AVID CEOルイス・ヘルナンデスJr.が説き明かすAvid Everywhere

6月に緊急来日したAVIDのCEO、ルイス・ヘルナンデスJr.氏に独占インタビュー。氏が構想するAvid Everywhereの全容について語っていただいた。

DAWシステムPro Toolsや楽譜作成ソフトSibelius、ライブ・コンソールVenueシリーズのメーカーであり、映像業界でも多くの製品で知られるAVID。同社は2013年から、“Avid Everywhere”というテーマを掲げてきた。Pro Tools Cloud Collaborationに代表される新機能、無償で提供されるPro Tools|Firstのような新製品などは、このAvid Everywhereの方針に沿って生み出されてきたものとも言える。一方で、このAvid EverywhereでAVIDが何を成し遂げようとしているのかについては、これまでユーザーには分かりづらい部分があったのも事実だ。この6月、AVIDのCEOであるルイス・ヘルナンデスJr.氏が来日した際、本誌は氏にインタビューする機会を得た。そこで語られたのは、世界の音楽業界に対する冷静な分析と、それに基づく大きな構想であった。


業界の不均衡を是正し利益を向上する試み

“Avid Everywhereとは何か、Pro ToolsなどのAVIDのオーディオ製品との関係を含めて教えてください”。端的にそう質問すると、ヘルナンデス氏は、経営者の立場から音楽業界を見て感じていることを話し始めた。


「Avid Everywhereは、オーディオ業界、ビデオ業界が抱えている問題を解決していく方法としてAVIDが提案するものです。オーディオの専門家、特に音楽の専門家と話をすると、不思議に思うことが往々にしてあります。それは、どれだけ良い音を作り出すかに焦点を置いている一方で、収益を生み出すことが二の次になっているということです。AVIDは、音楽制作ツールを提供するメーカーですが、同時に我々の製品のユーザーが利益を上げられるツールや仕組みも考えてみよう、というのがAvid Everywhereのスタートと言えます」

そうして氏は、具体的な数字を挙げながら、現在の音楽業界が置かれている状況を整理していく。


「ここ10年の全世界の音楽マーケットでは、コンテンツ量は400%増えています。また、コンテンツ消費も50%増えている。ただ、コンテンツの量が増えているのに比べると伸びが足りません。アーティストが、現状よりも自分の生活を良くしていきたいとしても、これまでより4〜5倍の曲を作って、さまざまな配信サービスなどに提供して、それでようやく収益は現状維持か微増。例えば1,000ドル稼ぐには、CDアルバムなら450枚、iTunesなら5,500曲、ストリーミングなら100万再生が必要です。ちなみにファストフード店で3週間バイトすれば同じだけの収入が得られます(画面1)。一方で、ストリーミング・サービスの売上はここ2年で280%も上がっています。こうした不均衡を解決し、作り出した作品や素材の価値を最大化する仕組みとして考え出したのが、Avid Everywhereなのです」
▲画面1 「1,000ドル稼ぐにはCDなら450枚、ストリーミングなら100万再生。ファストフードのバイトなら3週間。どういう手段を選ぶのかはアーティスト次第ですが、我々は新たな選択肢を提供したいと考えています」とヘルナンデス氏 ▲画面1 「1,000ドル稼ぐにはCDなら450枚、ストリーミングなら100万再生。ファストフードのバイトなら3週間。どういう手段を選ぶのかはアーティスト次第ですが、我々は新たな選択肢を提供したいと考えています」とヘルナンデス氏

AVID製品を通じて世界とつながる

ここまでヘルナンデス氏の話を聞いて、“なるほど、その通りだ”と思うPro Toolsユーザーがいる一方、全く実感がわかないというユーザーも多いだろう。同時に、そうした世界の音楽情勢と日本に居る我々とでは、置かれた環境が全く違うと感じる人もいるはずだ。確かにベッドルームで自分の歌やギターを録音しているユーザーには、こうしたグローバルなコンテンツ・ビジネスの話は遠い世界に感じられるかもしれない。しかし、氏は、そうしたユーザー一人一人がAvid Everywhereのエコシステム(経済圏)の一員なのだという。


