Ado「抜け空」〜雄之助による制作インタビュー

Ado×雄之助

 Ado『残夢』の幕開けをカラフルに彩るダンス・トラック「抜け空」を作曲したのは、ボーカロイド・プロデューサー/作曲家として幅広く活躍している雄之助。膨大な音色が複雑かつ緻密に構築されたこの楽曲は、どう制作されていったのか? 本人のスタジオにお邪魔し、話を聞いた。

1曲目に採用されることは知らなかった

——今回は雄之助さんのプライベート・スタジオにお邪魔していますが、あらためて制作環境から教えてください。

雄之助 DAWはBITWIG Bitwig Studioで、オーディオI/OはRME Babyface Pro FSです。モニター・スピーカーはFOCAL Shape 65、ヘッドホンはAUDIO-TECHNICA ATM-M50Xですね。Shape 65は、一緒に曲を作ったりしている春野がスピーカーを新調したときに譲ってもらったものなんです。僕は中学生の頃からずっとヘッドホンで制作していたこともあり、今でもモニターはATM-M50Xが超メインですね。もう8年以上、イヤー・パッドを交換したりしながら使っています。

雄之助の制作デスク

雄之助の制作デスク。DAWはBITWIG Bitwig Studio、オーディオ・インターフェースはRME Babyface Pro FS、モニター・スピーカーのFOCAL Shape 65、モニター・ヘッドホンのAUDIO-TECNICA ATM-M50X。制作時は写真左に映り込んでいる大型パソコン用モニター・ディスプレイも併用している。パソコン用キーボードの側にオーディオI/OのAUDIENT Evo 4も置かれているが、本作の制作には使用していない

——これまで雄之助さんは、Adoさんとの関わりはあったのですか?  

雄之助  面識はないものの、SNSでAdoさんからリプライを飛ばしていただいたことはありました。あと、Adoさんが学生の頃から僕の曲を聴いてくれていたという話は人から聞いていて、Adoさんの『オールナイトニッポン』で、僕が2016年に作ったボカロ曲「I seek you」をオンエアしてくださったこともあったんですよ。その後、Adoさんの日本武道館公演に、このアルバムの最後の曲「0」を作った椎乃味醂と僕の2人で伺ったりもしました。制作のオファーをいただいたのは2023年の12月頃ですかね。

——「抜け空」はアルバムのオープニングを飾る楽曲ですが、雄之助さん自身、1曲目に収録されることを知ったうえで制作したのですか?  

雄之助  いえ、マスタリングの確認の連絡をいただいたとき、つまり最後の最後で初めて知ったんです。アルバムが少しでも華やかになるようにと思って作った曲だったので、とてもうれしいサプライズになりました。

——では、“作曲の取っかかり”のところから教えてください。

雄之助  初めて話すことなのですが、「I seek you」をすごく意識して作りました。あの曲をリリースした7年前から、僕も、僕の曲の歌詞を作ってくださっている牛肉さんも7年の間に変化があって。それを聴いてくださっていたAdoさんも大きな舞台で活躍されるようになった。そういったことを考えたときに、7年前の曲を昔っぽくやるわけでは全くないけれど、この7年間で僕らが成長した証も兼ねて、プレゼントとして作ってみようって……そういうことを牛肉さんとすごく考えました。

——「I seek you」がモチーフになっていることについて、Adoさんから反応はありましたか?  

雄之助  Xでの関わりしかないので直接聞くことはありませんけど、分かってくださっていると思います。それに、反応を直接見なくても、プレゼントが渡せたわけなので、僕はそれだけで十分なんです。

ほぼマウスのみで150trを超える打ち込み

——具体的に「抜け空」をどう作っていったのか教えてください。

雄之助  「I seek you」を作った当時のエッセンスを入れすぎると古臭くなると思ったので、ガレージだったり、コンプレクストロだったり、カラー・ベースだったり、そういったジャンルの要素を入れようと決めました。それでまずは、入れたい要素のビートやサウンドを簡単に組んでいくところから始めています。僕、普段から楽曲制作を始めると、ビートやコードや上モノなどパートごとに分けて打ち込んでいくことがほぼないんですね。すべて一緒に作ってしまう、というか。それはBitwig Studioが効率良く制作できるからでもあるんですけど。音色はほぼ打ち込みで、ピアノロール画面にマウスで打ち込んでしまいます。この曲の中で印象的なリリース・カット・ピアノのフレーズも、マウスで10分くらいで打ち込んだものなんですよ。サンプルを貼り付けることもたまにありますが、それは要所で飛び道具的なサウンドを使いたいときくらいですね。

