Pro Toolsでリミックス〜Jポップをニュー・ジャック・スウィングに
今月で僕の連載も最終回です。過去2回は、サンプルと打ち込みという違いはありましたが、大きなくくりで見ればループを中心にした考え方でのトラック制作例を紹介しました。今回はJポップのリミックスを題材に、もう少し構成が複雑なプロダクションで、AVID Pro Toolsをどう使っているのかを紹介していきたいと思います。
再燃するニュー・ジャック・スウィングの
16分シャッフル・ビートを打ち込む
今回題材とするのは男性ダンス・ボーカル・グループLeadの「Love or Love? −DJ WATARAI Remix−」。もともとは音数の多いJポップでしたが、ニュー・ジャック・スウィングにしてほしいというオーダーでした。
16分音符のシャッフル・ビートを主体としたニュー・ジャック・スウィングは1980〜90年代に流行し、ボビー・ブラウンやマイケル・ジャクソン、ジャネット・ジャクソンら多くのメジャー・アーティストも、テディー・ライリーのプロデュースで取り組んできました。近年、ブルーノ・マーズらによる現代的なアプローチによって再評価されており、今回のオファーもそうした流れに沿ったものでした。
昔はリミックスと言っても、ボーカル・トラックのみ送られてくることや、場合によっては2ミックスだけが素材としてあることもありましたが、現在ではステムが提供されるケースも増えていますので、このステムをトラックに並べて、いつでも参照できるようにしておきます。
さて、ニュー・ジャック・スウィングと言えばシャッフル・ビートです。今回もリズム系の音色はNATIVE INSTRUMENTS Maschineでサンプルをトリガーしつつ、タムは手持ちのライブラリーからオーディオを直接トラックに張っています。音色は1990年代のPCMリズム・マシン系で、特に独特の“パーン!”というスネアは、それに見合う音を探すのに苦労しました。リズム系でもう一つ、ニュー・ジャック・スウィングのポイントとなるのはカウベルで、これもサンプルを探してMaschineでトリガーしています。
リズム関係は(というかMIDIノートはほとんど)、連載でこれまで触れてきたように画面上でのマウス入力で行っています。ニュー・ジャック・スウィングの場合は16分音符のシャッフルなので、クオンタイズでシャッフル具合をコントロール。キックやスネアはレイヤーして、タムのサンプルを織り交ぜてビートを作っていきました。
1990年代PCMシンセのサウンドを
ソフト音源で再現
続いてはシンセ関係ですが、個人的にニュー・ジャック・スウィングはROLAND D-50のイメージが強いので、エレピとオルガン、ブラスにはROLANDのRoland Cloudで提供されているソフト・シンセ版D-50を使用しました。
上モノでは仰々しいオーケストラ・ヒットもニュー・ジャック・スウィングの要素として欠かせませんが、これはSPECTRASONICS Omnisphere 2を使いました。どちらかと言えばモダンなソフト・シンセのOminisphere 2にそんなオーケストラ・ヒット音色があるとは思ってもいませんでしたが、よくよく考えたらSPECTRASONICSのエリック・パーシング氏はD-50などのプリセット音色を作った方でした。またシンセ・ベースも同社のTrilianを使っています。
そのほか、要素としてはギター・リフのサンプルを足したりもしています。
オリジナル版のステムを生かして
リミックスを完成
これでコード+ビート+ベースの4小節ループができたわけです。場合によっては4小節の繰り返しと抜き差しだけでも成立するのですが、今回は展開が必要だと考えましたので、サビで加わるシンセ・リフやボイス系のフレーズを考えてみました。
ところで、このリミックスでは、オリジナルのステムを部分的に素材として使っています。ニュー・ジャック・スウィングとして成立しないディストーション・ギターなどは使いませんでしたが、アルペジオのピアノやキラキラした下降フレーズなど、原曲のにおいを残しつつリミックスとしても使える部分はそのまま生かしたり、部分的に移動させたりしてみました。
連載として今回、最もポイントとなるのはここ。以前も書いたように、オーディオとMIDIが同一画面に並ぶのはどのDAWソフトでも同じだと思いますが、Pro Toolsは編集画面上で直接MIDI編集が行えるので(MIDIエディターを開くこともできますが僕はほとんど使いません)、今回のステムのようなオーディオ素材をMIDIと並べて扱う上で都合が良いのです。
このリミックスの場合は、ステムとして原曲を再生しながら、不要なパートはミュートし、必要なパートは残したまま打ち込みでサウンドを加えていくことで、トラック全体を把握しながら制作していくことができました。
もう一つ、オーディオ編集がスムーズなのもPro Toolsの利点だと思います。例えば、クリップ・ゲインを使ってオーケストラ・ヒットのオーディオ・クリップの音量を調整し、オケ中での飛び出し方をコントロールするといったことが簡単に行えます。
また、クリップ・ゲインだけでなくオートメーションも描きやすいので、ステムとして提供された素材と打ち込みで加えたパートとのバランスを取るのもスピーディに行えます。
トラック制作に
Pro Toolsを使う理由
3回にわたってお届けしてきた連載ですが、いかがでしたでしょうか? 僕は長くPro Toolsを使ってきていますし、ほかのDAWはちゃんと向き合ったことがほとんどないので比較の話はできないのですが、3つのことをまとめとして言えると思います。一つは、今回触れたMIDIとオーディオがシームレスであること。僕の場合は打ち込みとサンプルですが、打ち込みと生演奏の場合も同じ利点があるでしょう。次に、大抵のプラグイン・インストゥルメントはAAX対応していますが、していないものもパッチャー系プラグイン内に立ち上げて使用できるといういうこと。
最後にこれと関連して、他社DAWにあって現状のPro Toolsには無い機能も、サード・パーティのAAXプラグインで同様のものが追加できる場合が多いことです。
そして何度も書いていますが、スタジオ標準DAWとして使われている故にエンジニアとのやり取りが容易であること、オーディオの扱いが簡単であることは、Pro Toolsのメリットとして言えると思います。僕がPro Toolsを使い続けている理由はそこにあると言ってもよいでしょう。ここまでお付き合いいただいてありがとうございました。
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DJ WATARAI
プロデューサーとしてはMUROやNitro Microphone Underground、MISIA、AI、加藤ミリヤ、SKY-HI、KEN THE 390、OZROSAURUSなど多くのアーティストにトラックを提供。DJとしては渋谷HARLEM毎週土曜の“MONSTER”でレジデントを務めるほか、AbemaTVのノンストップDJ番組『AbemaMix』で水曜レギュラーも担当。1990年代から現在まで一線で活躍するヒップホップDJ/プロデューサーの一人。