Chihei Hatakeyamaが使う Studio One 第3回

 第3回 高解像度の環境におけるアンビエント・ミキシング

こんにちは、PRESONUS Studio One(以下S1)連載を担当しているChihei Hatakeyamaです。今回はS1を使ったミックスがテーマです。

ディレイ音にもリバーブをかけて
音の塊のようなドローンを創出

今月は、昨年リリースした『Mirage』というアルバムの収録曲「Starlight And Black Echo」のソング・ファイルを使って、実際にどのようなミックスを行っているのか紹介します。この曲はYouTubeでも聴けますので、試聴しながら読んでいただけるとより分かりやすいと思います。

私は、すべてのトラックを用意しアレンジを終えてからミックスするのではなく、作曲や録音と同時に作業します。この曲のソング・ファイルは24ビット/44.1kHz。全部で19tr含んでおり、内訳はシンセ2tr、エレキギター4tr、フィールド・レコーディングの素材が4tr、FXが4tr、使わなかったボツ素材が5tr。ご覧の通りパートごとに色分けしています。色分けはかなり大事なので、視覚的にも整理して作業の効率化を図りましょう。

▲筆者は各パートのトラック/チャンネルを楽器の属性によって色分けしている。視認性を高め、作業効率を上げるためだ ▲筆者は各パートのトラック/チャンネルを楽器の属性によって色分けしている。視認性を高め、作業効率を上げるためだ

まずはマスター・チャンネルについて。サード・パーティ製のマルチバンド・リミッターWAVES L3-LLを挿し、その後ろにPhase MeterやSpectrum MeterといったS1標準搭載のアナライザーをインサートしています。L3-LLは音圧を上げる狙いというより、ピーク・レベルが±0dBを超えないように保険としてです。ただし+0.5dBほど持ち上げています。大きな変化ではありませんが、トラック同士のなじみが良くなるからです。アナライザー類は、連載の初回でも取り上げたようにミックスを視覚的に確認するのに重宝しています。

FXチャンネルは、ディレイをインサートしたものが1つとリバーブを挿したものが3つです。ディレイはサード・パーティのWAVES SuperTap 2を使用。出力はマスターではなく、WAVES TrueVerbをインサートした別のFXチャンネルです。これは音の輪郭をあいまいにするためにするためで、ある音を直接リバーブに送るのではなく、ディレイを一つ挟むことによって残響のなじみが良くなります。実機のギター用エフェクターを使っていて思いついた手法で、その際もディレイの後にリバーブを入れることでディレイ音にも残響が付加され、音の塊みたいなニュアンスのドローンが出来上がります。

▲ディレイ用のFXチャンネルは、リバーブ用のFXチャンネルに出力。各チャンネルの出力先は、パンポッドの上からアクセスできるプルダウンにて選べる。そのプルダウンにはメインやサブのマスター・チャンネル、各種バス・チャンネルやFXチャンネル、エフェクトのサイド・チェイン入力などがリストアップされる ▲ディレイ用のFXチャンネルは、リバーブ用のFXチャンネルに出力。各チャンネルの出力先は、パンポッドの上からアクセスできるプルダウンにて選べる。そのプルダウンにはメインやサブのマスター・チャンネル、各種バス・チャンネルやFXチャンネル、エフェクトのサイド・チェイン入力などがリストアップされる

アンビエントのミックスでは、トラックごとの分離感よりも“全トラックで一つの音の塊”といったものを表現したいので、各トラックの距離感を作るためというよりは、それぞれをなじませるためにリバーブを使います。そういうわけで、フィールド・レコーディング素材とひずみ系ギター以外のすべてのチャンネルをSuperTap 2にセンドし、リバーブと一緒にかかるようにしているのです。この曲ではTrueVerbがメインのリバーブで、残響時間は27秒ほど。ほかにも幾つかのリバーブを補足的に使っていて、それぞれ残響時間は2秒程度です。S1はリバーブの乗り方が自然で、残響も広く感じます。

ボリューム・オートメーションを活用し
楽曲の展開を構築

ここからはメインのシンセとして使っている音へのイコライジングや、コンプレッサーの使い方を見ていきましょう。使用したシンセはハードウェアのROLAND αJuno-2で、音色はダークなストリングス風味です。これをS1に録り、ボリューム・オートメーションを細かく描いて曲の展開を作成。長めのフェード・インやフェード・アウトなどを矢印ツールで描いていきます。S1ではオートメーションを矢印ツールだけで描けるので、素早く快適に作業できます。

