林ゆうきが使う Studio One 第1回

第1回
Studio Oneに乗り換えた理由と
劇伴作曲における準備について

 皆さん初めまして、作曲家の林ゆうきです。今回からStudio One(以降S1)の連載を担当させていただきます。僕はTVドラマや映画、アニメなどの音楽をメインに作っているのですが、その作業をすべてS1で行っています。劇伴の場合、S1で作ったデモを元にレコーディング・スタジオで生楽器に差し替えることが多いのですが、歌モノを作っている方とは少し異なる使い方をしていると思うので、その点でも参考になれば幸いです。

どんなDAWから乗り換えても
受け入れる体制は整っている

僕が初めて打ち込みをしたのは、ROLAND ミュージ郎に付属していたINTERNET Singer Song Writerでした。その後、ACIDファイルを使いたくて、対応しているCAKEWALK Sonarに乗り変えました。Sonarを使っていて不満はなかったのですが、ふとしたときに浅田祐介さんがS1を勧めてくれたのです。ほかのDAWに比べて価格も安く、お試しでと思い使ってみたんですね。慣れているソフトから移行するのは難しいと思っていたんですけど、スムーズに移行でき、“取っつきやすいな”というのが第一印象でした。キーボードのショートカットもほかのDAWのプリセットが用意されている上、自分で設定した内容をインポート可能なので、どんなDAWからでも受け入れる体制は整っているんだなと思いました。

◀Studio Oneには、ほかのDAWから移行した際も、それまで慣れていたキーボード・ショートカットをそのまま使用できるようになっている。オリジナルのショートカットを作っていた場合にも対応できるよう、インポートの機能もある ▲Studio Oneには、ほかのDAWから移行した際も、それまで慣れていたキーボード・ショートカットをそのまま使用できるようになっている。オリジナルのショートカットを作っていた場合にも対応できるよう、インポートの機能もある

現在のシステムを紹介しましょう。ずっとWindowsを使っていて、メイン・マシンはWindows 7のINTEL Core i7/3.5GHz、メモリー64GBで、サブは同じくWindows 7、INTEL Core i7/3.2GHz、メモリー48GBです。サブは主にライブラリーや映像確認用ですが、バックアップ用途としても活用しています。話はそれますが、クリエイターの皆さんがデータのバックアップをどうやっているのか非常に興味がありますので、ぜひサンレコで特集してください。

実際の作業は、4つのディスプレイ(1つはノート・パソコンのディスプレイ)を使い分けています。デュアル・モニターはメインのトラックを横長に表示できるようにして、トラックを全体で見えるようにしており、もう1つはソフト音源や映像を映すもの、そして、ノート・パソコンのディスプレイには、ピアノロールのみを表示させています。S1は1つの画面にすべてを表示させることができるのですが、僕はピアノロール画面を作業のメインに使っているので、別ディスプレイに映すことができることはかなり重要でした。S1はそれが可能だったのです。1つ要望を言わせてもらうと、劇伴では、いろんな音色を切り替えて、フレーズに合うかどうかを試すことが多いのですが、ピアノロールの画面内で、音色を切り替えができるようになると作業スピードも上がり、大変ありがたいです。

テンポ・チェンジを階段状に入れて
多くの楽曲にすぐ対応できるように

基本的な作曲作業の流れを追って解説していきましょう。S1を立ち上げる際、自分で用意した最もベーシックなテンプレートを立ち上げ、そこから作業するドラマや映画のタイトル用にテンプレートを作り直します。例えばTVアニメ『ガンダムビルドファイターズトライ』を担当したときは、エピック系のオーケストラ音色からリズム系までたくさんの音色をあらかじめ立ち上げていたのです。

▲TVアニメ『ガンダムビルドファイターズトライ』を担当した際に作ったテンプレート。作品の世界観からイメージした音源をあらかじめ立ち上げておき、この状態から作業を開始した ▲TVアニメ『ガンダムビルドファイターズトライ』を担当した際に作ったテンプレート。作品の世界観からイメージした音源をあらかじめ立ち上げておき、この状態から作業を開始した

