第1回 音質の良さを活用した
アナログ・レコードのデジタイズ術
こんにちは、DJ/トラック・メイカーのGonnoです。僕は都内でハウス/テクノのDJを始めて、自身のレコードを海外レーベルより長年発表し、現在では東京以外の地域、もしくは海外でDJすることも多くなりました。この原稿を書いている今も、野外イベントでプレイするため沖縄に滞在中です。来月には、初めて呼ばれるインドで原稿を書いているかもしれません。
Console Shaperを通して
往年のトラックを今の音に近付ける
僕は実のところPRESONUS Studio Oneを導入したばかりで、長らくほかのDAWソフトで曲を作ってきました。2018年4月に発表したGONNO × MASUMURA『In Circles』はStudio One(以下S1)でミックス・ダウンしたものの、このソフトのことを既に深くご存じのスタジオ・エンジニアやコンポーザーの方々からすると、まだまだ稚拙な使い方をしているかもしれません。恐縮の限りですが、ここでは“DJ/トラック・メイカー視点”でのS1の魅力に迫りつつ、連載の後半の回ではS1オンリーでの曲作りも実践していきたいと思っています。
さて、S1導入の理由の多くに限りなくクリアな音質があると思いますが、その高音質を何に活用しようかと考えたとき、最初に思い付いたのがアナログ・レコードのデジタル・データ化でした。僕は、DJプレイに使用する音源としてレコードをデジタル化することがあります。それまで、ほかのDAWや録音ソフトの、どこかレコードの原音から外れた質感に違和感を覚えていました。そこで試しにS1を使ってみたところ、最も素直に録れると感じたのです。もちろん、レコードのデジタル化はソフトだけでなく、カートリッジ、ターンテーブル、フォノ・アンプ、ADコンバーターなどさまざまなツールによって結果が変わり、それらの相性も関係します。僕自身の機材環境は比較的安価でそろえやすく、S1もまたリーズナブルということで、以下に示す手順が皆様の参考になればと思っています。
まずターンテーブルはご多分にもれずTECHNICS SL-1200MK3D、カートリッジはORTOFON Concorde GoldかNAGAOKA MP-150を使用しています(使い分けは曲によりけりですが、大まかな基準としてハウスやテクノは前者、生音やダイナミック・レンジの広いリスニング系は後者)。そしてフォノ・アンプのALPHA RECORDING SYSTEM PPA-50からオーディオI/OのUNIVERSAL AUDIO Apollo 8 Quadを介してS1に24ビット/48kHzで録音し、録った日の日付けをトラック名にして保存。録音レベルに関してはピーク音量が−6〜−4dB辺りになるよう設定し、音量調整はフォノ・アンプで行うと良い結果になることが多いです。プラグイン・エフェクトなどのかけ録りをすることは、ほとんどありません。
中には録音そのものが悪いレコードもあるので、S1のマスターに挿したエフェクトで簡易的にリマスタリングすることもありますが、その際に有用なのが純正のConsole Shaper。アナログ卓のサウンドをシミュレートするエフェクトで、バスやマスターに装備されています。例えば1990年代のハウスやテクノのレコードは、現行のものに比べてコンプレッションが浅めなので、そん色の無い音にしたいときに便利です。ただし、あまりに曲本来の音とかけ離れてしまうのは避けたいので、DriveやNoiseなどのスイッチはすべてオフにします(もちろんCrosstalkも、ほかのチャンネルの音が薄く入ってくるのでオフに)。つまり“通すだけ”という状態にするわけですが、曲を録ったチャンネルのフェーダーを上げてConsole Shaperへの突っ込み具合を変えることで、ちょっとした飽和感を作り出します。アナログ機材を使うような要領ですね。
S1純正の3バンド・コンプ=Tricompも同様に、古いハウスやテクノのレコードにほんのりかけると良い具合になることがあります。ただし、これもあくまで“ほんのり”で、Mixノブを3〜10%辺りに設定し原音にコンプ音をブレンドするのが良いでしょう。
最終的にはS1のLimiterやサード・パーティ製のFLUX:: Pure Limiterを適宜使い分け、最終的な音量を調整。純正プラグインではProEQやSpectrum Meterも高品質で、Limiterなどと同じくマスターにも使えるクオリティです。以上のような簡易マスタリングを経てステレオ・ファイルに書き出す流れなので、あらかじめマスター・エフェクトをセットしたテンプレート・ファイルを作っておくと便利でしょう。
24ビット/48kHzでエクスポート
タップ・テンポ機能なども便利
続いては、ステレオ・ファイルの書き出しについて見ていきましょう。僕はデジタルの音源をプレイする際、データをUSBメモリーに入れて持って行き、PIONEER DJ CDJで再生します。そのため、USBメモリーに対応した機種で最も古いCDJ-2000で扱える最高フォーマット=24ビット/48kHzでエクスポートしています。Studio Oneでは、例えばABLETON LiveならExternal Instrument(というユーティリティ・プラグイン)を挿さないとできない“リアルタイム・プロセッシング”もチェック・ボックス一つで行えるため、よりリニアな音質で書き出せる印象です。
また楽曲のテンポをあらかじめ測っておき、“テンポをオーディオファイルに書き込み”にチェックを入れつつ、そのテンポで新規ソングを作成すると便利でしょう。書き出した後のステレオ・ファイルにテンポ情報が入り、ブラウザーで閲覧したときにBPMが表示されるため、管理しやすくなります。またS1にはタップ・テンポ機能もこっそりあって、画面下部の“テンポ”という表記を曲に合わせてたたくとテンポが検出されます。DJとしても、簡単にテンポ計測できるのはうれしいです。
さて、レコードと言えば“プチッ”といったノイズが付きものですが、S1にはAVID Pro Toolsのペンシルツールのように波形そのものを書き換える機能は付いていません。そのため、ノイズ除去などはSTEFANO DAINO DSP-Quattroなどサード・パーティ製の波形編集ソフトにステレオ・ミックスのファイルを移して行っています。こうした機能が、S1に今後標準搭載されたらいいなと思っています。
今回はレコードのリマスタリングやデジタイズという斜めな視点でS1を紹介しましたが、少なくともDJの方には面白く読んでいただけたのではないでしょうか。次回は、GONNO × MASUMURA『In Circles』の制作から導入したミックス・ダウンについて、お話しできたらと思います。
*Studio Oneの詳細は→http://www.mi7.co.jp/products/presonus/studioone/