2024年6月6日、神奈川県横浜市に誕生した体験型ブランドショップ「ヤマハミュージック 横浜みなとみらい」。その中に設けられたアート空間「Music Canvas」と併設されている「ライブ&カフェ」は、イマーシブ・オーディオに関心があるなら一度は訪れておきたいスポットだ。なぜならばここは、Yamahaが長年の研究によって生み出したイマーシブ・オーディオ・ソリューションであるAFC(Active Field Control)が体験できる場所だからだ。
撮影 • 小原啓樹
音像制御システム「AFC Image」
AFCには、音の定位を自在にコントロールする音像制御システム「AFC Image」と、空間の響きを最適化する音場支援システム「AFC Enhance」の2モデルがある。まずはAFC Imageから紹介しよう。
AFC Imageは、Music Canvasで1時間に1回披露される「Music Canvas Show」で体験できる。「フロア全体が連動して1つの音楽を奏でる」というコンセプトを、AFC Imageによる立体音響、楽器の自動演奏システム、大型ディスプレイの映像を組み合わせることで実現しているコンテンツだ。AFC Imageについて、Music Canvasのシステム・プランニングとチューニングを手掛けたヤマハ プロフェッショナルソリューション事業部 空間音響グループの橋本悌氏に解説してもらった。
「AFC Imageはオブジェクト・ベースという方式を採用しています。オブジェクト・ベースは、オーディオ・トラックの1つ1つに3次元の位置情報が付加されていて、オーディオの位置情報と設置されたスピーカーの位置情報を基にAFCのプロセッサーで音像の定位と移動を行う仕組みです。コンテンツの制作にはSteinbergのNuendoを使い、付属のVST MultiPannerで位置情報の記録、再生を行います」
例えば、コンテンツ制作者が「会場の北西上方で鳥のさえずりが聴こえるようにしたい」と考えた場合、鳥のさえずりが収録されたオーディオ・トラックに「会場の北西上方」という3次元の位置情報を付加し、AFCのプロセッサーに送り込むことで、会場のスピーカーの本数とレイアウトに応じたミックス・ダウンが行われ、その位置から鳥のさえずりが聴こえるようになるわけだ。
ヤマハミュージックジャパン 音響事業戦略部の石橋健児氏がコンテンツ制作におけるAFCのプロセッサーが持つ機能について教えてくれた。
「制作する方の環境は、最終的にコンテンツが再生される会場とはスピーカーの本数やレイアウトが違うことがほとんどだと思いますが、プリプロの段階ではある程度イメージしたものを作っていただければ大丈夫です。それをAFCのプロセッサーに読み込むと、レンダリング・エリア・コンバージョンという機能で再生する会場の形状に最適化されますので、あとは会場で実際の音を聴きながら調整するだけでよいのです」
AFC Imageのセッティングやコントロールは、AFC Image Editorで行う。Webブラウザー上で動くので、パソコンはもちろんスマホやタブレットでの操作も可能だ。会場に入り、AFC Image Editorでオブジェクト(先ほどの例でいうと鳥のさえずり)の位置を調整することでプリプロ段階のイメージに近づけることができる。再生中にオブジェクトの位置をリアルタイムに動かすことも可能なので、演劇などで役者の動きに合わせてオブジェクト(役者のマイクからの入力)の位置を動かし、役者の位置と音の聴こえてくる方向をより自然なものにするといった活用法もある。
また、AFC Imageには3Dリバーブと呼ばれるシステムが搭載されている。オブジェクトの位置に応じて残響の聴こえ方は異なるが、3Dリバーブはそれぞれのオブジェクトの位置に応じた最適な残響を作り出す技術で、より多くのエリアで臨場感のある音場を実現している。
スピーカーはNEXOを使用
AFCのプロセッサーにはDante経由で入出力を行う。入力できるチャンネル数は最大128ch、出力のチャンネル数は最大64ch。Music Canvasに設置されたスピーカーの内訳を橋本氏に聞いた。
