宮川麿が使う Studio One 第4回

第4回 Professionalグレードならではの
標準搭載マスタリング・プロジェクト

早いもので、筆者の連載も最終回になりました。今回はPRESONUS Studio One(以下S1)でのマスタリング手順を紹介します。筆者はマスタリングの専門家ではありませんが、クリエイター目線のマスタリングとして大切なポイントをお伝えできたらと思います。

各トラックのラウドネス値をそろえて
EQやコンプで聴こえ方を微調整

近年はインディー/メジャーの境が薄くなり、制作スタイルも多様化しています。筆者も作曲〜マスタリングの全工程を請け負う機会が多くなりました。マスタリングと言えば、一昔前は高価な専用ソフトが必須でした。しかしS1のProfessionalグレードには、ミニマムですがDDPイメージの作成やラウドネス管理といったマスタリング向け機能が備わっており、専用のプロジェクト・ファイル上で扱うことができます。機能が厳選されているおかげで説明書が不要なほど使いやすく、筆者がS1でDDPイメージを作成したCDも数多く流通しています。

S1のマスタリング用プロジェクトでは、各トラック(個々の楽曲の2ミックス)とマスターを個別に扱うことができ、それぞれにエフェクトのインサート・スロットやボリューム・フェーダーが用意されています。音作りの手順は、各トラックの音を微調整した後にマスターでの処理を行うというもの。各トラックの微調整時は、マスターのレベル・メーターをK20に設定し、それぞれのラウドネス値が最大−20〜−18LUFSになることを目安として作業しています。聴感上、小さく思えますが、32ビット・フロートでの作業でしたら解像度の面でも大きな問題にはなりません。パツパツにレベルを突っ込んだ状態の2ミックスは非常に扱いづらいので、ヘッド・マージンには余裕を持たせるようにしています。また、これにより複数の曲を並べたときに周波数的な問題点なども見つけやすくなります。

▲S1のProfessionalグレードにはプロジェクト・ファイルというものがあり、そこでマスタリングが行えるようになっている。画面はプロジェクト・ファイルの中身で、各楽曲の2ミックス(トラック)とマスターを個別に扱うことが可能。赤枠で囲んだ部分はマスターのエフェクト・インサートで、右側にはボリューム・フェーダーの一部が見える。各トラックにも同様のコンポーネントが備わっているため、楽曲それぞれを微調整した後、マスターで一括して処理することが可能 ▲S1のProfessionalグレードにはプロジェクト・ファイルというものがあり、そこでマスタリングが行えるようになっている。画面はプロジェクト・ファイルの中身で、各楽曲の2ミックス(トラック)とマスターを個別に扱うことが可能。赤枠で囲んだ部分はマスターのエフェクト・インサートで、右側にはボリューム・フェーダーの一部が見える。各トラックにも同様のコンポーネントが備わっているため、楽曲それぞれを微調整した後、マスターで一括して処理することが可能

エンジニア/クリエイターの方から2ミックスを受け取って作業する場合には、当然レベルにバラつきのある状態からスタートするため、トラックの“ラウドネス情報”を更新。するとプリFX(エフェクトをかける前のラウドネス情報)とポストFX(エフェクトをかけた後のラウドネス情報)の両方を表示することができます。筆者はまず、各トラックのプリFXのラウドネス値を−18LUFSに統一。波形のゲインを上げ下げして、ラウドネス値をそろえます。こうしておけば、エフェクトのかかり具合にも統一性を持たせることができます。

▲インサート・スロットの上部には、各トラックのラウドネス情報が表示される。画面内に映っているのはプリFX(EQやコンプといったエフェクトをかける前の情報)で、ラウドネス値をあらかじめ−18LUFS程度にそろえておくのが筆者流 ▲インサート・スロットの上部には、各トラックのラウドネス情報が表示される。画面内に映っているのはプリFX(EQやコンプといったエフェクトをかける前の情報)で、ラウドネス値をあらかじめ−18LUFS程度にそろえておくのが筆者流
▲各トラックのラウドネス値を−18LUFSにそろえる際は、波形のゲインで調整。波形の上部にあるポイント(赤丸)を上下に動かすことで、ゲインをコントロールできる ▲各トラックのラウドネス値を−18LUFSにそろえる際は、波形のゲインで調整。波形の上部にあるポイント(赤丸)を上下に動かすことで、ゲインをコントロールできる

続いては、各トラックの“聴こえ方”に違和感が出ないよう調整していきます。トラック同士を比較してみると、低域がダブついていたり、高域が出過ぎているように聴こえる個所が見つかるでしょう。そういった場合は主にEQを使って調整しますが、S1標準搭載のPro EQでも十分な処理が行えます。このPro EQには“High quality”というモードがあって、オンにするとオーバー・サンプリング処理となるので必ずチェックを入れておきましょう。Q幅を少し広めにし、気になる帯域を0.5dB単位で調整して各トラックを聴き比べていくと、少しずつなじむポイントが見つかると思います。

