BOSE PROFESSIONAL 〜半世紀の歴史と革新的プロオーディオ製品|901から最新スピーカーまで徹底解説

BOSE PROFESSIONAL 〜半世紀の歩みと注目の製品2023年4月に、BOSE CORPORATIONのプロ・オーディオ部門が新会社BOSE PROFESSIONALとして独立した知らせは、まだ記憶に新しいという読者も多いだろう。1964年設立のBOSE CORPORATIONにおいて、1970年代前半にプロ・オーディオ製品の開発が始まってから半世紀。数々のエポック・メイキングな製品を送り出してきた部門は、新たな船出の後も着実に歩みを進めている。今回は、BOSE PROFESSIONALの現在に至る歴史と注目の製品を紹介しよう。

写真 • 小原啓樹

源流となる製品の誕生

BOSEが901のプロモーションのために制作した広告

BOSEが901のプロモーションのために制作した広告

 BOSEブランドがプロ・オーディオ市場で認知されるきっかけとなったのは、901というモデルのスピーカーだった。BOSE PROFESSIONALのチャネルマーケティングマネージャーである長谷洋樹氏はこう話す。

 「901は家庭用に作られたスピーカーで、9個あるユニットのうち1個だけが前を向き、残り8個が後ろを向いている仕様でした。BOSEはもともと、クラシック・ホールの豊かな響きをスピーカーで再現することを目指して設立されたメーカーで、間接音の多いクラシック・ホールの響きを再現するために、8個のユニットからの音を壁に反射させる仕様になっていたのです。この製品はとてもヒットしたのですが、市場を調査するとプロ・オーディオの現場では8個のユニットを前に向けて使っていることが分かってきました」

901の内部を透過したイメージ・イラスト。画期的な設計に市場は驚かされた

901の内部を透過したイメージ・イラスト。画期的な設計に市場は驚かされた

 想定されていなかった使用法ではあるが、8個のユニットから放たれる音量と音圧が歓迎され、加えて901が備えていた耐久性の高さも重宝されていたようだ。

 「そこで、逆側の1個のユニットを抜いて、8個のユニットを前に向けた800というモデルをリリースしたのが、プロ・オーディオ部門の始まりと言われています。800はその後802という屋外対応のシリーズに進化し、オリンピックの現場をはじめプロ・オーディオの市場で広く使われ、ベストセラーとなりました」

プロ・オーディオの現場で人気を博した800

プロ・オーディオの現場で人気を博した800

 802シリーズは今でも根強い人気があり、中国や韓国、インド、シンガポールなど一部の国では2024年からリリースが再開され、最新バージョンが販売されている。

カルガリー冬季オリンピックの会場に設置された802

カルガリー冬季オリンピックの会場に設置された802

早い段階でソフトの開発に着手

 スピーカーの開発と並行し、1980年代にはシミュレーション・ツールの開発も始まった。1986年に実用化されたModelerというソフトウェアである。Modelerは、音響設計と解析のための3Dモデリング・プログラムで、屋内外の環境における音響システムのパフォーマンスを予測するのに活用されている。長谷氏はこう言う。

 「こうしたシミュレーション・ツールが出てくる前は、空間において音がどう振る舞うかはスピーカーを設置してみないと分からない部分が多く、エンジニアの経験に頼りがちでした。そこでBOSEはかなり早い段階からシミュレーション・ツールの開発に取り組み、Modelerを完成させました。Modelerは、設置場所の図面を3Dモデリングして、内装の素材による吸音率なども鑑みて音の振る舞いを予測してくれますので、音響設計の大きな助けになったと思います」

1980年代に開発が始まり1986年に実用化されたシミュレーション・ツールModeler。2025年1月現在、バージョン6まで開発が進んでいる

1980年代に開発が始まり1986年に実用化されたシミュレーション・ツールModeler。2025年1月現在、バージョン6まで開発が進んでいる

 Modelerを使うことで、音響設計者は「どのスピーカーを、どの角度で、何個付ければよいか」を予測できる。音圧分布や明瞭度、残響時間も予測でき、非常に高い精度でシミュレーション結果を得ることが可能だ。

 「ただ、シミュレーション結果だけだとエンドユーザーの方など音響に詳しくない方には分かりにくいので、実際に音が聴けるツールも開発しました。Auditionerというプレイバック装置です。パソコンにUSBで接続でき、Modelerでシミュレーションした空間の中の『この席で聴こえる音』を残響時間や定位感も含めてプレイバックできます」

Modelerでシミュレーションした空間で音がどう聴こえるかを確認できるプレイバック装置。Auditioner。この装置で確認した結果、建築中に天井の材質変更が行われた事例もあった

Modelerでシミュレーションした空間で音がどう聴こえるかを確認できるプレイバック装置。Auditioner。この装置で確認した結果、建築中に天井の材質変更が行われた事例もあった