「スピーカーは、NEXO ID24を床付近から空間上部の柱や壁まで、空間を囲むように23台、LFE用にNEXOのサブウーファーIDS108を2台、そのほか簡易的なイベント時の拡声用にコラム型のYamaha VXL1をL/Rで2台。合計27chを使って音像をコントロールしています。建築との兼ね合いで施工できるスペースは限られます。また、意匠的にもスピーカーは露出させたくないので、できるだけコンパクトなモデルが良いのですが、ある程度音量が出せないと没入感が作れないためパワーも必要です。加えて指向特性が極力広いものが好ましいので、ID24はベストなスピーカーだったのではないかと思います」
この点に、技術面でのサポートを行なったヤマハミュージックジャパン 音響事業戦略部の宮下亮氏も同意する
「ID24はNEXOのスピーカー・ラインナップの中でも、多用途にわたって活躍するモデルです。フラットでチューニングがしやすく、コンパクトながら15m先まで音が届けられる性能を持ちます。スピーチの拡声やBGMの再生に加え、サブウーファーとの組み合わせでライブ・パフォーマンスにも対応するモデルです。この空間の大きさを考慮すると、まさに最適な選択と言えます」
NEXOとYamahaのスピーカーにはNS-1というシミュレーション・ツールが用意されている。このソフトウェアで組んだ会場のスピーカー・プランをAFC Imageにインポートして活用できることもポイントと言えるだろう。
音場支援システム「AFC Enhance」
AFCを形成するもう1つのモデル、AFC Enhanceについても見ていこう。AFC Enhanceは、その空間特有の音響特性を基にした響きを加える技術で、マイクで拾った信号に処理を加えてスピーカーで鳴らし、その音をさらにマイクで拾うフィードバックを活用した仕組み。Music Canvasの上階にあるライブ&カフェでその効果が体験できる。カフェ営業時は響きを抑えた空間だが、ライブ時には演奏内容に合わせてAFC Enhanceによる響きが加わり、カフェ内での演奏をホールのような音響で聴けるのだ。橋本氏はこう説明する。
「ライブ&カフェでは、AFC EnhanceのシステムとしてスピーカーにYamaha VXS5を20台、収音用に無指向性のコンデンサー・マイクを4本設置しています。マイクで拾ったスピーカーの音と観客の拍手などをAFC Enhanceに取り込み、ディレイやEQ、ゲイン調整、FIRフィルターの畳み込み信号処理などで響きを付けてスピーカーに出力、さらにその音をマイクで拾うことを繰り返して響きをコントロールします。このときハウリングが起きないようにEMR(Electronic Microphone Rotator)と呼ばれる特許技術が機能します。例えばカラオケで、マイク持ってスピーカーに近づくと徐々にハウリングが起こり始めますが、音が成長するのに時間がかかりますよね。このときにマイクを動かすとハウリングする周波数のピークが変わります。この原理を利用して、4本のマイクの信号をスイッチングし、ある特定の周波数でハウリングが成長し切る前に別の系に切り替える。これを繰り返すことで、ハウリングせずにマージンを持たせることができるのです」
AFC Enhanceが生み出す響きは、リバーブなどのエフェクトで人工的に作られたものにはない自然さが特徴だ。この自然さを生み出しているのは、Yamahaが1985年にAssisted Acousticsという名前で開発を始めた残響支援システムをルーツとして40年の歴史を重ね、さまざまな空間の音響を多数手掛けてきた同社ならではの豊富なノウハウが結実した技術であることは特筆すべきだろう。
冒頭にも書いた通り、Music Canvasとライブ&カフェはイマーシブ・オーディオに関心があるなら訪れる価値のある場所だ。イマーシブによる新たなビジネスを模索しているプロフェッショナルも、ぜひ訪れてほしい。イベントも積極的に打ち出していく予定とのこと。今後の展開が楽しみだ。
主な使用機材
[Music Canvas]
- スピーカー:NEXO ID24×23、IDS108×2、Yamaha VXL1×2
- プロセッサー:AFC4、DME7
- コンソール:Yamaha DM7 Compact
[ライブ&カフェ]
- スピーカー:Yamaha VXS5×20
- マイク:audio-technica AT4022×4
◎本記事は『音響映像設備マニュアル 2025年改訂版』より転載しています。
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