Premium Studio Live Vol.2 原田郁子+高木正勝

レコーディング・スタジオでの一発録りをライブとして公開し、DSDで収録した音源をDSDファイルのまま配信するという本誌主催のPremium Studio Live。待望のVol.2は去る10月31日、クラムボンの原田郁子と、映像作家としても活躍する高木正勝の組み合わせで行われた。定員50人に対し、約7倍もの応募をいただいたほど注目を集めた今回のライブ。初共演となる二人が、どんな化学反応を起こすのか? 2台のグランド・ピアノを用いたぜいたくな一夜の模様を、演奏前後の様子と併せてお送りしていくことにしよう。

[この記事は、サウンド&レコーディング・マガジン2010年12月号の記事をWeb用に編集したものです] 
Photo:Takashi Yashima


DSDで2chダイレクト録音
バックアップにDSD専用DAWも


今回の会場は、東京・市ヶ谷のサウンドインスタジオBst。実は、原田+高木の組み合わせが決まった時点で、スタジオの選定が大きな課題となった。この二人の顔合わせならば、ピアノ2台での演奏を誰もが思い浮かべるだろう。ところが1室にグランド・ピアノが2台あるスタジオは、極めてまれだ。候補を探しているうちに、偶然サウンドインBstにSTEINWAYのフルコンサート・サイズとセミコンサート・サイズが1台ずつあることが分かり、ここを会場に決定した。


当日の仕込みは午前中からスタート。収録の担当は、Vol.1から引き続きエンジニアの葛西敏彦氏に依頼した。前回を通じての経験と、原田との親交も深いというのがその理由だ。ただし、前回は葛西氏がPAエンジニア的役割を兼ねる負担が大きかったために、今回は溝口紘美、岩谷啓士郎の両氏にアシストしていただき、葛西氏が収録に専念できるような体制を整えた。


そしてVol.1との大きな違いは、マルチトラック録音してライブ収録後にミックス・ダウンするのではなく、ライブ中にステレオ・ミックスし、1台のKORG MR-2000Sへダイレクト録音する点。その意図を葛西氏に聞いた。


「実は前回の大友さん+高田さんも1曲以外はほぼそれに近い形でやっていて、それが良かったんです。ライブPAのミックスみたいに、演奏に合わせてミックスしていった方が、後からミックスするよりもライブでやっていることの良さが残ると思うんですよ。多少バランスがいびつになる瞬間があるかもしれませんが、そうしないと出せないものもあると思っての判断です」


バックアップとしてマルチトラックでの録音も敢行。スタジオのAVID Pro Toolsと、KORGが用意したDSD用DAWもセットされた。これはこのライブの直後、サンフランシスコで行われたAESショーで研究発表されたもの。2.8/5.6MHz DSD専用のDAWソフトClarityと、8chのUSBオーディオ・インターフェースMR-0808Uとのセットである。結果としてすべてMR-2000Sでのダイレクト録音のみを使用することになったが、確認用としてマルチトラック音源を聴いてみることもあった。


2台のピアノとスタジオが
一つの楽器のように響く音を録る


Bstの7.5mの天井高を生かして、音がスタジオ内に十分拡散するように、ピアノの天板は外すことに。オンマイクに高音弦と低音弦に、コンデンサー・マイクとリボン・マイクを一組ずつ置いている。葛西氏はこのマイキングについてこう語る。


「DSDだとそのままフラットに録れるので、コンデンサー・マイクで意図的に作っているピークが強く出過ぎる瞬間があるんです。それならリボンの方が向いているのかなと思って、コンデンサーと併用することにしました。鳴っている音を全部そのまま録れるようにするのが狙いで、コンデンサーもB&KやSCHOEPSなどフラットな特性のものを選んでいます。ピアノ2台が、スタジオ中央に低音、外側に高音が鳴る配置になったので、それに合わせてマイキングを考えました。ピアノのふたを外したことで2台が一つの楽器のように響いていているのが面白いですし、それがスタジオの持つ響きと合わさって包まれるような音の場になるのを、そのまま録音したいと思ったんですよ」


また、曲に応じて原田と高木がサイドを入れ替え、サイズの違うピアノを弾き分けることを想定して、ボーカル・マイクはどちらもNEUMANN U67をセット。さらにアンビエンス・マイクとしてB&K 4006と4009を2本ずつと、コントロール・ルーム上にあるブースへつながる階段の踊り場に、SANKEN CU-41が追加された。


演奏者同士が隣り合うレイアウトに
事前リハ無しがもたらす結果は?


