Premium Studio Live Vol.8 AFRA+滞空時間 with KEN ISHII レポート

一発録りのライブ・レコーディングを公開し、DSDで収録した音源をDSDファイルのまま配信するという本誌主催のイベント、Premium Studio Live。1月18日に行われたVol.8では、日本を代表するヒューマン・ビートボクサーAFRAと、川村亘平斎を中心に、インドネシアの青銅楽器ガムランとバイオリンやエレキベース、ボイスを巧みに組み合わせた音楽を展開する“滞空時間”が登場した。さらにスペシャル・ゲストとして“テクノ・ゴッド”ことKEN ISHIIも参加。多くのアコースティック楽器、声、エレクトロニック・サウンドが融合した、唯一無二の音空間が広がっていた。ここでは、本イベントのためにさまざまな趣向を凝らした機材セッティングとライブ・レコーディングの模様をレポートしていこう。

[この記事はサウンド&レコーディング・マガジン2015年3月号の記事をWEB用に編集したものです]

それぞれの音の特性に合ったスピーカー・アレンジ


今回のPremium Studio Liveは、これまで行われてきたレコーディング・スタジオを飛び出し、東京・表参道にある多目的スペース、スパイラルホールにて行われた。同ホールは、面積298㎡(幅12.4m×奥行き24.0m)、天井高6m(フライブリッジ下まで)という広さを持ち、今回はそこにPA/録音機器を持ち込み、ステージ設営を行った上で開催した。出演者である滞空時間のガムランを中心にした楽器と歌を、より広い空間で響かせ、その空気感を丸ごと録音してしまおうという意図があったからだ。 
▲会場となった東京・表参道にあるスパイラルホール。ライブ、講演、展示会などさまざまなイベントに対応する多目的ホールで、今回のPremium Studio LiveはそこにPA/録音機器を持ち込み、ステージ設営を行った上で開催された ▲会場となった東京・表参道にあるスパイラルホール。ライブ、講演、展示会などさまざまなイベントに対応する多目的ホールで、今回のPremium Studio LiveはそこにPA/録音機器を持ち込み、ステージ設営を行った上で開催された
出演者を紹介していこう。ガムランを担当する川村亘平斎を中心に、同じくガムランの濱元智行と新名真大、ベースのAYA、バイオリンのGO ARAI、ボイスの徳久ウィリアム、さとうじゅんこというメンバーのグループ=滞空時間。そして、日本だけでなく世界でも活躍するヒューマン・ビートボクサーAFRA。さらにスペシャル・ゲストとしてKEN ISHIIが、アナログ・ベース・シンセLADYADA Xoxboxを携え参加した。今回は音響デザイン会社OASISの金森祥之氏がプランニングとPAを、昆布佳久氏がレコーディングを務めるという2名体制で行われたのだが、まずはセッション・ルーティングの全体像について金森氏に話を聞いた。「今回は楽器/歌の回線と、DSD録音の回線は完全にセパレートされていました。すべての音は僕の手元のコンソールYAMAHA DM1000に集められ、そして生音も含めて会場内に設置した計9台のスピーカーに振り分けています。そして、会場内の空間で混ざ合った音を、2本のNEUMANN TLM127で拾ってDSD録音したのです。音楽的に成立するようにそれぞれの音の特性に合ったスピーカー・アレンジをしているのです。実際、卓のエフェクトはほとんどかけておらず、レベルをそろえるくらいでした。ポイントは96kHzでA/Dしたものを外部のクロック・ジェネレーターAUDIO DESIGN Probox12で88.2kHzにしていることです。48kHzにすると、音は粗くなるんだけど元気になる。96kHzだと音は細かいけどちょっとおとなしくなる。その中間でちょうどいいのが88.2kHzで、僕はアコースティック系の音を扱うときは大抵88.2kHzに設定することが多いのです」
▲PAを担当した金森祥之氏のブース。卓はYAMAHA DM1000で、96kHzでA/Dした音を、右ラック内AUDIO DESIGN Probox12で88.2kHzに変換している。ラック内にはELECTRO-VOICE AC One、YAMAHA SREV1をマウント。SERV1は卓でまとめた音にリバーブをかけ、空間的な響きを作るために使用していた ▲PAを担当した金森祥之氏のブース。卓はYAMAHA DM1000で、96kHzでA/Dした音を、右ラック内AUDIO DESIGN Probox12で88.2kHzに変換している。ラック内にはELECTRO-VOICE AC One、YAMAHA SREV1をマウント。SERV1は卓でまとめた音にリバーブをかけ、空間的な響きを作るために使用していた
 

