Premium Studio Live Vol.3 大野由美子+zAk+飴屋法水

レコーディング・スタジオでの一発録りをライブとして公開し、DSDで収録した音源をDSDファイルのまま配信するという本誌主催のPremium Studio Live。第3回はバッファロー・ドーターでの活躍で知られる大野由美子と、その公私にわたるパートナーであるエンジニアのzAkが登場。2人は"ZAKYUMIKO"という名義でアーティスト活動も行っているが、今回はそこに美術や舞台芸術の分野での活躍で知られるアーティスト=飴屋法水が参戦。3人中2人が非ミュージシャン、しかも完全即興という、まさに予測不能な状況の下、2011年5月29日に行われたスリリングなセッションの模様をお伝えしていこう。


[この記事は、サウンド&レコーディングマガジン2011年7月号の記事をWeb用に編集したものです] 
Photo:Takashi Yashima



リアルタイムでミックスした音源を
そのままMR-1000でDSD録音



今回の会場はzAkのホーム・グラウンドとして知られるスタジオST-ROBO。もちろんzAk自身も録音を行うが、今回は演奏に集中したいとの意向により、過去2回のPremium Studio Liveを手掛けたエンジニアの葛西敏彦氏が録音を担当。まずは葛西氏に今回のシステムについて聞いてみた。
「zAkさんの手元にあるミキサーSOUND CRAFT Spirit M8には計5本のマイクが立ち上がっています。ほかに大野さんのMOOG MinimoogやzAkさんの操るCDターンテーブルもラインで送られていて、基本的にはSpirit M8ですべての音の操作が可能になっています」


Spirit M8からの2ミックスがコントロール・ルームにあるアナログ・ミキサーSSL AWS900に送られているほか、ブース内には3種類のアンビエンス・マイクがステレオ・ペアで立てられている。
「最近、僕はライブを録る際、PAスピーカーのユニットでドライブしている感じをマイクでとらえて、それをラインと混ぜると良い結果が出るのではないかと考えています。今回は3種類のマイクを立てていますね」
いずれのマイクも、プリアンプはAWS900のヘッド・アンプを使用。zAkがまとめたSpirit M8のアウトと、これら3種類のマイク、計8ch分を、同期がとられた4台のMR-2000Sに1ビット/5.6MHzのマルチで収録していく。
「今回はマルチも押さえつつ、MR-2000Sに入力した信号をAWS900の別チャンネルに立ち上げています。それらを僕が演奏中にリアルタイム・ミックスしたものがMR-1000に5.6MHzのDSDで録音されるという流れです」


SANKENの超高感度マイクで
机を引っかく音を集音


続いては各メンバーの持ち場を詳しく見ていこう。まずはzAkだが、先述した通りマイク/音源類はすべてSpirit M8に立ち上げられている。4系統あるAUXは、1つが天井の無指向性スピーカーへの送り、2つめはBRICASTI DESIGN M7、3つめはROLAND SDE-3000E、4つめはMOOG Moogerfooger MF-103経由とMXR Pitch Transposerがシリーズでつながるというダブ・ミックス仕様だ。
ここで注目すべきは、デスク上にガムテープで留められたSANKENの超高感度マイク。zAkはセッティング時にデスクの天板を引っかいたりした音を増幅させ、ディレイなどをかけることで不思議な質感のノイズを作り出していた。


大野のセクションには、もはや彼女の代名詞となった名機MOOG Minimoogとトリプル・チェロ・パンをセット。右手にはボーカル用マイクSHURE Beta57Aが設置されていた。
飴屋の周りにはアコースティック・ギターやバイオリン、鉄琴のほか、多数のコップや茶わん、マレットや弦、大量のコインが置かれた。中でも目立っていたのが、赤いアコースティック・ギターを横半分に切断し、背面に画びょうを刺したオリジナルの楽器。これを飴屋はどのように演奏するのだろうか?



PAスピーカーに向けた
マイクからの音とラインの音を混ぜる


今回はリハーサル無しの完全即興。しかも先述したようなユニークな編成ゆえ、葛西氏もどんな音が出てくるのか全く想像がつかないという。
「ポップ・ソングではないので、レベルにしても"基準"の持ち方が難しい。今回はブース内の音をzAkさんが制御しているので、まずはそこを基準にするつもりです」


観客がブースの周りに腰を下ろす中、まず飴屋が登場。来場者に気軽に言葉をかけ、場の雰囲気を和ませる。続いて大野、zAkの順でブース内に入り、穏やかな空気でセッションは始まった。
まずは様子をうかがうように大野がMinimoogで丸いシンセ音を送出。それをzAkがリバーブ/ディレイで加工し、フィードバック音で場内を満たしていく。さらに机をカリカリと引っかく音を飛ばしたり、SEをCDターンテーブルでスクラッチしたりと変幻自在。飴屋も画びょうのついたギターを手の平でさすってノイズを出していたかと思えば、バイオリン・ケースのファスナーを開け閉めしたりと、時折ハッとするような音を出して流れにアクセントを付けていく。かと思えば、フリーズしたようにただ音に聴き入っている局面もあり、観客が息を飲んで飴屋の次の行動を見守っているのが印象的だった。
今回、唯一音階を奏でる楽器を担当する大野はスティール・パンとMinimoogを持ち替えながらの演奏。特にMinimoogは一般的に想起される太いベース音とは一線を画した、表情豊かで柔らかな音色を紡ぎ出し、飴屋がフロアにまくコインの音とあいまって、ダビーでアンビエントな音場を演出。あまりの心地よさに、途中思わず床に横になった観客もいたほどだった。



