tricotのキダ モティフォ、ヒロミ・ヒロヒロへのインタビュー後編では、最新作『上出来』収録曲のレコーディングや音作り、ミックスについて詳しく語ってもらった。二人の使用機材にも注目だ。
Text:Yuki Komukai
インタビュー前編はこちら:
真空管アンプで太くどっしりした音にしたい
ー『上出来』は、昨今の日本のロック作品の中では、低域の厚さが際立っているようにも感じました。
ヒロミ 特別重たくしようとかは考えていないんですけど、自分のベースは、もっと太くてどっしりした音にしたいって自然に思うようになったのはあります。それで去年ベース・アンプのAGUILAR DB359を買いました。めっちゃ古い真空管のアンプでもう販売していないんですけど、メルカリで見つけたんです(笑)。古かったので直してもらったら結構良くて、最近はそれを使っています。
ー今はどちらかというとコンパクトでパワーのあるベース・アンプの方が主流ですよね。
ヒロミ そうですね。AGUILARの小さいのも弾き比べたんですけど、真空管の深みのある音がいいな〜って結局思ってしまいました。あとは見た目が格好良いっていうのもあります。それだけでも良い音が鳴ってる感じがするんです(笑)。
ソフト・シンセの音をギターでも出せそうだなと思う
ー今作はギターもかなりエフェクティブな音作りをされていますね。
キダ 前作くらいからDAWを使って曲作りをすることが増えてきて、メンバーには渡してないんですけど、ソフト・シンセで遊びながら曲を作ったりもしているんです。シンセの音をいろいろ聴いて、なんかギターでも出せそうだな~って思うこともあったりして。これまでの自分のギターはエッジーな音色でリフを弾いている印象が強いと思うんですけど、自分がそういう音に飽きてきているんです。新しいマルチ・エフェクターLINE 6 HX Stompを買って音を出して遊んだりする中で、良さそうなものをバンドで使っています。なので、どんどんギターらしくない音になってるとは思いますね(笑)。
ー音作りでプラグイン・エフェクトを使うことは?
キダ ほとんど無いですね。レコーディングもかけ録りです。結構前からLINE 6 M9 Stompbox Modelerを使っていたんですけど、HX Stompにはさらに新しい音が追加されているんです。その中から自分で面白そうな音色を探して、いろいろといじりながら音作りをしています。
ー1台のマルチエフェクターであんな音も出せるのか……と驚いています。「いない」のイントロの潰れたような独特な音色はフィルターを後からかけているのかと思いました。
キダ 全部かけ録りです!(笑)。今マルチ面白いですよ。
ーあと、ものすごくひずませているのに、音が太くてパワフルなのも印象的でした。
キダ 曲によってギターを変えてみたりしています。「いない」や「暴露」は結構凶悪なひずみにしたかったんで、いつも使ってるシングル・コイルのギターじゃなくて、ハムバッキング・ピックアップが付いてるFENDER Troublemakerで思いっ切りひずませました。結構ぶっとい音になったと思います。
益子樹さんは電源にこだわっていました
ーバンドでの演奏は一発録りですか?
キダ そうですね。基本一発録りで、ほぼクリック無しで録っています。曲の中でテンポが変わるので、いつもその場の空気感でやっていますね。レコーディングはprime sound studio formが多くて、何曲かはaLIVE RECORDING STUDIO、「餌にもなれない」はエンジニア益子樹さんのスタジオFLOATで録りました。
ーエンジニアの方々とはどのようなやり取りがあったのでしょうか?
キダ 「餌にもなれない」を担当して下さった益子さんは、電源にこだわっていました。良いマイクで良い音を録るっていうより、そのギターが出す本来の音をきちんと録ろうっていう姿勢でしたね。“マルチエフェクターの電源は汚い音が出る”って言われて、でっかいACアダプターを使ったり、信号を変換させる機材を間にかませたりしていました。私は全然分からなかったです(笑)。
ーミックスの方針として皆さんからエンジニア陣にどんなことを伝えているのですか?
