
第1回 ライブのマニピュレーターとして
Studio Oneを活用する
皆さん初めまして! 今月からこのページを担当することになりました宇佐美です。マニピュレーターとしてのライブ・サポートのほか、楽曲制作にもStudio One(以下S1)をフル活用している僕の視点からの“ここが便利!”を書いていきたいと思います。ライブ現場の話題が中心となりますので、これからS1による同期を導入してみようと思っている方はぜひ参考にしてください。
トラックのインスペクターで
最適なタイム・ストレッチが可能
生演奏以外のパートを担うマニピュレーターという仕事。かつてシンセサイザー・プログラマーと呼ばれていたように音色自体やシーケンス・データの制作を行い、本番時にはシーケンサーを操作するというものでした。このころは持っているシンセやサンプラー・ネタなどがマニピュレーターの個性となっていましたね。余談ですが“マニピュレーター”という役職名は日本独自のもので、本来人を表す言葉としては“心を操る人”というようなネガティブなイメージを伴います。海外ツアーに参加した際には使っているソフトにかかわらず“Pro Tools Operator”という肩書が一般的だと感じました。
さて、オーディオの扱いが主になったこの十数年では波形エディットやエンジニア的な技術が求められるようになっており、特にテンポやキーの変更などはライブの現場においては“あるある”だと思います。僕がS1を使いだしたのは2012年からで、それまではMOTU DPを15年ほど使っていましたが、DPのチャンク機能は、パラデータを並べたソング単位で1つのプロジェクトを管理できる強みを持っていました。DPからS1に移行した大きな理由に“テンポ/キー変更に強い!”ということが挙げられます。今回はこの2つにフォーカスしていきましょう。
メイン・ウィンドウからオーディオ・トラックのインスペクターを見ると、“ファイルテンポ”という項目があります。

ここに設定されたテンポを元に、ソングのテンポに対してタイム・ストレッチを行うことができます。その際にはインスペクター上段の“テンポ”から“タイムストレッチ”を選択します。

そして“テンポ”の下の“タイムストレッチ”の項目から、ボーカルなどの単音、コード楽器などの和音、ドラムやパーカッションといった打楽器系など、オーディオの内容別に適切なモードを選択することによって最適な処理がなされるのです。このアルゴリズムは後述のキー変更にも適用されます。
ほかのソフトで制作されたオーディオ素材を取り込んだ場合はテンポ情報が入っていないことも多いのですが、素材のテンポが分かっていれば必要トラックを一度に選択して設定することが可能です。しかし、ここで起こりうるシチュエーションとしては、“楽曲中にテンポが変動しているがテンポ情報がない”素材に遭遇するケース。◯小節目からテンポXXX、のように具体的な数値が分かるのであれば、テンポ・トラックを表示してテンポ・マップを作っていきます。もし分からなければ、S1のメトロノームをオンにして、クリックを出しながら耳を頼りに作りましょう……! 無事にテンポ・マップが出来上がったらオーディオ素材を選択し、“イベント”から“選択をバウンス”します。これによってインスペクターのファイル・テンポが“未設定”から“マップ”に変わったことが確認できるはずです。これでテンポ変化のあった曲を一定のテンポに統一したり最後をリタルダンドしたりと、ライブならではの演出に応えることができるようになります!

突っ込んだピッチ・エディットは
Melodyneが有効
どちらかと言えば楽曲制作時の方が多いであろうオーディオ素材のキー(ピッチ)変更ですが、ライブ時でもソロ回しのときに一時的に転調しよう、などといった具合で必要とされる場合があります。S1ではテンポのときと同じように、インスペクター内の“トランスポーズ”“チューン”から素材に直接手を加えることなくピッチを変えることが可能です。テンポは選択したトラック全体に影響しますが、これらピッチ関連はオーディオ素材(クリップ)1つずつに設定できます。ループ素材を部分的に転調することもOKなわけです。長い素材の中の一部だけ転調したい場合は“範囲を分割”で切り分けて処理しましょう。
S1はトランスポーズも十分実用的ですが、効果が思わしくなかったり突っ込んだピッチ・エディットが必要ならばCELEMONY Melodyneを使いましょう。

S1には高機能ピッチ・エディターMelodyne Essentialが内包され(Professional版)、コマンド1つで編集作業に入ることができるので繊細な編集はこちらで行うのが良いですね。MelodyneのバージョンをEditor以上にアップグレードすれば和音解析のアルゴリズムも使えるようになり、まるでMIDIデータを編集するようにオーディオ素材を扱えるので便利です! 編集後は“イベントFXをレンダー”で負荷を軽減するのを忘れずに。
テンポやキーを高いクオリティで非破壊編集できるのはS1の強みですが、適用範囲が広くなるほどCPU負荷も高くなるのはトレード・オフの部分です。初期設定ではタイム・ストレッチにキャッシュ・ファイルを使うようになっており、これによってテンポ変更が生じた際にキャッシュ・ファイルを作成、再生に適用という形でテンポ変更へのレスポンスを向上させています。

テンポのバージョン違いを作る際にはキャッシュ・ファイルが随時増え続けることになるので、ハード・ディスクやSSDの残量には注意しましょう。

パフォーマンスに影響が出た場合はキャッシュを使わずリアルタイム処理する方が良い場合もあります。

しかし僕は、オリジナル・データを“新規バージョンを保存”でバックアップしたのちにオーディオ・トラックを“選択をバウンス”で編集を反映させ、新しいオーディオ・データとしてトラック上に書き出して以前のデータをソング上から外すようにしています。この辺りの管理はいつでも戻れるようにしっかりやっておくとスムーズに現場が進行できるようになりますよ。
次回もマニピュレーションでの“仕込みの小技”の予定ですのでお楽しみに!
*Studio One 3の詳細は→http://www.mi7.co.jp/products/presonus/studioone/