——マウスで直接打ち込んでいるんですね。

雄之助  最近はMIDI鍵盤はほぼ使いません。僕、Bitwig Studioオタクみたいなところがあるんですけど……以前使っていたDAWから乗り換えたときすごくMIDIが扱いやすく感じて、打ち込みをするのも、マウスだけでいいやと思いはじめたんですね。左手はショートカット専用にして、右手のマウスでひたすらピアノロールに打ち込んでいく。もう、無心で(笑)。それくらいBitwig Studioがめちゃくちゃ好きなんですよ。楽曲制作自体も好きなんですけど、それとは別で、“Bitwig Studioでやる楽曲制作”っていう……なんか自分の中では1つのゲームみたいな感覚で。楽曲を聴いてもらったら分かると思うんですけど、各フレーズがかなり細かいんです。でも、すごく楽しく打ち込んでいます。

——確かに細かいですし、音色も多いです。

雄之助  150~200trくらいです。シンセなんかは、同じフレーズを3つの音源で鳴らして1つのフレーズを作る、みたいに、レイヤーさせて音作りすることが多いんですよ。だからトラック数も多くて。でもある程度のところで踏みとどまらないと、自分でも整理できなくなるし、聴きやすくするのも大変なので、結構苦労しています。メロディもYMCK Magical 8bit Plugの音色で打ち込んで作って、仮歌は初音ミクでした。ただAdoさんが歌うものなので、本当にベタ打ちの、“調整しなさすぎだろ”ってくらいの仮歌です。

「抜け空」制作時のBITWIG Bitwig Studioのアレンジャー・ビュー

「抜け空」制作時のBITWIG Bitwig Studioのアレンジャー・ビュー。膨大なトラック数だがこれもまだまだ全体の一部。雄之助は普段からドラム、FX系は黄色、その他サウンドは緑、とトラックを色分けして作業しているのだそう

リース・カット・ピアノのピアノロール画面

曲中で存在感を放つリリース・カット・ピアノのピアノロール画面。雄之助はこれらすべてのMIDIノートをマウスで打ち込んでいったとのこと。音源にはNATIVE INSTRUMENTS The Maverickが使用されており、さらに同じフレーズをXFER RECORDS Serumでも鳴らして余韻を演出している

PLUGIN BOUTIQUE Scaler EQ

カラー・ベース風のベースのフレーズを作る際に使用されたPLUGIN BOUTIQUE Scaler EQ。ベースのサンプルにScaler EQでスケールを設定することでコード感や音階を生み出しているとのこと

——ほかに使った音源は?

雄之助  XFER RECORDS Serum、NATIVE INSTRUMENTS Massive X、REVEAL SOU
ND Spireが多いです。ピアノやオルゴールっぽい音は、SPECTRASONICS Keyscapeを使っていますね。それと、僕の曲ってスラップ・ベースの音を入れていることがかなり多いんですけど、それはSPECTRASONICS Trilianで作っています。あと、シンセのレイヤーとしてREFX Nexusのサウンドをイコライジングしてメインにかぶせることもよくやる手法で、今回もそうしています。

——Adoさんに楽曲の方向性を確認してもらうタイミングでは、どの程度まで作っていた?  

雄之助  今回はほぼフル尺でお渡しして、一発OKをいただきました。フル尺が出来上がるまでは3、4日ほどでしたね。

想定のはるか上を行くボーカル

——Adoさんの歌が乗ったものを聴いたとき、いかがでしたか?  