昼過ぎに原田と高木が到着し、それぞれがピアノの感触を確かめる。すると、意外にも二人はそろってセミコンの方が良いとの判断を下す。高木によれば「セミコンの方が立ち上がりが早いですね。僕は普段自宅でアップライトだし、それに近い感触もある」とのこと。調律士がフルコンを再調整し、鍵盤の根元部分のカバーを外すことで、より開放感のある音色に仕上げられた。


また、最初2台のグランド・ピアノは演奏者が向かい合うよう横並びにレイアウトされていたが、原田と高木がもっと近くでコミュニケーションを取れるようにと変更を希望。向かい合わせを保ったまま、鍵盤の位置がほぼ一直線になるようピアノを動かし、演奏者が隣り合うようなレイアウトになった。


簡単な打ち合わせは事前に行っていたものの、当日までリハーサルに入ることはなかった二人は、その場で演奏候補の曲を確認していく。高木の「Girls」「Tai Rei Tai Rio」や原田の「たのしそう かなしそう」「銀河」「波間にて」、クラムボンの「はなればなれ」など、次々とお互いの曲を合わせていった。


"隣の家で演奏している"感覚から
音楽が紡がれていくまで


原田・高木の希望で観客用の椅子は用意せず、床に座るスタイルで行われた本番。まずセミコン側に座った高木が「スケール練習からやろうか」と声をかけ、音を出し始める。そのまま二人で「Tai Rei Tai Rio」へと流れていく。演奏は切れ目なく「銀河」へ。忌野清志郎が作曲したこの曲で、原田のボーカルに合わせて高木もユニゾンで歌う。
しかしこうしたやり取りをしながら、二人はまだどこかしっくりと来ていない様子。高木が


「普通のライブみたいになってしまう」とつぶやくと、そんな様子を見た原田が「京都に帰りたそうな顔をしている」と返す。「Girls」からそのコード進行のまま別のメロディを奏でてみたり、「たのしそう かなしそう」を演奏したり、即興で曲を作ったりといったやり取りが繰り返されていく。


終演後、この状態について「隣の家で演奏しているみたい。どうしても壁があって、隣で何をやっているか分からなかった」と二人は口をそろえる。原田によれば、「二人とも"見せるライブ"や"レコーディング"ではなく、それ以前の、自宅でピアノを弾いているくらいの中から生まれる"下書きやスケッチ"的な音を、この環境の中でとらえようとしていた」そう。こんなセッションが1時間ほど続いた後、「休憩しましょう」と高木が提案。床に座り続けていた観客も、緊張が解けて安堵のため息を漏らしていた。


しかしその瞬間からスタジオの空気が一変していく。客席に居た、高木と何度も共演しているOLAibi(perc)が高木に乞われて飛び入りで参加。ピアノの天板や側板を素手でたたいてリズムを繰り出すと、それに合わせて高木と原田が演奏し始める。休憩しようと立ち上がった観客はそのまま身を乗り出してその様子を眺める形となった。


そのまま、糸が連なるかのように音楽が続いていく。原田が用意した湯飲みや急須をOLAibiが箸でたたきながらジャジィに「はなればなれ」を演奏したり、高木がピアノの弦に直接手を触れて"波"を起こしながら「波間にて」を奏でたり。こうした既存の曲を演奏しながらも、どんどん異なるフレーズやモチーフが登場し、どこからどこまでが1曲とは数えられない。観客も参加して、黒鍵だけのグリッサンドでエキゾティックなハープのように鳴らしてみたり、3音のコール&レスポンスで即興をしてみたり......。そんな自由な音の対話、最後は観客が手をたたく三拍子のリズムに包まれながら原田と高木が演奏する形でライブと収録を終えた。