 上の写真を見ていただきたい。ユーザーは左右のスピーカーの間の台に顎を置き、スピーカーから出てくる音を聴く仕組みだ。

 「現状のシステムと、我々が提案するシステムの聴き比べもできますし、新築の場合は例えば『電気音響ではどうしても取りきれないエコーがあり明瞭度に悪影響を与えていますが、天井の素材を吸音率の高いものにすると明瞭度が上がります』というようなご提案もできます。かなり強力なツールで、実際にこれを使って製品が導入された事例が世界中にたくさんあり、日本でも日本武道館や、ベルーナドーム(西武ドーム)、ゼビオアリーナ仙台などで使用されました。電気的なスピーカーのスペックだけでなく、建築音響の部分まで考慮して製品を選定できるのはBOSEのユニークなところだと思います」

BOSE PROFESSIONALのチャネルマーケティングマネージャー、長谷洋樹氏

BOSE PROFESSIONALのチャネルマーケティングマネージャー、長谷洋樹氏

小規模〜大規模空間まで幅広く対応

 スピーカーの話に戻ろう。ベストセラーとなった802は中規模空間向けだったが、より小規模な空間に向けた製品の開発も始まった。中でも日本オリジナルの101は大ヒットを記録したコンパクト・モデルだ。802にも使用されている11.5cmのユニットを1発だけ使った仕様で、BGM再生用としてカフェやレストラン、小売店で広く愛用された。

小規模空間向けに開発されヒットしたスピーカー101。豊富な金具のバリエーションで日本市場にも広く受け入れられた

小規模空間向けに開発されヒットしたスピーカー101。豊富な金具のバリエーションで日本市場にも広く受け入れられた

 一方、大規模空間向けの製品としては、2011年に発売されたRoomMatchと、それを駆動するためのパワー・アンプPowerMatchの登場がエポック・メイキングだった。長谷氏はその特徴をこう語る。

 「RoomMatchは、モジュール単位でアレイを組んでいくタイプのスピーカーです。ユニークなのが、1個1個のモジュールの水平/垂直の指向角が選べることで、モジュールは全部で55製品ありました。これによって例えば、アレイの一番上に付けて会場の遠くを狙うモジュールは指向角の狭いものを使い、下の方の会場の手前側を狙うモジュールは指向角の広いものを使うといった組み合わせができます」

大規模空間向け製品の第1弾として生まれたスピーカー。RoomMatchと、パワー・アンプPowerMatch

大規模空間向け製品の第1弾として生まれたスピーカー。RoomMatchと、パワー・アンプPowerMatch

 この、異なった指向角のモジュールを組み合わせてアレイを構成し、アレイ全体の指向性を変化させる設計方法はDeltaQテクノロジーと呼ばれている。RoomMatchのシステムは国内では日本武道館にも採用され、その新しい設計方法と、優れたサウンドが話題を呼んだ。DeltaQテクノロジーを用いた製品はその後、小型化されツアーにも対応できる作りのShowMatch、常設用で屋外にも対応する全天候型のArenaMatchがリリースされ、現行モデルとして販売されている。

小型化されツアーにも対応できる作りのShowMatch

小型化されツアーにも対応できる作りのShowMatch

常設用で屋外にも対応する。全天候型のArenaMatch

常設用で屋外にも対応する。全天候型のArenaMatch

 こうして、小規模空間から大規模空間まで幅広く対応する製品を生み出してきたカルチャーは現在のBOSE PROFESSIONALにも受け継がれている。セールスエンジニア/トレーナーである岡本大輔氏はこう語る。

 「BOSE PROFESSIONALが特徴的なのは、小規模空間向け、大規模空間向け、それぞれの製品の技術をお互いにカバーし合えているところだと思います。小規模空間でBGM用として使われるスピーカーはデザイン性が重視され、コンパクトにするための技術も求められます。その技術を生かす形で、大規模空間向けの製品はハイ・パフォーマンスでありながらコンパクトで、かつコストを抑えることができている。逆に大規模空間向けの製品で得られた技術が小規模空間向けの製品にも採用され、優れたデザインを持ちながらハイ・パフォーマンスである製品が生み出せています」

BOSE PROFESSIONALのセールスエンジニア/トレーナー、岡本大輔氏

BOSE PROFESSIONALのセールスエンジニア/トレーナー、岡本大輔氏

 現行の幅広いラインナップは、下記のBOSE PROFESSIONALオフィシャル・サイトでぜひチェックしてほしい。

サラウンドでも使える天井スピーカー

 BOSE PROFESSIONALは、独立して新会社を設立するタイミングで各国にExperience Centerと呼ばれる製品体験スペースを開設した。日本でも東京のオフィスに併設されている。今回の取材はそのExperience Centerで行われたが、そこで取材班が注目した製品を2つ紹介しよう。

BOSE PROFESSIONALのオフィスに併設された製品体験スペース。Experience Centerには、現行製品が展示されている

BOSE PROFESSIONALのオフィスに併設された製品体験スペース。Experience Centerには、現行製品が展示されている

 1つ目はEdgeMax。天井埋め込み型のスピーカーだが、BOSE PROFESSIONALらしいユニークな機構を備えている。その開発経緯について岡本氏はこう語る。