雄之助  もう、ずっと口が開きっぱなしでした(笑)。Adoさんはセルフ・ディレクションというか、ご自身で考えて録音されているって聞いたんですけど、それを聞いたら余計に、非現実的に感じてくるというか。自分も“Adoさんならこういうピッチの感じで歌ってほしいな”って想定しながらメロディを作るんですけど、そのはるか上を行っていて。“この人、ヤバいわ”って率直に思いました。さらに“ここはこう力を入れてほしい”“ちょっとがなってほしい”というところはすべて僕がイメージしたものと合っていたんですよ。“本当にそうなっちゃうんだ!”って。しかもこのクオリティですよ。本当に素晴らしすぎて驚きました。

——ミックスはvisさんが担当したそうですね。  

雄之助  visさんにデータをお渡しするにあたって、自分の作風もありますので、ある程度サウンドを固めてお送りしました。空間などはミックスで大幅に変えなくていいように作るようにはしています。なんですけど、今回は何度かやり取りをさせていただいたうえに、さらに1度直接話しながら細かいところを詰めていったんですよね。それについて、この前visさんとSNS上でやり取りしているんですよ。visさんがXで“アルバムで数曲ミックスを担当しました”って告知をしていたところに、僕が“何度もミックスで振り回してすみません”と送ったら、“初めてファイナル・ミックス8まで行きましたよ”って(笑)。

D16 Group Toraverb

曲頭歌い出しとアウトロのシンセに使用されているプラグイン・リバーブ、D16 Gro up Toraverbは、“宇宙っぽい効果が得られる”のがお気に入りのポイント

——アルバム全体を聴いてみて、どんな作品になっていると感じましたか?  

雄之助  収録されている曲のほとんどが先にできているので、純粋にアルバム発売日に解禁された“新曲”というと僕の曲と味醂の曲だけだったと思うんです。だから発売日の0時にサブスクで解禁されるのを待って、自分の曲よりも先に味醂の「0」を聴いたんですけど、もう鳥肌が止まらないし、感動したし、同時に悔しさもありました。味醂と僕は本当に仲が良くて、家に泊まりに来たりとか、即売会で一緒にブースを出したりする関係なんですね。だから、僕らマブダチ2人がアルバムの最初と最後を担当させていただいたのが、なんかすごい……そして、Adoさんは僕たちのそういうところも深く見ていてくれていたんだろうなって。熱い方だなって思いました。

——あらためて、雄之助さんにとって今回のプロジェクトはどのようなものになりましたか?  

雄之助  正直、まだ自分がAdoさんのアルバムの制作に関わったという実感があまり湧いていないんですけど、今後のAdoさんの活動に新しい風を吹かせられるようお手伝いができたらいいなと思いながら「抜け空」を制作したので、それが少しでもできていたら良いですね。反響は当然大きくて、“聴いたよ”って言ってくれる人が多いのもうれしいです。あと、地元のイオンで『残夢』が大展開されていて、家族がCDを買いに行ったと連絡してくれたんですよ。僕、ボーカロイドを使うようになったのが、ボカロ音楽が大好きな母親に2012年頃に薦められたことがきっかけなんです。だからこれまでの音楽活動も家族が一番応援してくれていて、その家族がすごく喜んでくれていたのがうれしかったですね。

Release

『残夢』
Ado
ユニバーサル ミュージック:TYCT-69310(通常盤/初回プレス) ※初回プレス分のみの封入特典:『残夢』トレーディング・カード(6種類のうち1枚をランダムに封入)、価格:3,520円(税込)

Tracklist

❶抜け空 作曲/編曲:雄之助 作詞:牛肉 ❷ 行方知れず 作詞/作曲/編曲:椎名林檎 ❸ DIGNITY 作曲:松本孝弘 作詞:稲葉浩志 ❹ ショコラカタブラ 作曲/編曲:TAKU INOUE 作詞:かめりあ ❺ クラクラ 作詞/作曲:meiyo 編曲:菅野よう⼦×SEATBELTS ❻ アタシは問題作 作詞/作曲:ピノキオピー ❼ リベリオン 作詞/作曲/編曲:Chinozo ❽ オールナイトレディオ 作詞/作曲/編曲:Mitchie M ❾ 向⽇葵 作詞/作曲:みゆはん 編曲:40mP ❿ 永遠のあくる⽇ 作詞/作曲/編曲:てにをは ⓫ MIRROR 作詞/作曲:なとり ⓬ ルル 作詞/作曲:MARETU ⓭ 唱 作曲/編曲:Giga & TeddyLoid 作詞:TOPHAMHAT-KYO(FAKE TYPE.) ⓮ いばら 作詞/作曲:Vaundy ⓯ Value 作詞/作曲/編曲:ポリスピカデリー ⓰ 0 作詞/作曲:椎乃味醂

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