだったという。導入にあたっては、東京公演を東京芸術劇場で行うオペラ『ラ・ボエーム』の全国7カ所のツアーに持ち歩くプランが立てられた。

 『ラ・ボエーム』の東京公演では、早速DM7の特徴を生かす運用がなされた。そのコンパクトさを生かし、ゲネプロ前までは客席に設置して音を確認しながら仕込みの作業を進め、ゲネプロから本番までは音響調整室に移動させてオペレートを行ったのだ。

 客席で歌やオーケストラがどう聴こえるのかを把握することはオペレーターにとって大切な仕事だが、できれば客席には音響ブースを組みたくないところ。生音を主体としたオペラの世界観の中に電気音響のブースが存在している状態は好ましくないのだ。オペレーターは仕込みの段階で客席での聴こえ方を確認し、音響調整室のモニターとの差分を把握して本番に臨むのが理想なのである。

 電気音響は目立たぬよう、舞台の前面や小道具の中にマイクを仕込み、そこで拾った音を拡声し臨場感を生み出している。

 マイクは舞台袖に設置されたI/OラックYamaha Rio3224-D2に接続され、Danteに変換後、ネットワーク・スイッチのYamaha SWPシリーズ経由で劇場内に敷設されている光ケーブルへとつながる。そして客席背後および音響調整室の光端子からDM7脇に設置されたSWPシリーズに接続され、DanteでDM7に入力されている。

舞台袖に設置されたI/OラックYamaha Rio3224-D2とネットワーク・スイッチのYamaha SWPシリーズ。ここでマイクからの入力がデジタル変換され、劇場の光ケーブルへと接続される

舞台袖に設置されたI/OラックYamaha Rio3224-D2とネットワーク・スイッチのYamaha SWPシリーズ。ここでマイクからの入力がデジタル変換され、劇場の光ケーブルへと接続される

客席の後ろにある光ケーブルの接続口。ここからSWPシリーズ経由でDM7に接続される

客席の後ろにある光ケーブルの接続口。ここからSWPシリーズ経由でDM7に接続される

 実際に客席と音響調整室の移動を見せていただいたが、DM7とSWPシリーズのセットはとてもコンパクトで移動させやすく、フレキシブルな運用が可能な点も大きな魅力だと感じた。

音響調整室に設置されたDM7とSWPシリーズのセット。コンパクトで移動させやすく、フレキシブルな運用ができる

音響調整室に設置されたDM7とSWPシリーズのセット。コンパクトで移動させやすく、フレキシブルな運用ができる

生々しい音質と使い勝手の良いエフェクト

 DM7の導入に際して劇場が重視した24ビット/96kHzというスペックは、優れた音質として現れている。オペレートを担当した白石安紀氏は「手元に来る音が全然違った」と語る。

 「生々しく、そのままの音がするという感じです。『ラ・ボエーム』では何種類かのマイクを使っているのですが、音を聴いただけでどのマイクの音か分かるほどでした。ヘッドフォンでの検聴でも分かりますし、スピーカーからの出音でも分かります。東京公演はテレビの収録があり、ヘッド・アンプからのダイレクト・アウトをDanteでお渡しして録っていただいたのですが、放送されたものを家で聴いていても、どのマイクを使っているかが分かりました」

取材にご協力いただいたオペレーターの白石安紀氏

取材にご協力いただいたオペレーターの白石安紀氏

 音作りの面では、内蔵エフェクターのDaNSeが活躍したという。DaNSeはダイナミック・ノイズ・サプレッサーで、Yamahaのフラッグシップ・コンソールRIVAGE PMシリーズにも搭載されていたものだ。

内蔵エフェクターを表示させたところ。左が本文中でも紹介しているDaNSe。右は、白石氏のチームが長年愛用しているNeveのプライマリー・ソース・エンハンサー、Portico 5045。舞台の中に仕込んだマイクからI/Oラックまでの間に拾ってしまう各種ノイズを取るために使用している

内蔵エフェクターを表示させたところ。左が本文中でも紹介しているDaNSe。右は、白石氏のチームが長年愛用しているNeveのプライマリー・ソース・エンハンサー、Portico 5045。舞台の中に仕込んだマイクからI/Oラックまでの間に拾ってしまう各種ノイズを取るために使用している

 このエフェクターの開発者は、ビッグ・バンドの中のソロ演奏を、EQをいじらずに抽出することを目的としたという。この機能が、「歌にかぶってくるオーケストラの音を取り除きたい」東京芸術劇場・音響チームの目的と合致した。

 使い方はシンプルで、オーケストラがリハーサルしているときにLearn機能を使って音を学習させることにより、本番で歌を狙ったマイクに入ってくるオーケストラの音だけを取り除くことができる。もちろん、マイクからI/Oラックに至るまでに拾ってしまう各種ノイズの除去にも効果的だ。以前はEQで苦労して行っていた作業がとても簡単に行えるので、オペレーターはよりアーティスティックな仕事に注力できるようになったという。

優れた操作性と機能性

 DM7は、2つの12.1インチ・スクリーンと1つの7インチ・スクリーン(ともにマルチタッチ対応)を搭載していて、直感的に理解しやすいグラフィック・ユーザー・インターフェースとともに優れた操作性を提供している。オペレーターの白石氏は日本語表示への対応に注目していた。

 「漢字を含む日本語が表示できることは、個人的にはとても画期的でした。EQの画面にも大きく文字が表示されるので、いま自分が何を触っているのかが一目で分かるし理解しやすい。文字の入力もパソコンやタブレットのソフトから行えて簡単です」

 また、1台のDM7を左右で分割して2台のように使用できるSplit Modeも便利だという。

 「大きい画面が2つあって、それに対応するフェーダーも2つに分けて使えるので、例えばオペレーターが作業している間にスタッフが別の設定を確認するような場合でもリハーサルの進行に影響が出ないのはありがたいです」

 このあたりの操作性/機能性も「オペレーターがよりアーティスティックな仕事に注力できる」環境作りに貢献していると言えるだろう。

 2025年7月以降に改修工事を終えて再オープン予定の東京芸術劇場。新しい環境で、DM7から送り出されるサウンドに注目しよう。

◎本記事は『音響映像設備マニュアル 2025年改訂版』より転載しています。

 音響/映像/照明など、エンターテインメント業界で働く人たちに不可欠な知識を網羅した総合的な解説書で、2023年の改訂版から2年ぶりのアップデート。各分野の基礎知識をレクチャーする記事+プロの現場のレポート記事で、これから業界を目指す人や業界に入ったばかりの方に向けて展開します。

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