キダ 基本的にミックスはエンジニアの方にお任せしていて、自分でもっとこうしたいっていう部分があればその都度直してもらいます。あらかじめ注文することはあまり無いですね。
ヒロミ 最近はミックスに立ち会って、そのときに要望をお伝えしてやってもらうことが多いです。
ー皆さんそれぞれが自分のパートに関しての要望を伝えるという形?
キダ それぞれ自分のパートについて言うことが多いですね。ギターに関して言うと「ティシュー」は、録ったものを聴いた後で、もっと渦巻いてるような感じにしてもいいんじゃないかと思ったんです。それでミックスのときにいろいろ試しました。最終的にはディレイをかけて広げまくるっていうイメージの音像になるように、エフェクトを足してもらったんです。
ヒロミ 「ティシュー」について言うと、ベースは太くて深みのある音という意識で下で支えてる感じになるようにしました。基本ピックで弾くことが多いんですけど、これは指弾きで弾いてて、温もりっぽい感じを演出しました。
キダ ギターはペダルでかけ録りしているので、あまりミックスの段階で音作りすることは無いですね。
ヒロミ 楽器のバランスをこうしてみたいっていうのはあるんですけど、ミックスの段階で色付けすることは少ないです。
ーここまでお話を聞いていて、曲作りからミックスまで、メンバー一人一人が自立してやりたいことをやっているように感じました。まさにセッションで曲を作るということですよね。
キダ そうですね。もちろん全体の音を聴いた上で、自分のギターの音色を追求していくので、すべて個人で完結するわけではないです。私やドラムの吉田(雄介)とかが、ほかのパートに要望を伝えたりすることもあります。
ヒロミ それぞれ思ったことは言って、一回やってみようっていう感じにはなります。やってみて違うなってなったら戻したり。“ここのギターはもっと前に出ていいんじゃないか”とかは吉田君が言うことが多いですね。
ー吉田さんが全体を俯瞰(ふかん)して見ていて、いろいろと提案する役割を担っているんですね。
キダ 一番全体が見えている人だと思いますね。意見も結構言ってくれます。
ー出来上がったものを聴いてみて、アルバムはイメージ通りに仕上がりましたか?
キダ 曲を個別に作ってる段階では全体像が分からない状態だったので、通しで聴いてみてやっと“ああ、できたな!”って思いました。
ヒロミ 並べてみると、それぞれキャラ立ちしてるなって思いました。いつもマスタリングを2パターン用意していただくんですけど、面白かったのは、配信シングルとして出したときはバージョン1にしたのに、アルバムに入れるとなったら2になったっていう曲が多かったです。
ー両者の違いは何ですか?
ヒロミ 1の方が派手で広がってる感じ。2は中低域が分厚めで、塊でどん!っていう音像でした。多分配信はパッて聴いたときの衝撃で、1の方が入りやすいんじゃないかと思ったんです。2の方がちょっと渋めで、アルバムで通して聴くとなるとこっちの方がずっと聴いていられると思いました。
ー最後にtricotの今後の展望をお聞きしてもよろしいでしょうか?
キダ 今のところは自分たちが作りたい音楽をひたすら作っていくという感じですね。そのときそのときのブームというか、やりたいことや、新しい挑戦をしていきたいです。次は誰も楽器を触らないかもしれない(笑)。
ー4人ともモジュラー・シンセに向かっているのかもしれませんしね。
ヒロミ そうですね。また新たなプロデューサーの方を入れることもあるかもしれないですし、同じことをずっとやっていても飽きちゃうんで、いろいろできたらいいなって思います。
インタビュー前編では、 コロナ禍で変化したアルバムの制作方法や、初のシンセ・ベース導入のきっかけについて語っていただきました。
Release
『上出来』
tricot
(エイベックス:CTCR-96061~2)
Musician:中嶋イッキュウ(vo、g)、キダ モティフォ(g、cho)、ヒロミ・ヒロヒロ(b、cho)、吉田雄介(ds)
Producer:tricot、中尾憲太郎
Engineer:采原史明、三浦カオル、益子樹、大竹悠太
Studio:FLOAT、prime sound studio form、aLIVE