 「天井埋め込み型スピーカーは、スピーカーを露出させたくない空間で採用されることが多いのですが、下向きに設置されるものなのでカバレージ(音がカバーできる範囲)が狭くなってしまう欠点があります。また、マイクで人が話しているようなときも、音は頭上から聞こえてくるため視覚情報と聴覚情報の位置がずれて違和感を覚えやすい。そこで天井埋め込み型でありながら、露出型スピーカーのように方向感のある広いカバレージを実現できないかということで開発されたのがEdgeMaxです」

EdgeMax EM180

EdgeMax EM180

EdgeMax EM90

EdgeMax EM90

EdgeMax EM180-LP

EdgeMax EM180-LP

EdgeMax EM90-LP

EdgeMax EM90-LP

 上の写真を見ていただきたい。扇形の白いパーツが確認できるだろう。PhaseGuideと呼ばれるこの機構によって弧を描いている方向に音が放射され、垂直非対称の広いカバレージを確保する。スピーカーの音がPhaseGuideの穴を通過するときに指向性を生み出しているという。PhaseGuideは音を透過するファブリック製で、物理的な機構のため故障の心配はほぼない。先に紹介したDeltaQテクノロジーもそうだが、アコースティックな部分で課題を解決するのがBOSE PROFESSIONALらしいところだ。

 180°のPhaseGuideが付いているのがEdgeMax EM180で、壁を背に設置するタイプ。90°のPhaseGuideが付いているのがEdgeMax EM90で、部屋の角に設置するタイプだ。それぞれEM180-LP、EM90-LPというモデルも用意されている。

 「LPはロー・プロファイルの略で、奥行きが1/3くらいになっています。天井裏にダクトが通っているなど、奥行きがネックになるケースに対応すべく開発され、2024年に発売されました。約10cmのスペースがあればマウント可能です。音圧はLPが付いていない従来モデルの方が高いので、用途に合わせて選んでいただければと思います」

 Experience Centerには、EdgeMaxが前方天井に3台、後方天井に4台埋め込まれていて、5.1chのサラウンド・システムを形成していた。一般的な天井埋め込み型スピーカーでは望むべくもないことだが、EdgeMaxならば部屋全体をカバーするサラウンドも可能なのだ。

Experience Centerの天井に設置されたEdgeMax。5.1chサラウンド・システム用として部屋を取り囲むように7台埋め込まれている

Experience Centerの天井に設置されたEdgeMax。5.1chサラウンド・システム用として部屋を取り囲むように7台埋め込まれている

指向性を自在に操れるラインアレイ

 取材班が注目したもう1つの製品はMSA12Xだ。

Experience Centerのディスプレイ横に設置されたMSA12X

Experience Centerのディスプレイ横に設置されたMSA12X

 こちらはパワード・タイプのコラム・スピーカーで、Experience Centerでは正面のディスプレイ両サイドに設置されている。その特徴を岡本氏に聞いた。

 「筒状の筐体にスピーカー・ユニットを縦に並べたラインアレイで、BOSEは他社に先がけて2000年くらいから扱っています。このモデルはスピーカー・ユニットを12個と、12chのアンプ、さらにDSPを内蔵していて、音声信号はアナログもしくはDanteで受けられます。DSPによって1個1個のユニットの音圧、タイミングを変えて出力でき、指向性を下振りにしたり上振りにしたり、上下二手に分けてビームを出したりと、いろんなパターンが組めるようになっています。物理的に指向性を下振りにしたい場合、スピーカーを下向きにするため、オーディエンスから見て上方のユニットは近く、下方のユニットは遠くなるため、音圧やタイミング、位相に差が出ます。これを電気的に行うことで、スピーカー自体は真っ直ぐのまま指向性を下振りにできるのです」

このようにMSA12Xは、指向性を下振りや上振りにでき、さらに二手に分割することも可能だ

このようにMSA12Xは、指向性を下振りや上振りにでき、さらに二手に分割することも可能だ

 一般的なラインアレイの場合、垂直方向に音が広がらないので、スピーカーの縦幅の中にオーディエンスの耳が入っていなければならないという制約がある。そのため座ることの多い空間だとスピーカーの設置位置が低くなりすぎたり、人の体で音が吸収され後ろに行くほど音圧が下がってしまったりする課題があるが、MSA12Xならば高い位置への設置も可能だ。Experience Centerでも意図的に高い位置に設置されていた。設置後に指向角の調整が必要になった場合に機械的な作業を行わなくてよい点もメリットだろう。壁面コントローラーやアプリでビームのプリセットが切り替えられるのもユーザーにとってうれしいところだ。

 いかがだっただろうか。BOSE PROFESSIONALの現在に至る歴史と注目の製品を紹介してきた。今後もイノベイティブな製品を多く生み出してくれることに期待したい。

◎本記事は『音響映像設備マニュアル 2025年改訂版』より転載しています。

 音響/映像/照明など、エンターテインメント業界で働く人たちに不可欠な知識を網羅した総合的な解説書で、2023年の改訂版から2年ぶりのアップデート。各分野の基礎知識をレクチャーする記事+プロの現場のレポート記事で、これから業界を目指す人や業界に入ったばかりの方に向けて展開します。

製品情報

関連記事