『アオハライド』のような青春恋愛モノでは、そういった音源は登場しないので、もっとシンプルに使いそうな音色を読み込んでおきました。

個人的に特徴的かなと思っているのは、頭にテンポ・チェンジをおおよそ10BPM単位で、階段状に設定しておくことです。

▲効率を考え、テンポの異なるさまざまな楽曲を1つのセッション内で作業するため、トラックの頭におおよそ10BPM刻みのテンポ・チェンジを入れている(赤色枠内)。この設定をしておくと、SPECTRASONICS Stylusなど、テンポに依存するソフトウェアを使用する際、すぐに確認することができ、曲にもスムーズに反映可能となる ▲効率を考え、テンポの異なるさまざまな楽曲を1つのセッション内で作業するため、トラックの頭におおよそ10BPM刻みのテンポ・チェンジを入れている(赤色枠内)。この設定をしておくと、SPECTRASONICS Stylusなど、テンポに依存するソフトウェアを使用する際、すぐに確認することができ、曲にもスムーズに反映可能となる

僕は、1つのセッション・ファイルの中に、多くて数十曲もの曲を扱うのですが、それぞれの発注メニューに書かれているテンポはもちろん異なります。このテンポ・チェンジの階段を用意しておくと、SPECTRASONICS Stylusなどでリズムや音色を選ぶ際、指定のテンポにカーソルに合わせれば、そのテンポで再生できるので、非常に便利です。また、“このパターンは疾走感のある10曲目の200BPMの曲に合いそうだな”と思ったとき、カーソルを200BPMにすればすぐに確認できます。このように1曲を作りながら、ほかの曲にもすぐ移行する場合があるので、1つのセッション・ファイル内に複数の曲が同時に存在するのです。僕の場合、それをしないと全体のバランスがつかめないという理由もあります。劇伴では、メイン・テーマのバリエーションを作ることが多いのですが、そんなときは、新しいプロジェクトを立ち上げるのではなく、メイン・テーマのメロとコードをコピーして、後ろの方に張り付けて作業します。こうすると、作業もスピーディに行うことができるのです。煮詰まってしまったときも、気分転換にほかの曲にすぐ取りかかることもできますしね。

今回の最後に、僕がよく使っているプラグインを紹介しましょう。最近グリッチ系の曲を作るときに活用しているのがX-Tremです。

▲Studio One付属のモジュレーション・プラグイン、X-Trem。左画面の設定は、8小節にわたるストリングスのレガート演奏の終わりに、部分的にトレモロがかかるよう、オートメーションを使って設定しました。スタッター的なドラム・ブレイクなどに合わせて使うこともあります ▲Studio One付属のモジュレーション・プラグイン、X-Trem。左画面の設定は、8小節にわたるストリングスのレガート演奏の終わりに、部分的にトレモロがかかるよう、オートメーションを使って設定しました。スタッター的なドラム・ブレイクなどに合わせて使うこともあります

モジュレーションのプラグインで、モードがパンかトレモロで切り替え可能。ブレイク明けにトレモロで音を変化させるときに使ったり、また、レコーディング・スタジオで録ったストリングスに対して、トレモロを薄くかけるとグルーブ感を出すことができます。レガートに弾いた音に刻みを入れると、リズムとうまく合うのです。あとは、パッと見から使いやすいAnalog Delayもよく使います。

▲こちらもStudio One付属のディレイ・プラグインAnalog Delay。画面の設定はピアノにインサートしたもので、序盤のピアノだけのメロディ部分は持続音が短く、少しさみしいので付点8分や4分音符でFeedBack長めにしてかけました。イメージはロバート・マイルズです(笑) ▲こちらもStudio One付属のディレイ・プラグインAnalog Delay。画面の設定はピアノにインサートしたもので、序盤のピアノだけのメロディ部分は持続音が短く、少しさみしいので付点8分や4分音符でFeedBack長めにしてかけました。イメージはロバート・マイルズです(笑)

メロディ楽器を中心にピアノなどいろいろ活用しています。

ありがたいことに劇伴の作曲は、生で録れる機会の多い仕事で、プレイヤーの演奏に委ねる場面もあるのですが、そんなときも自分のイメージをしっかり伝えるためのデモは大切です。そういった意味でS1は癖もなく取っつきやすいソフトなので、楽曲制作に集中できるのです。Free版もありますし、ぜひ皆さんも試してみてください。