小音量の録音で際立つ
DSDの"説得力"


終演後にプレイバックを聴いた葛西氏と編集部の判断で、今回はMR-1000に録った2ミックスから収録曲を抜粋することに決定。葛西氏に終演後の感想を聞いてみた。
「音の"すき間"をとらえることに集中していました。今回のセッションはエフェクトが部屋の上方で回っていたり、スティール・パンの生演奏があり、飴屋さんが出す繊細なノイズもあるといった感じで、1つの部屋の中でもさまざまな表現がありました。どんな状況にも対応できるように3種類のアンビを立てていたのですが、ラインと生音とのミックスは面白くなったのではないかと思います」


飴屋は"僕の活動は、音楽にしても芝居にしても記録に残りづらい"と語っていたが、本作からは彼の"存在"が確かに感じられるように思える。葛西氏は以下のように続ける。
「ブースの中で行われていることをなるべくそのままパッケージしたいと考えていました。ただ、それをそのまま録ればいいというものでもないのが難しい。やはりすごく小さな音は、僕の方で"ブース内の一番いい位置で聴いていたらきっとこんな雰囲気だろう"と想像しながらフェーダーを突いています。DSDはレベルの小さな音でも"説得力"がある。気配をとらえるような今回の録音は、DSD向きのセッションだったと言えるのではないでしょうか」


§


お互いの信頼関係をうかがわせる穏やかさをベースにしつつ、時にフリー・ジャズのような鋭利さも見せる本作。ディテールの濃やかさやST-ROBOの空気感、大きなダイナミクスを、ぜひDSDで味わっていただきたい。


2015-thumb-600x400-39054.jpg
▲コントロール・ルームに設置されたレコーダー。葛西氏がAWS900で作った2ミックスは、写真左のAVALON DESIGN VT-747SP、MANLEY Slam!を経由した後、KORG MR-1000にダイレクトでDSD録音。下のMR-2000S×4には、それぞれzAkの手元のミキサーから送出された2ミックス、3組のアンビエンス・マイクの音が入力され、バックアップとして回されていた

2001-thumb-350x525-39056.jpg
▲セッション会場となったST-ROBO。20畳ほどの広さのブース中央に、3人が向き合うように楽器/機材をセッティング。天井にはWHITE LINEの無指向性スピーカー×4がつり下げられており、PAに使用。また、写真左手の壁の左右にはBOSE L1 Compact Systemをセッティング。それらに向けて3組のアンビエンス・マイク(ステレオ・ペア)が立てられている


2011-thumb-600x484-39059.jpg
▲zAkのセクション。PIONEER CDJ-400、CDJ-800の出音や大野のMOOG Minimoog、マイクからの入力は8ch仕様のアナログ・ミキサーSOUNDCRAFT Spirit M8に立ち上げられ、リアルタイムのダブ・ミックスを敢行。AUXはそれぞれデスク下のBRICASTI DISIGN M7、ROLAND SDE-3000E、MOOG Moogerfooger MF-103→MXR Pitch Transposerに送られている。デスク上にはガムテープで留められたSANKENの超高感度マイクも


010-thumb-600x399-39061.jpg ▲大野由美子のセクションには、MOOG Minimoogとトリプル・チェロ・パンをセッティング。トリプル・チェロ・パンにはAKG C414B-ULS×2が立てられている。足元にはMinimoogに接続されたコンパクト・エフェクターSTRYMON El Capistanの姿も


 


2008-thumb-350x427-39063.jpg
▲飴屋法水のセクション。バイオリンの上に見えるのが、赤いアコースティック・ギターを横半分に切断し、背面にカラフルな画びょうを複数止めたオリジナルの楽器。ほかに鉄琴やチベットのシンギングボール、鈴、コップ、茶わん、松ぼっくりなどをマレットでたたいたり弦でこすったりして発音。大量のコインをフロアに落下させるパフォーマンスも披露した



 


Jk_scribe.jpg


大野由美子+zAk+飴屋法水 『scribe』


1.scribe_i 2.scribe_ii 3.scribe_iii 4.scribe_iv



*ファイル・フォーマットは下記の3種類、2つのパッケージでの配信となります。


●24ビット/48kHz WAV


●1ビット/2.8MHz DSFとMP3のバンドル


いずれもアルバムのみの販売で価格は1,000円。


購入はOTOTOYのサイトから!