「自分の音楽が抜きん出て素晴らしければ、業界関係者に聴いてもらえるチャンスが拡大できます。例えば日本の自宅から、Pro Tools Cloud Collaborationを使って世界のクリエイターとつながることができる。そして完成した音源を、世界中のビデオ/オーディオ業界の関係者に聴いてもらうことができるのです」

氏によれば、ワーナー、ユニバーサルといったメジャー・レコード・レーベルから、映画会社、放送局など、100社以上がAvid Everywhereへの参加を表明している(画面2)。音楽業界のみならず、映像業界も名乗りを上げているのは、AVIDがMedia Composerなどのビデオ製品をリリースしているからにほかならない。すべてのAVID製品のユーザーが、Avid Everywhereを通じて一つのネットワーク・コミュニティに参加し得るということだ。当然ビデオとオーディオの世界のやり取りをよりスムーズにする役割を果たすことにもなる。


「例えばVenue|S6はライブ・コンソールとして優れていて、既にポール・マッカートニーやデュラン・デュランなどがツアーで使っています。同時に、これがAvid Everywhereとつながっていることが重要です。ライブを収録した素材を、翌日のニュース向けに放送局に対してセキュアな形で提供するといったことが可能になります」
▲画面2 Avid Everywhereに参加する企業や組織の一部。ワーナーやキャピトル、ユニバーサルといったメジャー・レーベルのほか、BBCなどの放送局、バークリー音楽大学、ロバート・レッドフォード率いるサンダンス映画祭など、さまざまなプロフェッショナルがAvid Everywhereに強い関心を寄せている ▲画面2 Avid Everywhereに参加する企業や組織の一部。ワーナーやキャピトル、ユニバーサルといったメジャー・レーベルのほか、BBCなどの放送局、バークリー音楽大学、ロバート・レッドフォード率いるサンダンス映画祭など、さまざまなプロフェッショナルがAvid Everywhereに強い関心を寄せている

作品に関する契約をスムーズに

Avid Everywhereは、先に述べたミュージシャンとミュージシャンをつなぐ、あるいはライブ現場と放送局をつなぐだけのものではない。現在、Avid Everywhere内のマーケットプレイスとして、プラグイン・エフェクトなどが即座に手に入るApp Storeが稼働している。これは、必要なプラグインを即購入/レンタルできるというものだが、年内にはコンテンツ・マーケットプレイスとして、自作の楽曲や効果音、さらにはギターの1フレーズといったオーディオ素材の単位でも、ユーザーが販売することができるようになる予定だという(画面3)。

▲画面3 コンテンツ・マーケットプレイスのイメージ。自身が提供する音源や素材にはさまざまなタグを付けることで、ほかのユーザーから検索しやすくなる。完成した楽曲のみならず素材単位でも販売可能。価格設定や使用範囲などもAVIDが用意するひな形に沿ってさまざまな契約形態を提供者自身が設定できる ▲画面3 コンテンツ・マーケットプレイスのイメージ。自身が提供する音源や素材にはさまざまなタグを付けることで、ほかのユーザーから検索しやすくなる。完成した楽曲のみならず素材単位でも販売可能。価格設定や使用範囲などもAVIDが用意するひな形に沿ってさまざまな契約形態を提供者自身が設定できる

ここまで話を聞くと、iTunes Storeなどの音楽配信と何が異なるのかという疑問が浮かぶのは当然だろう。このコンテンツ・マーケットプレイスの特徴は、価格、そして契約形態などをユーザーの任意の形で決めることが可能になる点にある。


「実際には、ライセンス契約のひな形を幾つか設けていて、業界の契約形態に合わせた形を用意しています。例えば、1回限定、期間内、無制限などです。販売するファイルのタグによるトラッキングで、その素材がどう使われたのかをモニタリング可能となっていますし、請求書の確認や権利関係の確認もできます。楽曲や素材を無償で提供することも可能ですが、その際も素材の権利関係の管理が必要になりますから、そうしたケースにも対応できます。自分のコントロールした範囲で試聴者の拡大を図ることができるというわけです。通常の配信ディストリビューターは、こうした仕組み自体が彼らのビジネスなので、そこから収益を上げないといけません。しかしAVIDは、必ずしもそこに依拠したビジネスをしているわけではありません。Pro Toolsを使っていただいているユーザーとこれまで築いてきた関係性を強化するのが、こうしたサービスを提供する目的なのです」

