JBL VRX900 Seriesで客席全体をカバー
地下鉄大手町駅直結の東京サンケイビルに、昨年8月にオープンした“俺のGrill&Bakery 大手町”は、ステーキを中心としたレストラン“俺のGrill”と、高級ベーカリー・ショップ“俺のBakery”とを兼ね備えた店舗だ。
同店を運営する“俺の株式会社”は、ブックオフの創業者として知られた坂本孝氏が飲食業へ進出して誕生した。立食スタイルで回転数を上げ、一流レストラン出身のシェフが腕を奮う料理を高級店の3分の1で楽しめる“俺のフレンチ”“俺のイタリアン”などの店舗を次々と立ち上げ、急成長。現在では着席スタイルでの店舗が増えるとともに、店舗ジャンルも増え、一部の店舗ではジャズを中心に生演奏でのライブを開催して人気に。“俺のGrill&Bakery 大手町”では毎夜、土日祝日はランチ・タイムにもライブ演奏が行われているという。
「ライブ・チャージは設定しておらず、アミューズも含めたテーブル・チャージとして500円いただいております」と店長の飯田隆広氏は説明する。
138席の店内は、地下2階から地下1階にかけての吹き抜けとなっており、ステージを見下ろせるような放射状に客席が設けられている。演奏者支援部の伊藤源氏が説明してくれた。
「創業者の坂本の、最高のピアノを入れたいという意向で、STEINWAY D-274を導入しました。STEINWAYのピアノが入っている店舗はほかにもありますが、フルコンサート・サイズは当店のみです。編成は、弾き語りからビッグバンドまで対応しています。弊社では現在700人ほどの登録ミュージシャンがいますが、当店はステージにこだわり、特に秀でたプレイヤーにご出演いただいております」
壁にはベルナール・ビュフェのリトグラフが並ぶなど、内装にも力を入れた同店。そんな空間だからこそ、音響にも注力するのは当然の流れだろう。音響システム構築はヒビノプロオーディオセールス Div.が担当。プランニングをした西郡篤司氏に詳しく聞いていく。
「まず、大きな空間なのでデッド・ポイントを無くす必要があると考えました。メイン・スピーカーはJBL PROFESSIONAL VRX932LA-1を左右に3基ずつ、サブウーファーのVRX918Sを2基ずつフライング。さらにRch側の客席エリアがやや広いため、一回り小さなVRX928LAを2基加えています」
これらVRX900 Seriesは、フライングはもちろんグランド・スタックやポール・マウントにも対応した、多用途に対応できる小型ラインアレイだ。西郡氏は選定理由をこう続ける。
「サイズ的に使いやすいんです。ウーファー・ユニットを2基備える上位モデルだと、スピーカーの存在感が強くなってしまいます。“ちょうど良い大きさのスピーカー”だからこそ、VRX900 Seriesはロングセラーなんだと思います。このサイズでもパワーは十分ですからね」
モニター・スピーカーは、フロアに置いたVRX915Mに加え、客席上のバトンにメインと同じVRX932LA-1を左右2基ずつフライングし、ステージに向けている。
「演奏者のモニターとしてはもちろん、ステージ近くの客席までカバーすることで、デッド・ポイントを減らしています」と西郡氏は語る。
すべてのスピーカーの位相をそろえる
しかし、ただスピーカーを増やせばデッド・ポイントを減らせるというわけではない。西郡氏は、すべてのスピーカーの位相をそろえることが重要だと考えたそうだ。
「モニターを含むすべてのスピーカーをバイアンプで駆動し、DBX DriveRack Venu360で各ドライバーの位相を全部そろえました。位相をそろえることのメリットは3つあります。1つ目は、位相の異なるスピーカーを組み合わせたときに生じる音のキャンセリングを防げることです。正位相のスピーカーと逆位相のモニターがあると、音が打ち消し合って音量が下がってしまいます。位相をそろえれば、少ないスピーカーで最大のパワーを得ることができるため、今回のように設置できるスピーカーの本数に制約がある場合はメリットが大きいです。2つ目は自然な音にするため。さまざまなスピーカーを組み合わせれば位相のずれは必ず起こり、場所によっては音質が変化してしまいます。音量だけでなく音質も均一にするため、位相をそろえることにこだわりました。最後のメリットは1つ目と関連しますが、音のキャンセリングを防ぐことで、パワー・アンプの出力が無駄なく音として出力できるという点です。ここはもともと、通常の飲食店物件なので電源容量に限りがあります。位相をそろえることで、電力を効率的に使い、無駄のないようにしました」
もう一つ、ライブ・レストランならではの音作りのポイントがあったと、西郡氏は説明する。
「ライブ・ハウスなどでは、スピーカー特性をフラットにしていくのですが、店舗やイベント・スペースでは3〜8kHzに“肩を入れる”……耳に痛いポイントを抑えるんです。明りょう度を保ちながら、痛い音にはしないことに気を遣いました。ここは食事をしながら音楽を楽しむところですから、長時間演奏を聴いても疲れにくいように調整しています」
そのほか、同店ではPAエンジニアが常駐していないため、メインテナンスやオペレーションを考慮したさまざまな工夫をしたという。営業がスタートして、毎日店頭で指揮を採る伊藤氏は「クリアな音で、お客様にも満足いただけていると感じています」と語る。また伊藤氏はミュージシャン担当の立場から「演奏しやすく、やりがいのある場所だとミュージシャンの方々におっしゃっていただけています」とコメントしてくれた。同店での円滑なライブに、システム全体が貢献していることは間違いなさそうだ。