ベース、キーボード、ギターなど楽器の演奏にとどまらず、プログラミングも行うマルチプレイヤー河原太朗のソロ・プロジェクト=TENDRE。彼の新しいプライベート・スタジオを訪問して、メジャー1stアルバム『IMAGINE』のデモのアイディアと使用楽器の関係など、楽曲の発生源にスポットを当てて話を聞いた。後編では、楽器が本作に与えた影響とミックスへのこだわりを聞いていく。
Text:Mizuki Sikano Photo:Chika Suzuki
インタビュー前編はこちら:
肌触りを大事にして自由にイメージできる音を作りたい
ー楽曲のピアノ・コードやエレピ、単音シンセによる幻想的な質感、ベースの生々しいプレイなどのアレンジを紐解くのに、海外のネオソウルは手掛かりになるのでしょうか?
TENDRE 確かに海外だと秀逸なプレイヤーがたくさん居て、リファレンスにしたいと思うものはあるんですよね。でも最近はネオソウルのニュアンスが日本のリスナーにも一つの価値観として確立される中で、単に流行として扱われている節があると思う。だから僕はそこを明確に狙おうとは思っていないけど、ネオソウルは往年のソウルがクラブライクに聴きやすくなるっていう点で面白いと思っていて、音楽に意思を入れるソウルは良いですよね。そして現代に落とし込む姿勢や音が“ネオ”を指すんだと思うんですよ。例えばロックにも正解が無いように、ソウルにも正解が無くて、そこに意思を燃やせるかが大切。『IMAGINE』でも言葉をしたためたり音像を作る中で、とにかく自分が一個一個手で触る職人でありたいんです。日本にはいろいろなトラック・メイカーが居るけど、僕は人らしい肌触りの音色を大事にしたいし、ザラつきのあるサウンドとか……聴者が自由にイメージを汲み取れる音を作るプロデューサーでありたい。僕は音を映像的に想像して作ったりしているので。
ーそれは例えば、どのように表現するのですか?
TENDRE 一つはボーカルの距離感とかです。「PARADISE」は“楽園を探すなら楽しもう”って曲だけど、聴き手が僕と一緒に行きたくなるようなミックスにしたかった。音場全体がテレビに映る演奏の映像だとして、そのボーカルを聴いているような近過ぎない距離感を意識してミックスしてもらいました。逆に「RAINBOW」は友人と話すような距離感で生々しさのある感じ。ちなみに、録音で使用したマイクはNEUMANN U87AIで、デモ制作では同社のTLM 103を使っています。
ーフレーミングを考える感覚ですね。「RAINBOW」の背景で鳴るシンセの不安定なニュアンスにも理由が?
TENDRE 虹って見たくても見られないじゃないですか。気まぐれだけど奇麗なものは、揺らいだり見えなくなっちゃったりする表現が適してると思ったんですよ。さっきまで鳴っていた楽器が急に溶けて消えてしまったり……日常で起こる機微を楽器で描きたいんです。だけどストーリーテラーの僕は、ちゃんと前に出る形でバランスを取るんですよね。
『LIFE LESS LONELY』から音像のあり方を意識
ー日々の機微、幻想的な情景などの記憶を音楽にする際に一番便利な楽器はどれですか?
TENDRE やっぱり、シンセですかね。機材も増えていくと最近買ったソフト・シンセやプラグインを使いがちですが、昔買った良いベース、ギター、コンパクト・エフェクターなんかも同じようにアイディアになり得ます。その辺はおもちゃ箱をひっくり返して懐かしむように、使い続けています。「PARADISE」ではLogic Pro内蔵シンセのRetro Synthも掘り起こす気持ちで使いました。
ーサンプルなどもそういった表現を助けるもの?
TENDRE 「PARADISE」冒頭は何かが渦巻いている状況を作りたくて、琴の音とシンセにディレイをかけて発振させた音を重ねているんです。サンプルはWebサービスのSpliceから引っ張っています。音のテクスチャーが好きで、生楽器のエア成分、ドローンを少し入れるのが好みです。
ーどのパートにも華がありつつ、全体が自然と調和する音は、マルチプレイヤーだからこそ出せるムードと言えるのではと思います。前作『LIFE LESS LONELY』から音の輪郭にピントが合い、より際立つ音になった印象です。
TENDRE 『LIFE LESS LONELY』から小森雅仁さんにミックスをお願いするようになって、音像のあり方を意識するようになったんです。昔は初期衝動的な荒さで具体性が見えないのが音楽的な深みにもなっていた。音はマットだったりウォームな質感が自分に合うと思って、ずっとそれを着ている感じでした。でもこれからは、意外と似合うみたいな服も着て幅を広げたかったんですよね。その気持ちが音の変化に表れているんじゃないかなと思います。
ー音像が洗練されたことで、ジャズ、ソウル、R&Bなどをビート・ミュージックに落とし込むアプローチに説得力が増していますね。
TENDRE 生楽器とビートを半々で表現するのを軸に、それらをつなぐ役割をいかにできるか考えるのが、TENDREの音楽の肝かなと思っています。あと『LIFE LESS LONELY』で自分の心を描いて、それを人に渡す続編が『IMAGINE』だと思っていて。『IMAGINE』は、僕が音世界に封じ込めたものを、人に渡すために“より具体的でイメージしやすい形にしたもの”と言えるんじゃないかなって思います。
インタビュー前編では、新しく設けたプライベート・スタジオ“TENDRE Studio”での制作、鍵盤楽器のハードとソフトの使い分けなどについて語っていただきました。
Release
『IMAGINE』
TENDRE
(ユニバーサル)
Musician:TENDRE(all)、小西遼(sax、fl)、石若駿(ds)、Yohchi Masago(tp)、中島由紀(vln)、山本大将(vln)、舘泉礼一(vln)、関口将史(vc)、他
Producer:TENDRE
Engineer:小森雅仁、葛西敏彦、染野拓
Studio:ABS RECORDING、青葉台、Augusta、HeartBeat recording studio、MONOGRAM SOUNDS、ATLIO、MECH、Somewhere