ガムランを自然に録れるポイントにマイクをセットした


趣向を凝らしたルーティングでPAされた音を、2本のTLM127を核としてDSD録音したという今回のセッション。レコーダーはTASCAM DA-3000を6台使用した。1台がダイレクト2chミックスの本番用、もう1台がそのバックアップで、そのほかは、メイン・マイク単独、DM1000で楽器ごと3系統にグルーピングしたトラックをステムで録音した。それでは録音担当の昆布氏に、レコーディングの詳細を聞いてみよう。「金森のプランが、一般的なライブPAではなく、ギターとギター・アンプの関係のように生音の一部としてのPAプランだったので、僕はそれを余すことなく録ろうと思いました。キモとなったのはガムラン。楽器のハーモニクスが空間でミックスされて醸し出される、えも言われないあの恍惚(こうこつ)感を録音できればと思っていました。なので、ガムランをうまく、自然に録れるポイントにペアでTLM127を置いたのです。ミキシングはこのメイン・マイクで拾ったサウンドを核としつつ、PAで設置したマイク群のうちガムラン系楽器以外のマイクをミキシングして、レコーディングに使ったAMEKのアナログ卓BCⅡに送り、バランスや距離感を補正しています。それらプラスαのマイクに関しては、BCⅡのチャンネル数の制約があったので、PA卓の方でステレオ3系統にプリミックスしました。そのほかに、アンビエンス・マイクとリバーブをミックスしてます。アンビエンスにはTLM127同様に暖色系のSCHOEPSの全指向性マイクCMC 6-Uを天井に向けて立てました。それらをBCⅡでリアル・タイムに混ぜて2ミックスを作っています。演奏のダイナミック・レンジはとても広いのですが、そこはDA-3000を信用して現場ではコンプなどを使用せずに録音しました」 
◀録音に使われた6台のTASCAM DA-3000(下ラック内)、上ラックはCG-1000とAV-P250LUV。2ch仕様のDA-3000を、メインの2ミックスとバックアップ用で1台ずつ、そして、メイン・マイクのみ、ガムラン奏者3人のピン・マイク+バイオリン、ボイス系の3人、ベース・マシン+ベース単独とグルーピングしたステムをそれぞれ1台ずつで使用した ▲録音に使われた6台のTASCAM DA-3000(下ラック内)、上ラックはCG-1000とAV-P250LUV。2ch仕様のDA-3000を、メインの2ミックスとバックアップ用で1台ずつ、そして、メイン・マイクのみ、ガムラン奏者3人のピン・マイク+バイオリン、ボイス系の3人、ベース・マシン+ベース単独とグルーピングしたステムをそれぞれ1台ずつで使用した
▲レコーディングを担当した昆布佳久氏のブース。卓は手持ちの中で一番音が良いという12ch仕様のAMEK BCⅡが使われた。右のラックにはYAMAHA SPX2000、MLA8、BCⅡのパワー・サプライが収められている。モニター・スピーカーYAMAHA MSP7 Studioは録音後のDSDファイルの確認用。ヘッドフォンはASHIDAVOX ST-31 ▲レコーディングを担当した昆布佳久氏のブース。卓は手持ちの中で一番音が良いという12ch仕様のAMEK BCⅡが使われた。右のラックにはYAMAHA SPX2000、MLA8、BCⅡのパワー・サプライが収められている。モニター・スピーカーYAMAHA MSP7 Studioは録音後のDSDファイルの確認用。ヘッドフォンはASHIDAVOX ST-31
 

エレクトロニックなシーケンスが有機的な演奏と見事な融合


それでは、実際にライブがどのように行われたかレポートしていこう。開演前に今回のライブ・レコーディングについての趣旨が説明されたため、客席にも緊張感あふれる中、滞空時間のメンバーとAFRAが入場して演奏が始まった。ガンサ、トロンポン、ゴングといったガムランの芳醇な響きの中に、AYAのグルービーなベース、弓だけでなくギターのように弦を爪弾く奏法も聴かせたARAIのバイオリン、徳久のデスボイスからホーミーまで変幻自在の声、伸びやかな声でメロディを歌うさとう。そしてAFRAの声によるタイトなビートが時に絡み合い、時に対峙する。吸い込まれるように見入っていた観客の姿が印象的で、筆者自身、鳥肌が立つような場面が何度もあった。計6曲演奏された後、いったんブレイクをはさみ、スペシャル・ゲストKEN ISHIIが登場した。今回の共演をISHIIは「アナログのベース・マシンを使ったアシッドなサウンドが合うんじゃないかと思った」と語り、ベース・マシンXoxboxをフル活用。三連のフレーズのパターンで「AWE」を、16ビートのパターンで「APPA ULEH ULEH」の中核を担ったのだが、エレクトロニックなシーケンス・パターンがアコースティックな演奏、サウンドと見事に融合していた。それぞれ10パターンほどフレーズを用意していたというISHIIだが、タイミングを見てパターンを切り替え、さらにXoxboxのフィルターやELECTRO-HARMONIX Memory Boyを即興で操作したそうだ。終演後、観客から贈られた大きな歓声と拍手がこのスペシャルなコラボレーションの成功を物語っていた。
 