録音の方が10倍奇麗
音を聴いているだけで楽しい


終演後、編集部と葛西氏で音源化に適した部分の候補を抽出。この日初めてコントロール・ルームへ足を踏み入れる原田と高木に聴いてもらい、意見を出してもらうことにした。その抽出した部分をMR-2000Sから再生すると、にわかに二人の顔が和ぐ。まず高木が口を開く。


「演奏しているときに聴いていた音より、録音の方が10倍くらい奇麗。音を聴いているだけで楽しい。演奏しながら、音が上に逃げるので難しいなと思っていたんですが、こんな音で録れているなら心配することはなかった。ライブを録った音を聴いてがっかりすることが多いんですよ......それこそライブで録った音を直すために、半年かけてミックスしたりしてきた。でも、DSDで最初からこんな音で録れているなら何もしなくていいですね」


原田がこう付け足す。


「生音よりちゃんと録れてて、正直ホッとしました。高木君がセミコンの弦を指ではじいた後、戻ってフルコンを弾きだすところとか、いいですね」


予想を超える音で録れていたことは、二人にとってうれしい誤算だったよう。高木はこう語る。


「この音で録れると分かっていたら、もっとやりたいことはいっぱいありました。でもお互いが少し離れている状態で、必死になって演奏したからこれが録れているんだと思いますね」


そうやって抽出した部分は、複数の曲の要素がミックスされていたり、ある曲をモチーフとして全く異なる展開を見せたり、あるいは全くの即興であったり。いずれも"この既存曲を演奏しました"と断言することに対し、違和感があると出演者とスタッフの意見が一致。協議の結果、2時間半にも及んだ今回のセッションをシーンごとにナンバリングし、それを作品番号として付ける形で配信することとなった。


こうしてプロセスを経て出来上がったアルバム『TO NA RI』。高木は「サンレコでみんな"DSDの音は奥行きが感じられて良い"と言っているのを読んでいましたけど、自分の音を録ってみてそれがどういうことか体感できました。今後全部DSDで録ればいいと思うくらいいい音でしたね。もちろん、エンジニア込みで(笑)」と笑うが、出音はもちろん、機材のセッティング、プレイヤーのコンディション......数々の条件が重なって、まさにこの日、この時でしかできない演奏と響きが詰まった作品になっている。独特な緊張感の中で繰り広げられる音と響きのやり取りを、ぜひお聴きいただきたい。



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▲録音はKORGの5.6MHz対応DSDレコーダー、MR-2000S(写真上)でステレオ一発録り。下のGML 8900とNEVE 33609Cという2台の2chコンプを経由させている



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▲KORGがサンフランシスコAESで研究発表したDSD対応DAWソフトClarityとオーディオ・インターフェースMR-0808Uもバックアップ録音に使用



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▲ピアノはSTEINWAYのセミコンサート・サイズ(手前)とフルコンサート・サイズ(奥)。原田と高木は場面ごとに交代して演奏していた



PSL2_PfMic.jpg▲ピアノのオンマイクは、SCHOEPS(写真ではペアの左側)やB&Kのコンデンサー・マイクに加えて、AUDIO-TECHNICAのリボン・マイク、AT4080(写真ではペアの右側)とAT4081も使用






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原田郁子+高木正勝 『TO NA RI』


1.TO NA RI - op.12、2.TO NA RI - op.14、3.TO NA RI - op.18、4.TO NA RI - op.20、5.TO NA RI - op.25、6.TO NA RI - op.26




*ファイル・フォーマットは下記の3種類、2つのパッケージでの配信となります。
●24ビット/48kHz WAV
●1ビット/2.8MHz DSFとMP3のバンドル
いずれもアルバムのみの販売で価格は1,000円。
購入はOTOTOYのサイトから!


このPremium Studio Live Vol.2開催前日の二人のトークが、J-WAVE『CROSSOVER JAM』のWebサイトにて、期間限定で公開されています。
CROSSOVER JAM