さらに、販売や契約の相手や地域などを限定することも可能であるという。すなわち、コンテンツ・マーケットプレイスを使えば、リスナーへの楽曲販売のみならず、レーベルが主宰するコンピレーション・アルバムへの参加や映画のサントラへの楽曲提供、放送局向けジングルなどの使用契約、ドラマ用効果音や楽曲制作向けのループ素材の販売など、クリエイターから他のクリエイターへ向けたBtoB的なあらゆるオーディオ・コンテンツの有償/無償提供が、複雑な事務処理を介することなく可能になるというわけだ。さらに、ただの販売/契約の窓口にとどまらないプロジェクトが、既に動き始めている。


「例えば、Pro Toolsの無償版であるPro Tools|Firstを使ったコンテストも企画しています(画面4)。プロのコンポーザーやプロデューサーが審査員で、優勝すれば、彼らのスタジオで共同作業ができます。そしてそれをコンテンツ・マーケットプレイスで発売することも可能です。また、バークリー音楽大学が無償のオンライン講座を提供しています。こうした試みはAVID主導のものに限らず、映像関係の人も共同して、コミュニティのプロジェクトが立ち上がるのがいいなと思っています」

日本でも現在、こうしたプロジェクトは企画中とのこと。期待して待ちたい。

▲画面4 AVIDが主催する作曲コンテスト“Music in Motion”。これはアメリカ版で、マルーン5やリアーナなどとの仕事で知られるジェイソン・エヴィガン、ジェシー・ウィルソン、ニーヨやセリーヌ・ディオンなどにかかわるジェシー・ウィルソンが審査員を務め、優秀者にはAVID製品のほか彼らとのスタジオ作業機会が与えられる。ヨーロッパ版ではアンドリュー・シェップ、チャド・ブレイクといった著名エンジニアも審査員に加わった ▲画面4 AVIDが主催する作曲コンテスト“Music in Motion”。これはアメリカ版で、マルーン5やリアーナなどとの仕事で知られるジェイソン・エヴィガン、ジェシー・ウィルソン、ニーヨやセリーヌ・ディオンなどにかかわるジェシー・ウィルソンが審査員を務め、優秀者にはAVID製品のほか彼らとのスタジオ作業機会が与えられる。ヨーロッパ版ではアンドリュー・シェップ、チャド・ブレイクといった著名エンジニアも審査員に加わった

音楽を作る喜びを分かち合うための仕組み

最後に、ヘルナンデス氏は、日本のユーザーに向けてこんなメッセージを残してくれた。


「業界の商習慣やワークフローもその国の文化によって異なりますし、ツールの使われ方も変わりますが、Avid Everywhereが日本の方々にとって、世界にアクセスできる大きな機会となればいいですね。例えば、日本で最大規模の企業と言えるTOYOTAは、世界と競争しなければなりませんが、自動車メーカー以上にデジタル・コンテンツはグローバル化していますから。音楽は、文字が生まれる以前から“物語る”という人間の営みを支えてきた伝達手段であり、人類全体がその経験、つまり共通の物語を語るという仕組みだと私は考えています。Avid Everywhereを使うことで、音楽を作る喜びを、地域から国内、あるいは世界全体まで、自分が決めた範囲の人と共有することができます。中にはすごく才能があり、大成功するアーティストも居ますが、そもそもは自分の音楽を一人でも多くの人に聴いてほしいと思うところからクリエイティビティは始まっています。Avid Everywhereは、喜びを分かちあう範囲を、自分の選択肢の中でやれるという仕組みなのです」

果てしない構想とも思えるAvid Everywhereだが、既にPro Tools Cloud CollaborationやApp Storeなど、スタートしているプロジェクトも多数あり、多くのユーザーが利用しているのは先に触れた通り。そして現在のAVID製品は、この壮大なプロジェクトの完成に向けてアップデートを重ねている。
ここ数年、“音楽を作ること”だけでなく、それをいかに広め、対価を得るのかという方法までが、至るところで論じられてきた。AVIDというビデオ/オーディオ機器業界の巨人が、ユーザーのそうした関心に対してリーチしようとしていることは、Pro Toolsユーザーはもちろん、それ以外の人々にとっても、大きな刺激となるだろう。

サウンド&レコーディング・マガジン2016年9月号より