2ミックスにかけるEQの影響はかなり大きいので、慎重にオペレートします。筆者は必ず、EQのバイパス・ボタンをオン/オフし、EQをかけた後/かける前を繰り返し比較するようにしています。また、過剰なピークや特定の音の突出が目立つ場合は、コンプでの処理が必須。筆者はよくFABFILTER Pro-MBやIZOTOPE OzoneのDynamics(いずれもサード・パーティ製のマルチバンド・コンプ)を使います。色付けが少なく、ナチュラルにかかるからです。

▲各トラックの聴こえ方をそろえる際には、S1純正のPro EQが活躍。ほかと比べて足りなかったり出過ぎていたりする帯域があれば、Q幅を広めに取って0.5dBずつ上げていく、もしくは下げていって、ちょうど良い値を探る(赤枠) ▲各トラックの聴こえ方をそろえる際には、S1純正のPro EQが活躍。ほかと比べて足りなかったり出過ぎていたりする帯域があれば、Q幅を広めに取って0.5dBずつ上げていく、もしくは下げていって、ちょうど良い値を探る(赤枠)

マスターには3つのエフェクトを挿し
−10〜−8LUFS前後にまとめる

さて、CD収録用の音源では、マキシマイザーによる処理が避けて通れません。厳密なルールはありませんが、筆者はマスターに“色付け用のアナログ系コンプ”“わずかにピークを抑えるマルチバンド・コンプ”“マキシマイザー”の3つを挿すことが多く、一枚のCDを通しての質感を統一します。マキシマイザーには高負荷なものが多いので、トラック単体にかけるよりもマスターに挿す方がCPUパワーの節約にもなります。

マキシマイザーのかかり具合は、LUFSやRMSといったメーターを見ながら、各トラックのフェーダーを上げ下げして微調整。リード曲やシングル曲を+0.3dB程度大き目にするなどの処理も、その際に行います。マスターのレベル感には好みがあると思いますが、筆者は−10〜−8LUFSくらいでまとめるよう調整し、クライアントに確認してもらいます。

ポーズ(曲間の無音部)やフェードの設定は、基本的には好みですが、1トラック目の冒頭には2秒間のポーズ(プリギャップ)が必ず入ります。これが無いと再生不良につながるので、仕様だと覚えておくとよいでしょう。最近はCDをプレーヤーで聴くことが減ったため、ポーズを多用する機会も減りました。0秒でつなぐことも多くなりましたが、2ミックスの無音部にはディザーのノイズやアナログ・モデリング系のノイズが入ることも多いので、頭とお尻には必ずフェードを描きます。

DDPイメージは作成だけでなく
外部からのインポートも可能

続いては、プレスの際に必要となる情報(レーベル・コピー)を入力。画面左のトラック名の▼ボタンを押すと情報の入力欄が出演するので、書き込んでいきましょう。S1にはディスク・ナンバーの専用欄が無いため、複数枚組の場合はアルバム名の欄にディスク・ナンバーを入れるようにしています。

▲楽曲ごとの情報を入力する欄。プロジェクト画面の左側に備えられており、赤丸で囲んだ三角形のアイコンを押して表示したり閉じたりできる ▲楽曲ごとの情報を入力する欄。プロジェクト画面の左側に備えられており、赤丸で囲んだ三角形のアイコンを押して表示したり閉じたりできる

こうして全プロセスが完了したら、画面上部のアイコンをクリックしてDDPイメージを作成(書き出し)。不具合を避けるためにも、プロジェクト・ファイルの名称などには日本語を使わず半角英数を使用するのが無難です。少し前の話ですが、S1にはバージョン3.5からDDPインポート機能が付きました。外部のDDPイメージを取り込んで、開くことのできる機能ですね。それまでは書き出しのみだったので、書き出したデータのチェックは別のマスタリング・ソフトやDDP再生プレーヤーで行うしかなかったため重宝しています。

▲DDPイメージの作成は、プロジェクト上部の“DDP”アイコンをクリックし(赤枠)、出てきた指示に従うたけで行える。ただし、プロジェクト・ファイルの名前に日本語が入っていたりすると作成そのものができない場合もあるので要注意 ▲DDPイメージの作成は、プロジェクト上部の“DDP”アイコンをクリックし(赤枠)、出てきた指示に従うたけで行える。ただし、プロジェクト・ファイルの名前に日本語が入っていたりすると作成そのものができない場合もあるので要注意
▲DDPインポート機能を使用するには、新規プロジェクトを作成する際に立ち上がるポップアップの“トラックをDDPイメージからインポート”にチェックを入れる(赤枠)。この状態でOKボタンを押すと、コンピューター内のDDPイメージを選択する画面が開く ▲DDPインポート機能を使用するには、新規プロジェクトを作成する際に立ち上がるポップアップの“トラックをDDPイメージからインポート”にチェックを入れる(赤枠)。この状態でOKボタンを押すと、コンピューター内のDDPイメージを選択する画面が開く

駆け足でしたが、あらためて4カ月にわたる連載にお付き合いいただき、ありがとうございました。少しでも皆さんの制作のヒントになっていれば幸いです。S1を駆使して素晴らしい作品を作ってくださいね。ありがとうございました。

*Studio Oneの詳細は→http://www.mi7.co.jp/products/presonus/studioone/