両国国技館の最新音響システムを徹底解説 〜MARTIN AUDIOラインアレイ導入で臨場感アップ

伝統が醸し出す重厚な雰囲気に包まれる場内。大相撲の場所中は屋形がスピーカー・システムの下まで降りてくる

伝統が醸し出す重厚な雰囲気に包まれる場内。大相撲の場所中は屋形がスピーカー・システムの下まで降りてくる

相撲の聖地、両国国技館。初代の国技館が両国の地に誕生したのは1909年のこと。1950年代に蔵前へ移転後、同地の建物が老朽化したことなどを受けて1984年に再び両国へ帰ってきた。1万人を超える観客を収容可能で、大相撲の興行にとどまらず、格闘技の試合、音楽やゲームなどのイベントに幅広く活用されている。

撮影 • 小原啓樹

MARTIN AUDIOのラインアレイを採用

 両国国技館の音響システムは、2023年の夏に大規模改修が行われた。スピーカーから見ていこう。

スピーカー・システムは、東西南北方向にWPSを12本+サブウーファーSXCF118を2本、真下向けにコンスタント・カーバチャー・アレイのTORUSを2本設置。その間を埋める4方向に8本のWPSを設置している。以前のシステムに比べサブウーファーによって低域も充実した。TORUSは、屋形の影響で明瞭度が不足するエリアに音を届けている

スピーカー・システムは、東西南北方向にWPSを12本+サブウーファーSXCF118を2本、真下向けにコンスタント・カーバチャー・アレイのTORUSを2本設置。その間を埋める4方向に8本のWPSを設置している。以前のシステムに比べサブウーファーによって低域も充実した。TORUSは、屋形の影響で明瞭度が不足するエリアに音を届けている

 メインはMARTIN AUDIOのラインアレイWPSだ。その採用理由を、両国国技館の音響を担当するフェイズ・システムの赤塩住男氏はこう説明する。

 「20年近く使っていたポイント・ソースのシステムからラインアレイに変更すべくWPSを選びました。WPSは音の良さやコンパクトさなども魅力なのですが、一番の決め手はスピーカーのシミュレーションや設定を行うソフトウェアDISPLAY 2です。両国国技館はさまざまな催しが行われるという特性上、例えば『アリーナは持ち込みのスピーカーでカバーされるので、WPSは2階席にだけに音を届けたい』というケースもあります。そんなときはDISPLAY 2で2階席だけをカバー・エリアに指定すると、12本で組んでいるラインアレイの上6本だけを鳴らせばよいことが分かる。カバー・エリアの設定のしやすさはMARTIN AUDIOが随一ですね」

 DISPLAY 2で演算されたデータは、MARTIN AUDIOのコントロール・ソフトウェアVU-NETに送られ、どのスピーカーをどのように鳴らすかが制御される。

 「DISPLAY 2とVU-NETの2つを使うことで、カバー・エリアのコントロールが思ったようにできます。実際に場内を歩いてみるとよく分かりますよ。指定したエリアならどこでも同じくらいの音圧で音が聴こえます」

 スピーカー・システムの構成は、東西南北方向にWPSを12本+サブウーファーSXCF118を2本、真下向けにコンスタント・カーバチャー・アレイのTORUSを2本設置。その間を埋める4方向に8本のWPSを設置した。パワー・アンプはMARTIN AUDIOのiKON iK42が使用されている。

調整室奥にはMARTIN AUDIOのパワー・アンプiKON iK42と、SymetrixのプロセッサーEdge Frameなどが格納されている

調整室奥にはMARTIN AUDIOのパワー・アンプiKON iK42と、SymetrixのプロセッサーEdge Frameなどが格納されている

 「大相撲の興行では基本、生音を優先しているので拡声は最小限です。お客さんがたくさん入ってきた時間帯に少し拡声するくらい。WPSは、屋形に仕込んだマイクが拾う土俵上の小さな音も、エリアのすみずみまで小さい音のまましっかり届けられるので、2階席でも臨場感あふれる音が楽しめます」

不測の事態に備えたシステム

 両国国技館の音響について赤塩氏は「音を止めないこと」を重視しているという。

 「大相撲の場所が始まれば15日間、毎日音を出さなければなりません。システムの不具合があったときに音を止めて点検するわけにはいかない。そのため、音の伝送の核となる機材は同じ設定のものを2台用意してリダンダントを取っています」

 両国国技館の伝送システムにはDanteが採用されていて、プロセッサーはSymetrixのRadius NX 12×8 Danteを使用。赤塩氏の言葉通り、同じ設定のものが2台用意されている。さらに、あえて伝送をフル・デジタルにはせず、アナログを活用しているのも両国国技館の特徴と言えるだろう。