▲ROLAND αJuno-2のトラックに描いたボリューム・オートメーション。音の出し入れを行うことで変化を生み出し、楽曲の展開としている ▲ROLAND αJuno-2のトラックに描いたボリューム・オートメーション。音の出し入れを行うことで変化を生み出し、楽曲の展開としている

コンプレッサーはサード・パーティ製のプラグインWAVES API 2500を使用。私は実機のAPI 2500も使っており、細かい設定も可能な上、何種類かのモードを備えているため積極的な音作りに向きます。またUREIやFAIRCHILD系のプラグイン・コンプほど色が付かないので、アナログ・シンセ特有の質感を残すためにもこれを選ぶことが多いです。設定は、ピーク時に良い感じにコンプレッションされるようスレッショルドを調整し、アタック遅め/リリース遅めで割とガッツリかけています。

EQは、サード・パーティのWAVES V-EQ4とBRAINWORX BX_Digital V2を使用。2つ使う意味としては、音へのキャラ付けや、二段がけの方が細かく設定できるという利点が挙げられます。この曲ではキャラ付けのためにV-EQ4やBX_Digital V2を使いましたが、普段はS1標準搭載のPro EQも使用しています。Pro EQにはスペクトラム・アナライザーが付いているので、視認性に優れ重宝しています。

▲Pro EQは、S1に標準搭載されているパラメトリックEQ。EQカーブの後ろにスペクトラム・アナライザーが表示される仕様で、どの帯域がどのくらいの音量で出ているのかが視覚的にとらえられる。画面のアナライザーは1/3オクターブ幅の“Third Octave”というタイプのものだが、プルダウン・メニューから“FFT Curve”や“Waterwall”といった方式も選べる(赤枠) ▲Pro EQは、S1に標準搭載されているパラメトリックEQ。EQカーブの後ろにスペクトラム・アナライザーが表示される仕様で、どの帯域がどのくらいの音量で出ているのかが視覚的にとらえられる。画面のアナライザーは1/3オクターブ幅の“Third Octave”というタイプのものだが、プルダウン・メニューから“FFT Curve”や“Waterwall”といった方式も選べる(赤枠)

先の2つのEQに話を戻しましょう。アンビエントで使うようなストリングス系の音色は、どうしても100〜300Hz辺りに音がたまってしまう傾向にあるので、主にそれを解決するために使っています。カットする量は両方とも1.3dBくらい。あまり極端なイコライジングをすると位相が崩れ音も細くなってしまうため、バランスに注意して慎重に設定しましょう。例えばBX_Digital V2のQ幅は、シンセに対しては広めに設定した方が自然で、カットやブーストがスムーズに行えます。またザラザラした感触を出すために、5kHzや12kHzといった高域を1dB程度ブースト。処理前よりコード感などもハッキリします。コンプやEQを使うときの留意点は、必ずセットで考えることです。使う目的と問題を整理し、コンプでつぶした方がいいのかEQでカットした方がいいのかを考えるとよいでしょう。

最後にほとんどすべてのチャンネルにステレオ・イメージャーを挿して、パンニングやステレオの広がりを調整。メインで聴かせたいものはステレオ幅を狭く、オケの後ろから聴こえてほしい音は広くするとよいと思います。ここではシンセのステレオ幅を広く、ギターを狭く設定しています。パンニングやステレオ幅はかなり大事なので、研究してみてください。

S1は音の解像度が高く、同一のサウンド・ファイルでもより粒が立って聴こえるので、ミックスに向いていると思います。レコーディング・スタジオでは録音にAVID Pro Toolsを使うことが常ですが、録り音のミックスは自宅でS1に取り込んでから行っています。筆者がS1の方に慣れていることを差し引いて考えても、音同士のなじみ方がPro Toolsとは少し違うのですね。それではまた次回、よろしくお願いします。

▲「Starlight And Black Echo」のソング・ファイルの全容。筆者は普段から、音の解像度の高さを気に入ってStudio Oneでミックスを行っている ▲「Starlight And Black Echo」のソング・ファイルの全容。筆者は普段から、音の解像度の高さを気に入ってStudio Oneでミックスを行っている

*Studio One 3の詳細は→http://www.mi7.co.jp/products/presonus/studioone/