
360°動画にもバイノーラルにも対応する
Ambisonicsミックス
前回は“VRサウンド”に対する私の考え方、そして音場を表現するためのツールについて話しました。その中で一番伝えたい部分は、このVRサウンドは“一般リスナーの環境で再生できる”という点です。イヤホンはもちろん、テレビやスマートフォンのスピーカーでも音が前へ飛び出してくるようなサウンドを作ることができますが、それをいかにリアルに心地良く構築していくかという部分を日々研究しているわけです。これまで積み上げてきた通常のステレオの定位感をすべてキャンセルして臨むVRサウンド・ミックスは、音作りの楽しみを何倍にも広げてくれました。
Ambisonicsに対応する
マルチチャンネル・トラック設定
VRサウンドには大きく分けてAmbisonicsミックスとバイノーラル・ミックスの2通りの方法が存在します。前者は360°映像とリンクして音もそれに追従させることを前提としたミックス方式。そして後者は普通L/Rステレオだけで立体的な音場を作り出すミックス方式。これはとても重要なポイントで、どちらかと言えばバイノーラル・ミックスの方が通常のミックスに近く、通常のステレオ・セッションでも完成させることが可能です。一方、Ambisonicsミックスをするには“1トラックで多チャンネルを扱う”という概念を持たなければなりません。
AVID Pro Tools|HD 12.8.2以降(現Pro Tools|Ultimate)からは3次までのAmbisonicsに対応したので、よりVRサウンドを制作する環境が身近になってきました。またVRミックスするために特別な録音は必要ないので、従来の方法で録られたセッションからでもAmbisonicsミックスをすることが可能です。
では既存のセッションをAmbisonicsミックスしていくにはどういう設定をすればいいのか、前号で紹介したAUDIO EASE 360Pan Suiteを使って説明していきましょう。
手順① I/O設定画面の“バス”を開き、“新しいバス...”から“1次Ambisonics”を追加します(今回は1次とします)。このときにFOA(First Order Ambisonicsの略)など、分かりやすい名前を付けておきます。

手順② セッションに“1次Ambisonics”のAUXトラックを新規に作成。立ち上げたトラックのインプットに手順①で付けた名前のバス“FOA”を選択。
手順③ そのAUXトラックに360Monitor(1次Ambisonics/Stereo)をインサート。

手順④ 360Pan(1次Ambisonics)を任意のオーディオ・トラックにインサート。
手順⑤ 手順④で360Panをインサートすると、そのトラックのそれまでのアウトプットがキャンセルされるので、バスFOAへアウトプットをアサイン。
これらの設定により360Panを挿した音源の定位が、後述するAmbisonics B-Formatに変換され、3D定位でのモニタリングができるようになります。
ここで重要なことは、手順③で360Monitorを挟むことによりB-Formatの出力を変換し、バイノーラル・ステレオでのモニタリングをしているということです。多数のスピーカーをセッティングできる環境でしたらそのままアウトプット・アサインすればよいですが、そういったシステムを組める方は少ないと思いますし、大多数のリスナーはイヤホンや通常のステレオ、ということを考えると、ミックスの段階でこのようにバイノーラルでモニタリングすることは理にかなっていると思います。
例えば、リズムをまとめたAUXトラックに360Panをインサートし、3次Ambisonicsに出力してみます。通常のL/Rでは最大±45°までしか広げられませんが、この設定ではそれより外側に音像を定位しています。こうすることで音源がスピーカーから少しはみ出したような定位感になり、音像も手前に来るような感覚になります。

このような方法ですべてのトラックを“360Panで定位→Ambisonicsに変換”というプロセスで、手順③で設定した360Monitorに送るという流れが大きな全容となります。
3次までのAmbisonicsをサポート
低次への互換性もキープ
前述したB-Formatとは、W/X/Y/Zという4chで構成された音声形式です。このW/X/Y/Zはステレオで言う、L/RやM/Sと同じようなものですが、Xは前後、Yは左右、Zは上下で、Wはその3トラックの“和”(無指向成分)というふうに少し概念が変わります。Pro Toolsの1次Ambisonicsではこの4chを1つのトラック(もしくはバス)として扱うわけです。
ちなみに1trで9chを扱う2次Ambisonics、同じく16chを扱う3次Ambisonicsは、1次の4chで表現した上下/左右/前後の空間の間の部分、つまりより細部まで表現しようと考え出されたフォーマットで、最初の4chはすべて共通です。そのため私はI/O設定での新規バスに3次Ambisonicsを作成し、そのサブバスで2次/1次を設定しています。こうすることで1次〜3次まで自由にセッションの中で設定できるのと、360°動画とともにYouTubeへアップするときに必要な1次Ambisonic B-Formatデータもバウンス可能になります(YouTubeが2次以上をサポートしていないため)。

また基本的に私は3次のAmbisonicsを使ってミックスしていますが、それは1次ではフォローしきれない間の空間を埋めてくれるから。空間定位の精度が高まるのと、360Panでは音の抜けも良くなります。具体的な効果としてバイノーラルのモニタリングでも音の輪郭がはっきりし、動きに対しても若干ですが、リアルに感じることができます。
実際のセッションでは上方向も含めた全天球の360°定位を目指してますので、後ろに定位させる音源にはすごく気を遣います。パッド系の音源やリバーブをWAVES NX Virtual Mix Room Over Headphonesを使い後ろに定位させたりするのは、ここまでの経験でかなり有効性を感じました。

この高次のAmbisonics形式での問題点としては、仕様上YouTubeの360°動画に合わせることができないため、バウンス時には3次Ambisonicsの00/01/02/03、つまりW/X/Y/Zのデータだけを取り出す必要がでてきます。これでは高次のデータが失われてしまうので、こうした精密密な3次のデータをYouTubeでも反映させるため現在も試行錯誤中です。
次回はDolby Atmosを使ったバイノーラル・ミックスについて解説します。
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飛澤正人:レコーディング・エンジニア。スタジオ所属を経て、1980年代後半からフリーランスとして活躍。1990年代末にDIGIDESIGN(現AVID)Pro Toolsでのミックスを始め、Dragon Ash、GACKT、SCANDAL、yucatなどの作品で手腕を発揮してきた。作編曲やプロデュースなどをエンジニアの枠を超えた活動も行う。
www.pentangle.jp