▲ステージ後方に設置されたKEN ISHIIのブース。左がベース・マシンLADYADA Xoxbox。ROLAND TB-303を意識して作られたフル・アナログ・マシンだ。右のミキサーMACKIE. 1604-VLZ3の上に、ELECTRO-HARMONIX Memory Boy(左)とTONEPAD Rebote 2 Delayが置かれていた ▲ステージ後方に設置されたKEN ISHIIのブース。左がベース・マシンLADYADA Xoxbox。ROLAND TB-303を意識して作られたフル・アナログ・マシンだ。右のミキサーMACKIE. 1604-VLZ3の上に、ELECTRO-HARMONIX Memory Boy(左)とTONEPAD Rebote 2 Delayが置かれていた
観客が会場をあとにした後、録ったばかりのDSD音源を、昆布氏のブースのYAMAHA MSP7 Studioで、ISHII、AFRA、川村、ARAIに確認してもらった。「一発録りなのにこんなに奇麗に録れているとは……全部の音がしっかり聴こえていますね」(ISHII)、「ライブの音とは思えないですね。こんなにクリアな音で録れること自体がすごいですし、とても気持ち良いバランスです」(AFRA)、「中で演奏して聴いているよりも、全部の音が奇麗に聴こえていることに驚いています!」(川村)、「ダイナミクスもすごく広く感じられるし、生きているように聴けました」(ARAI)と、それぞれが感嘆の声を上げていた。今回の配信楽曲は6曲に絞り込まれたが、最終的に、ピン・マイクで集音したケチャと、3人のボイスのダイナミクスを上げるため、昆布氏によるポストプロダクションとマスタリングが行われた。「こんなに奇麗にガムランの音楽を録音できたことがないですね」と川村が語るように、DSDはまだまだ大きな可能性を秘めていると感じさせられたライブ・イベントだった。 
▲ポストプロダクションとマスタリングが行われたOASISのスタジオ。CADACのアナログ卓Live1にDA-3000からDSD音源が立ち上げられ、そのミックス・アウトをFOCUSRITE Blue、DBX 160SLに接続。確認はCONISISのモニター・セレクターを経由してMEYER SOUND HD-1で行われたほか、ST-31でもチェックしたという ▲ポストプロダクションとマスタリングが行われたOASISのスタジオ。CADACのアナログ卓Live1にDA-3000からDSD音源が立ち上げられ、そのミックス・アウトをFOCUSRITE Blue、DBX 160SLに接続。確認はCONISISのモニター・セレクターを経由してMEYER SOUND HD-1で行われたほか、ST-31でもチェックしたという
▶PAを行った金森祥之氏(右)とレコーディングを担当した昆布佳久氏(左)。「川村さんの頭の中にあるイメージを具現化してあげることに徹しました。それが僕らの会社のポリシーでもあるので」と金森氏。また昆布氏は「演奏がインプロならこっちもインプロという感じでやっていました。目をつむって気持ち良くできましたね」と語ってくれた ▲PAを行った金森祥之氏(右)とレコーディングを担当した昆布佳久氏(左)。「川村さんの頭の中にあるイメージを具現化してあげることに徹しました。それが僕らの会社のポリシーでもあるので」と金森氏。また昆布氏は「演奏がインプロならこっちもインプロという感じでやっていました。目をつむって気持ち良くできましたね」と語ってくれた
 

AFRA+滞空時間 with KEN ISHII
『sukuh-psy 祝祭』


sukuh_psy_6 1.BENAYA BENAYA2.WECHIKEPE3.夜這唄4.WALAKELELE5.AWE6.APPA ULEH ULEH 配信開始:2月13日(金)
配信サイト:e-onkyo http://www.e-onkyo.com/music/album/rtm0002/
OTOTOY http://ototoy.jp/_/default/p/48937
配信ファイル形式:DSDおよびFLAC(e-onkyo)、DSDおよびALAC(OTOTOY)
価格:2,000円