音響調整室内のラック。左上にSymetrixのプロセッサーRadius NX 12×8 Danteを2台格納。2台は同じ設定で冗長性を確保している。そのほか、Luminexのネットワーク・スイッチGigacore 26i、APEXのプロセッサーIntelli-X2 48などが格納されている

音響調整室内のラック。左上にSymetrixのプロセッサーRadius NX 12×8 Danteを2台格納。2台は同じ設定で冗長性を確保している。そのほか、Luminexのネットワーク・スイッチGigacore 26i、APEXのプロセッサーIntelli-X2 48などが格納されている

 「フル・デジタルにすればシステムがシンプルになって便利な面もあるのですが、何かあったときに手が打てない怖さがあるので、ここではコンソールのアウトはアナログでRadius NXに入れていて、Radius NXからスピーカー・マネジメントなどを行うプロセッサーの(Symetrix)Edge FrameまではDante、Edge Frameで再度アナログに変換してアンプに入力しています。これならデジタル伝送のどこかに不具合が起きたときにも、アナログで直接パワー・アンプにつなげばなんとかなります」

 コンソールはAVID S6L-32D-192。エンジン、サーフェイス、I/Oラック、すべての電源が二重化され、冗長性が確保されている点が採用の決め手になった。

コンソールはAVID S6L-32D-192を採用。信頼性と音の良さで選ばれた

コンソールはAVID S6L-32D-192を採用。信頼性と音の良さで選ばれた

 I/Oラックは最大64入力/32出力のStage 64。I/Oの数は1台で十分だが、万が一に備え2台導入し、分割して使用しているという。

 「S6Lは世界中で圧倒的な数が使用されているので、ある意味トラブルも出尽くしていて信頼性が高い。音もいいですよ。元音がいいので、EQをかけたときに変にいじった感じがしない。いらないところを切る、欲しいところを足す、というのが自然にできる。優秀だと思います」

MARTIN AUDIOスピーカーのシミュレーションや設定を行うソフトウェアDISPLAY 2。画面右の、緑の点線が音を届けたいエリア、青い点線が極力音を届けたくないエリア、赤い点線がエリア外で、これらを設定することにより、スピーカーの出力を最適化するべく演算が行われる

MARTIN AUDIOスピーカーのシミュレーションや設定を行うソフトウェアDISPLAY 2。画面右の、緑の点線が音を届けたいエリア、青い点線が極力音を届けたくないエリア、赤い点線がエリア外で、これらを設定することにより、スピーカーの出力を最適化するべく演算が行われる

上のパソコンに表示されているのがSymetrixのタッチ・パネル・コントローラーSymVue。催しによって変わる拡声パターンを保存しておき、タッチで切り替え可能。下のパソコンに表示されているのがMARTIN AUDIOのコントロール・ソフトウェアVU-NET。パワー・アンプの制御を行う

上のパソコンに表示されているのがSymetrixのタッチ・パネル・コントローラーSymVue。催しによって変わる拡声パターンを保存しておき、タッチで切り替え可能。下のパソコンに表示されているのがMARTIN AUDIOのコントロール・ソフトウェアVU-NET。パワー・アンプの制御を行う

 安全性、信頼性を確保しながら音質の向上が図られた両国国技館のオーディオ・システム。訪れる機会があれば、ぜひその音に耳を傾けてみてほしい。

取材にご協力いただいた皆さん。右から、両国国技館の音響を担当するフェイズ・システムの赤塩住男氏、音響システムプランに協力したオーディオブレインズの山田伸氏、同じくオーディオブレインズの宇佐美航氏

取材にご協力いただいた皆さん。右から、両国国技館の音響を担当するフェイズ・システムの赤塩住男氏、音響システムプランに協力したオーディオブレインズの山田伸氏、同じくオーディオブレインズの宇佐美航氏

主な使用機材

  • ラインアレイ・スピーカー:MARTIN AUDIO WPS×80
  • サブウーファー:MARTIN AUDIO SXCF118×8
  • コンスタント・カーバチャー・ アレイ・スピーカー:MARTIN AUDIO TORUS×8
  • パワー・アンプ:MARTIN AUDIO iKON iK42×23
  • プロセッサー:Symetrix Radius NX 12×8 Dante×2、Edge Frame×8
  • コンソール:AVID S6L-32D-192
  • I/Oラック:AVID Stage 64×2

◎本記事は『音響映像設備マニュアル 2025年改訂版』より転載しています。

 音響/映像/照明など、エンターテインメント業界で働く人たちに不可欠な知識を網羅した総合的な解説書で、2023年の改訂版から2年ぶりのアップデート。各分野の基礎知識をレクチャーする記事+プロの現場のレポート記事で、これから業界を目指す人や業界に入ったばかりの方に向けて展開します。

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